後編
そうして時は流れ。
王として成長した彼は、この国を治めるにふさわしい立派な王だと称えられるほどになった。
そんな王は、今では寂しいということの意味を知っていた。
それは王である彼が口に出してはいけないものだった。
城へと移り住んだ王は、仔犬の亡骸を城近くの神殿に手厚く葬った。
半ば無理やりそうさせられたのだが、彼は仔犬の言葉を思い出し、それでよかったのだと思うようになっていた。
死んだ仔犬はもうモアではない。
モアの約束はいつか果たされる、それを王は信じていた。
亡骸を葬った神殿の神官には、モアのことを話していた。
それを聞いた神官が王の話を信じようと信じまいとそれは問題ではない。
モアを神殿で祭らせるために、王は神官達へ伝えただけだったのだ。
そしてその神殿は王を守る者を祭っているとして城から特別な待遇を受けていた。
そうした或る日。
とうとう約束の時がやってきた。
城へ女の子がやってきたのだ。
その女の子はまず神殿に現れた。
そこで美しく装い、城へと連れてこられた。
城へ現れた少女は五人。
どの子もとても可愛らしい女の子だった。
皆が皆、約束を果たすため王へ会いに来たと言う。
「お久しぶりです、陛下。私がモアです」
「約束を果たしに参りました、ユェイルン様」
「私が本物のモアです。ずっとお会いできる日を待っておりました」
「いいえ。私こそが本物です。ユェイルン様、これからはずっとお傍に」
四人の少女はそれぞれに競い合うように王の前で訴える。
しかし、そのうちの一人だけが困ったような眼差しで王を見ていた。
「どうした?」
王は苦笑いを浮かべて、その少女へと近づいた。
他の少女や臣下達には王の行動がわからず見守っていた。
ある者は王に対して挨拶もできぬ娘を咎めるのではないのか、そして、ここへ連れてきた者へ罰を与えるのではないか、と考えた。
また、ある者はあの少女が本物でないと言いたくても言えないのではないか、と考えていた。
神官達が知っている話は、臣下の一部も知ることができる。
そのため、王が待っているという偽物の女の子を王の前へ送り出し、王の妻に仕立て上げようと考える者がいたのだ。
王もその女の子を見たことがないのだから、どのような少女でもかまわない。
ただ、王を信じ込ませることさえできれば、寵愛を得られればどうにでもなると考える臣下がいてもおかしくはなかった。
そこにいる臣下のほとんどは少女達の中に本物がいるとは思っていなかったのだ。
少なくとも最後の少女だけは、王に嘘をつくことができなかったのだろうと気の毒そうに見つめていた。
王を騙すなどとんでもないことなのだが、ここまできて嘘をついたと告げるとは処罰を免れないだろうと。
「ルンルン?」
女の子はすぐ手前で立ち止った王の姿を上から下まで何度も確認していた。
その表情は、困惑を浮かべたまま。
「我に会いに来たのではないのか?」
王は少女を腕に抱きあげた。
皆それを驚愕の瞳で見つめている。
まさか、と思っているのだ。
本物だと思っているはずがない、と。
「ルンルン、可愛くなさすぎじゃない? こんなに大きくなるなんて……」
「ルンルンではない」
「せっかく前のルンルンよりちょっと大きめに新しい身体を作ったのに、これじゃ私が凄くちっさいじゃないの」
その少女こそ本物のモアだった。
モアは王より大きくなって見降ろしてやろうと目論んでいたのだ。
王に抱きあげられた状態で、モアは残念そうに肩を落としている。
それを嬉しそうに王は見つめていた。
以前と同じように腕に伝わる温もりが、モアがここにいるのだと王に実感させた。
王は神官へ自分がルンルンと呼ばれていたことを話していなかった。
その呼び方が少女が本物であるという証拠にはなるが、そうでなくとも王にはわかっていた。
モアは可愛い仔犬だったけれど、態度はとても尊大だったのだから。
こうして王は少女モアと一緒に城で暮らすようになった。
もう王が寂しいと思うことはない。
モアは尊大なまま城で自由にすごし、それを見る王の顔にはいつでも笑みが浮かんでいた。
城で暮らす少女モアはいつまでたっても少女の姿のままで、いつしか小さな王妃と呼ばれるようになった。
十数年の歳月を重ねた後、王は病で倒れた。
臣下達はもちろんモアに王の命を救って欲しいと頼んだ。
王が幼少の頃に死にそうになっていたところをモアが身代わりになって救った話は、今や王国中に知れ渡っていた。
医者の手には負えないという状態では他に王を助ける術がなかったのだ。
しかし、治してあげるよというモアの言葉を、王は断った。
「どうして? 私の身体が駄目になるかもしれないけど、私自身が死ぬわけじゃないって知っているでしょ? また新しく作ればいいだけなんだから」
モアは王の枕元でそう言った。
すると、王はこう答えた。
「それでも、モアは我の前からいなくなってしまう。前の時、モアは死ぬ時苦しそうだった。お前を苦しませることはしたくない。それに、モアがいない日を過ごすのが恐ろしいのだ。もう一度会える日がくるとしても、それは明日ではないのだから」
王のその言葉に、モアはそんなに自分を待つことが辛かったのかと驚いた。
モアにとって少女の姿を作って王へ会いに来るまでの十数年はごくわずかな時間でしかない。
そして、待つことがそんなに大変なことだとは思いもしなかったのだ。
息を引き取ろうとする王へモアは約束をした。
「今度は私がルンルンを待っていてあげる。だから、またこの世に産まれてきなさいよ」
「人がまた産まれることなどできるのか?」
「できるんじゃないの? たぶんね。だから待っててあげるわ」
「あぁ、そうだな。この世に生まれることができたなら、また会おう」
そうして王は息を引き取った。
小さな王妃とよばれた少女はいつの間にか城から姿を消していた。
それからこの国は長く続くこととなった。
多くの国が滅びて消え、生じては消えていく中で、この国の王の血が途絶えることなく。
それは、王を救った小さな王妃が、この国にもう一度王ユェイルンが産まれるのを待つために王の血を守っているからだと伝えられてる。
これは、とある国のお話。
~The End~
「ララ・イン・リ・ア・モア! いつまでたっても会いに来ないから、会いに来てやったぞ!」
「ルンルンが産まれてから身体作りはじめたから、できるまでに時間がかかったのよ。仕方ないでしょ。もうちょっと待ってれば迎えに行ってあげたのに」
「ルンルンは嫌だと言ったろ? それに、どうして仔犬の姿なんだよ。僕は女の子がいいって言ったじゃないか」
「えーっ、絶対この方が可愛いって。これこそが誰もがうっとりする可愛らしさな・の・よ!」
「……」
「可愛くないって言うつもりじゃないでしょうね?」
「いや。可愛い」
「そうでしょ? さっ」
「何?」
「ほらっ」
「何だよ?」
「抱きあげなさいよ。気がきかないわね」
「自分でできることは自分でするって言ってなかったか?」
「それはそれ、これはこれよ。ぶつぶつ言わないで。ほらっ」
「仕方ないな」
「えっへへー」
「相変わらず、ずうずうしいよね、モアは」
「ルンルンは今回可愛いじゃない」
「男は可愛いって言われても嬉しくないんだよ」
「そう? 変ね。可愛いが一番の褒め言葉だと思うんだけど」
「違うよ。長く生きているくせにそんなことも知らないのか?」
「生きてないもーん。お腹すいたーっ」
「はい、はい」