Scene;4
ぶたがしんじゅをきてあるき
地下6213m。そこが`現在の`セントラルの中央部だった。
雪すら降れない地表を見限り、都市は下へ下へと前進している。その都市群においてなお、ためらいの一つも無く、迅く迅くと星の中心へと向かう様は正にヒトの生きようとする意志、あるいは意地の象徴のようにも見える。
「スペシャリスト、彼は何だ」
その意志を束ねる男-フラッグと名乗った-はモノの後ろでしゃちほこばっているイヌゴケを見て、無駄の無い言葉遣いで尋ねた。
「`ウェスト`のハワタ開発主任だ。積荷の開発設計を行った」
これもまた無駄の無い言語で返すスペシャリスト。まるでセントラルこそが我が家なのだと言わんばかりの堂に入りようだった。スペシャリストの育成法を鑑みれば当然ではあるのだが。
「多脚歩行機の基幹システムとの同期はここへ向かう間に済ませてあります。充電を終えてエミュレティムに繋げれば直ぐにでも稼動できますよ、フラッグさん」
積荷の設計を行ったのが自分であることを紹介されると、道中にした事をイヌゴケは自慢気に喋り出した。
「ほう、手が早いね、ハワタ」
「遊んでただけじゃなかったんだな、イヌゴケ」
文字の意味こそ違ったけれど、音は全く同じだった。
これこそが`セントラル語`。この星の訛りの一つも無い共通語だ。
「当然ですよ。俺はデキる男ですから。あ、エミュレティムを見せて貰っても?フラッグさん」
対してイヌゴケの`ウェスタン`は`セントラリスト`に言わせれば訛りきっているらしい。セントラル語から音の起伏と感情を指す形容詞、それから`丁寧語`を加えただけなのに。
「構わないが、疲れは無いか?
少なくとも多脚歩行機は休みたがっているようだが」
「休みたがる?あれが?」
有り得ないことだった。中身が、星がどうなろうと、それだけは`くたびれて`しまわないものだと、都市の全ての住人は-ましてやそのスペックを知るスペシャリストは-知っていたからだ。
「セントラル語でも冗談は言えるさ。
なに、同期したとはいえ積荷は素晴らしく複雑な否電子回路を有している。だから多脚歩行機もすり合わせに一晩くらいは`疲れて`ぐっすり休みたいだろうと思ってな」
「まぁ、積荷の回路は多分ケンカっ早いでしょうですしね。しかしまぁ、歩行機も手間取る複雑系を作れたとなれば鼻が高いですよ、俺らも」
「そうだな。さすがは`ウェスタン`。ナルカッツの血かね?ハワタ」
暗に自らを褒めたたえるイヌゴケの発言を、フラッグは苦笑いしながら皮肉で返した。それは`セントラリスト`にとって数少ない卓越した-しかし乾き切った-ジョークだった。それを聞くなり言葉に少し詰まるイヌゴケだ。何せ`セントラリスト`がそんな話を振るとは思ってもいなかったのだから。意図を理解しようと-無意味な-間が空きかける、と同時にそれまで黙っていたモノが、にこりともせずに口を開いた。
「部屋を見ても?休むのなら早めが良い。多脚歩行機も明日が来るのを`待っている`だろうしな」
スペシャリストは積荷が如何に複雑であろうと、2時間もあれば充分に`馴染む`と考えていた。
だから休みが必要なのは多脚歩行機の`ソフトウェア`で、そしてそれら二つが断わりようのない言い分で来訪者を休ませようとする善意を無下にすることは、少なくとも`ウェスト`のスペシャリストには出来なかった。
「そうだな。`待ち切れずに`早起きするかもしれない。案内しよう。こちらだ」
これまた`セントラリスト`としては奇跡的な程に珍しくにこやかに微笑むと、フラッグは踵を返し歩き出した。
ねこはこばんをまきちらす