本編 其ノ十四 -真白様伝承-
水道から流れるジャーという水音で目が覚めた。
むくりと上体を起こして、寝ぼけマナコで辺りをゆっくり見回すと自分の横にもう一つ布団が敷いてある。よく見るとそれは普段私が使っている布団で、今自分が使っているのは治用の布団だった。そして洗面台からはジャーという水音と誰かが動いているような音が聞こえる。時計を見るとまだ朝の五時だ。
「・・・??」
「おはよう東雲くん。水道を使わせてもらったよ」
ボーっと今の状況を考えていると、歯を磨いたのだろうか、木葉さんがタオル片手に洗面台から出てきた。そうだ、昨日は彼女を家に泊たのだ、夢じゃなかった。
昨日の風呂上りに来ていたジャージから私服に着替え、下ろしていた髪もいつものポニーテールに結われていた。
「寝ぼけているのかい?調子はどうだ?」
「・・・おはようございます。おかげさまで、二日ぶりにゆっくり眠ることができました」
「夢でヤツに会わなかったか?」
「会いませんでしたね。木葉さんのお陰です」
私がヤツを見なかったことを告げると、木葉さんはほっと安心した顔になる。
「そうだろう、私は凄いんだぞ。とりあえず支度したまえ」
「はい」
タオルを持つとシャワーを浴びて顔を洗い歯を磨き着替えを済ませた。
「では行こうか。詳細は新幹線に乗ったら話すよ」
「はい」
私たちはスーツケース片手に家を出ると、風光明媚な山間の村とやらへ出発した。
電車に揺られながら品川駅に着くと切符を買い、新幹線が来るまでの間構内のキオスクで弁当を選ぶ。
「私は新幹線に乗るときは、このシュウマイ弁当が欠かせないんだ。これが無いと半分損した気持ちになる」
「なんとなく分かります」
柊さんはコーヒーとシュウマイ弁当を、私は彼女と同じモノをを買って丁度ホームへと到着した新幹線に乗った。
「あと私は窓側が好きだ。この風景を見ながらシュウマイ弁当を食べるのが私の楽しみなんだ」
「それは良いですね」
新幹線の座席に着いて軽く雑談する。発車してガタンゴトンと電車が動き出すと、それに合わせるように、お互いが真面目な雰囲気になると木葉さんが口を開いた。
「じゃあお待ちかねの、今回の旅の目的について話そうか」
「お願いします」
私も気持ち姿勢を正して、横の窓際に座っている彼女を見る。
「今から向かうのはS県にある、未来のらいという字に、お日様の日と書いた、来日村という人口500人程の村だ。富士山が良く見えて景色も良い事から、写真家とかの間では隠れた名所として人気があるらしい」
「隠れた名所ですか・・・私みたいな賑やかな所が苦手な人間には良さそうな所ですね」
「そうだね、今回の件が早めに片付いたらゆっくり観光でもしようか」
「はい」
木葉さんはボトルタイプのコーヒーを開けて口を付ける。
「私は兄が昏睡状態になった時から、その原因がアイ文にあるんじゃないかと思ってずっとアイ文について調査してきた。しかし、どれだけ研究してもこれといった手掛かりがでてこない。文字化けサイトにすらアクセスできない。仕舞には自分でも半信半疑になって、文字化けサイトの検索は諦めて、別の方向から調べていたんだ」
「別の方向からとは、一体どのようなことを調べていたのですか?」
「各地の伝承とか怪談とか都市伝説とか、とにかくそういったモノから何かアイ文に繋がるものがあるんじゃないかと思ってね。半分諦めも入っていたが、とにかく何かやってないと不安だったんだ。まさか、本当にアイ文に繋がるかもしれない伝承があるとは思わなかったが・・・キミは鈴木くんが言った「マシロ」という言葉に、私が反応をした時のことは覚えているかい?」
「勿論です。いきなり立ち上がって鈴木くんに詰め寄った後、座って何やら考え込んでいましたね」
「ああ、鈴木くんが話したそのマシロという言葉が決め手になったんだ。今回その村に行く理由はそれだよ」
「マシロですか?」
「ああ。来日村にはマシロ様という民間伝承が残っていてね。その伝承に出てくるマシロ様とアイ文を読んだ者に取り憑く白いヤツ、この両者は符合することがかなり多い。だから私は、もしかしたらその白いヤツの正体がマシロ様なんじゃないかと思ってね。今回はその調査のために来日村に行って色々調べてみようと思っている。うまくいけば解決できるかもしれない」
「・・・」
普通の人が聞けば、かなり突飛とも頭大丈夫か?とも思える内容だ。
そもそも呪いとか霊とか、まずそういった非科学的なことを信じている前提じゃなければとても受け入れられない。
しかし、実際あの白いヤツに取り憑かれている私は、その話をバカバカしいとはとても思えなかった。あの白いヤツはどう考えても科学じゃ説明できないような不気味な存在だ。もしかしたら私が精神病で見えている幻覚なだけなのかもしれないが、治や木葉さんのお兄さんのことも考えると、私だけが見ている幻覚だとは思えなかった。
「そのマシロ様伝承というのは、一体どういった内容なのでしょう?」
「うん。とりあえずこれを読んでくれ」
そういって資料の入ったクリアファイルが手渡された。
「私が色々な手を使って集めた、来日村のマシロ様伝承を分かりやすくまとめた資料だ」
「では失礼して・・・」
私はそのクリアファイルを受け取ると目を通した。
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マシロ様伝承
今から四百年程前の慶長十四年。
来日村の名家である白糸家に真白と名付けられることになる、一人の娘が生まれた。父は当時の白糸家当主である白糸宗一、母はその妻である当時一五歳のお雪。
真白は生まれつき髪と肌が白漆喰のように白い、所謂白子で、父宗一は生まれたばかりの真白の姿を見るや否や、憑物が付いているとして斬り殺そうとするも、
この子を殺すなら私も死ぬと言うお雪の必死の懇願により命は助けられるが、憑物付きを産んだ女としてお雪と、まだ生まれたばかりの赤子である真白は母子共々白糸家の座敷牢に幽閉されることになった。宗一はお雪に惚れ込んでいたため殺すことができなかったのである。真白という名はお雪が座敷牢内にて名付けた。
その後六年間、母お雪と共に真白は座敷牢で過ごす。
真白はその間に読み書きや裁縫、そして座敷牢の外の世界のことをお雪に習う。
その間に宗一は度々座敷牢からお雪のことを呼び出しては交わりを交わした。
元和元年、お雪が二十一歳の時に第二子を身篭る。
この時六歳となった真白は母お雪の妊娠を大層喜び、日に日に大きくなっていくお雪のお腹に頬を当て、自らの兄妹が無事に成長することを願った。
臨月に近くなるとお雪は産屋へと移されることになり、お雪が産屋へと移る日、真白はいつものようにお雪のお腹に頬を当てて、自分の兄妹が無事に生まれることを祈った。
お雪はこれが最後の別れになると何処かで感じていたのか、深く深く真白を抱きしめると、産屋へと移り、
これが真白とお雪の今生の別れとなった。
これ以降真白は座敷牢にて、白糸家使用人のおハマに世話を受けながら一人で過ごすこととなる。
一人となったあとも真白は、おハマにお雪の容体を教えてもらいながら、母と自分の兄妹が無事に生まれることを願って一人座敷牢で過ごす。
その願いのおかげか、翌年お雪は宗一の長男、真白の弟となる平丸を産むも、お雪はその後産褥の熱にて同年に身罷る。お雪が身罷ると、おハマからその知らせを聞き茫然自失している真白の元へ宗一が現れ、命だけは助けてやるがこの屋敷から出て行けと、この時わずか七歳であった真白は白糸家から放逐される。
座敷牢から出たこともない真白は大変に困惑するも、お雪が懇意にしていた乳母おハマが手助けし、村人に見られないよう、生前にお雪が山中の奥深くに立てた小屋へと共に逃れ、そこでおハマと真白の二人で生活を始める。この時おハマは、真白に何かあったときのためにと、お雪から預かっていた金子を取り出して、いざという時に使うのですよ、と真白に渡す。
おハマは真白のことを実の子のように愛情深く接し、そんなおハマの愛情を受け、真白もお雪の死と父から拒絶されたことへの心の傷が癒え、身も心も清らかに成長する。
真白とおハマが山小屋で暮らすことになって以降、来日村では山に白い物の怪が住んでいると噂になり近寄らない方が良いと噂が立つ。
絶対に村の者に見られてはいけないというおハマの言い付けを守り、山中で生活すること十年。
歳も十七となり見目麗しく、心清らかに成長した真白。その姿はまるで天より舞い降りた天津女神のようであったという。
この頃になると生活用品や村への買い出しを一切を担っていた、真白のもう一人の母でもあるおハマが病がちになり、次第に起き上がれないほど重篤化していった。
おハマを救いたい真白は決心して、母お雪がいざという時のために用意してくれた金子を持って、おハマの言い付けを破り初めて来日村へと降りる。
真白を見た村人達は、そのあまりの美しさと、白漆喰のように白い髪と肌色の神秘的な容姿に、山に住む物の怪はこの者かと恐れを抱き、石や罵倒を浴びせ、必死に話を聞いてもらおうとする真白を迫害して追いやった。
村で薬が買えないと分かった真白は、それでもなんとかおハマを助けたい一心で、追い出された生家である白糸家の屋敷に辿り着き、おハマを助けて欲しいと金子を出して父宗一に懇願するも、宗一に金子を奪われた挙句、棒で叩きつけられ追い出される。そのとき真白は実の弟になる平丸と初めて対面するも、平丸は真白のことを物の怪と言い放ち、宗一と共に棒で真白のことを打ち据えた。
金子も奪われ、実の父と弟、そして村人達に心身共に痛め付けられボロボロになった真白が山小屋へと帰ると、小屋の中でおハマは既に息を引き取っていた。
唯一の家族とも言えるおハマを無くした真白は、おハマの亡骸に縋り付き、声が枯れ血を吐きながらも三日三晩泣き叫んだ。その声は遠く離れた来日村にまで夜な夜な聞こえる程であったという。
泣き尽くした真白は、せめてもの弔いにおハマを埋葬しようとするが、穴を掘る道具が無い。
どうしてもおハマを埋葬したい真白は、誠心誠意お願いすれば道具を貸してくれるのではないかと、一縷の望みを抱いてまた村へと降りたが、村人達は泣き続けたせいで声が枯れ、生気が無く、ボロボロの格好をした幽鬼のような真白に、以前よりも増して恐怖を抱き、前よりも酷い迫害をすると真白を山へと追い払った。
トボトボと傷心しながら帰ってきた真白は、仕方ないのでその美しい手でひたすらに穴を掘った。
爪が割れ、剥げ落ち、血塗れになろうとも一心に穴を掘り続け、やっとのことでおハマを埋葬した。
一人ぼっちとなった真白は、一人寂しく失意のなか山小屋で過ごしていたが、あるとき小屋の近くではぐれて怪我をしていた狼の子供を保護して面倒を見ると、与一と名前を付け大変に可愛がった。
与一も真白に大変懐き、失意の内にあった真白の心は、与一のお陰で随分と癒されたという。
そしてその翌年の、まだ真白の爪も元に戻らぬうちに来日村で大凶作が起きる。
村人達はこの凶作の原因は、頼みを断られた真白が掛けた呪いのせいだと思い込み、村の男衆達が集まって真白が住む山小屋を襲撃する。
男衆に詰め寄られた真白は違うと必死に否定するも、その手の爪が無いのは自分で爪を剥ぎ取って畑に埋めて呪いをかけたからだ、と村人達は聞く耳を持たず、真白の着物を剥ぎ取って散々に打ちのめし、真白を守ろうとした与一をも棒で叩き殺した。
真白を殺すと今度は祟られると思った村人は、これに懲りたら呪いを解いて三日以内にこの村を出て行けと通告し帰っていった。
父と弟には物の怪と誹られ打擲され、おハマが亡くなった後、唯一自分の心を癒してくれた与一を殺され、謂れの無い罪で打ちのめされ、罵られ、辱めを受けた真白は、血の涙を流しながらこの世の全てを恨んだ。
そしてボロボロの身体で小屋へと篭ると、自らの右目を抉り取り、その右目の眼窩に筆を入れて血を付け、その血で恨み辛みを小屋の壁や床一面に書き残して、真白は与一の亡骸を胸に抱えたまま自害した。
それ以後、来日村では真白の祟りによって、宗一が乱心し長子である平丸や使用達を切り殺した後自殺したため白糸家は断絶する。
真白に危害を加えた村人達も祟りにあって次々と気が狂い死んでいった。
それから暫くして、真白の怨霊の話を聞きつけた神祇官の一族である白木兼連なる者が、真白を祓うために来日村へと来るが、村人達から真白の怨霊化した経緯を聞いた兼連は、涙を流して真白のことを哀れむと、真白の怨霊を祓うのではなく、神として祀ることを決心する。
村人達を連れて真白の遺骸がまだ残る小屋へと行き、中で放置されたまま干乾び、半ばミイラ化した真白と、それに抱えられた与一の遺骸を御神体とし祀ることを決め、その二体の遺骸を丁重に外へ運び出した。そしてそこに真白を祀るための社を建てさせると、本殿に御召替した真白を御神体として安置し、その横に与一の遺骸を安置した。
そうして真白神社が完成すると、村人達をそこへ集め、今まで行った非道の数々を心より謝罪し、これからは真白のことを真白姫命、与一を真白姫命の御神使として、この村の守り神として丁重に崇め奉ることを村人達に約束させる。
兼連自信は、この真白神社で子々孫々に到るまで、真白神社の祭祀を司る者としてこの村に残ることを村人達に約束する。
以来真白の祟りがぱったりと止むと、兼連は村人達から深く感謝され、さらにそれを聞き付けた奉行から兼連は白糸家の屋敷と白糸家の扶持全てを与えられ、現在まで続く地元の名士白木家として名を残した。
そしてそれ以降、マシロ様は来日村の守り神、産土神、氏神となって来日村の村人達から大変に篤く信仰されることになった。現代でもマシロ様は来日村で信仰されており、村人達は日々無事に過ごせることを母たるマシロ様に感謝しながら暮らしているという。
余談だが、マシロ神社の境内には狛犬の変わりに与一の像が一体置かれている。
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