conflict;1
かいだんとえれべーたー
進め進めよ始まりへ。退けよ退けゆけ御終いへ。
火勢の歌曲は奏でられ、了の栞は挟まれた。
終止の符号が穿たれた、未だ来ぬ終の芝居をさあ演ぜ。
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≪第一艦隊に致命的損害≫
≪隊列の維持が困難です≫
≪第三艦隊の信号が潰滅しました≫
≪敵光学兵器の余波で観測は困難ですが、乗員の生存は絶望的です≫
≪スフィア1-4撃墜されました≫
≪第七艦隊の損害が80%を越えました≫
≪当該空域の制空、制海権の確保は困難、撤退を勧告します≫
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「何が起きている!」
`セントラル`首都、その大深度に建設された指揮室のドアを叩き付けるように開くなり、ジョッシュ=カシューはそう吠えた。
「ようやく来たかねシュシュー?見たまえ、分かるだろう」
吠える犬をなだめるように初老の男がそう言った。ジョッシュはシュシューと呼ばれたことに軽い苛立ちを覚えたのを他の苛立ちで隠し、優秀な、しかしまだ若い戦略家としての真っ直ぐな目線でモニターを見据えた。
青。青。青。青。
そこに示される色はことごとく青で無ければならなかった。しかし。
赤。たった一つ、モニターに映された地図の東端には赤があり、そしてそれはじわじわと染みるシミの如くゆっくりと、しかし着実に広がっていた。
「ナルカッツからか、このコースは」
ジョッシュがそう言うと、初老の男は全幅の肯定を込めて頷いた。
「そうだ。更に言えば`それ`による兵器が用いられている可能性が高い。旧来機種が主軸とはいえ最大規模、錬度の艦隊が僅か40分弱で壊滅的な被害を受けるのはそれ以外に考えにくい。シュシュー、この場合我々が取るべき行動は何かね?」
「対抗だ。`それ`を手にしたのは我々が先、技術はこちらが上なのだから。もちろん、数においても」
「なるほど。私も同じ考えだ。ここを直接攻めて来なかったのも彼らにそれが分かっていたからなのだろうが」
「本当にそれだけがやりたいのなら、被害を顧ずそうしていただろう。そうしなかったのは」
「示威か」
「いいや、我らが艦隊を`殺したかった`だけだ」
「その根拠は、いや、必要ないな、ナルカッツには」
「そう。だから俺たちも遠慮なくやれる。`イエラベーター`は直ぐに出られるのか?」
「ああ、直ぐに出れるし、ほとんど完璧に動けるだろう」
「ほとんど?」
「あとは`遭遇者`が頷けば、完璧に動作するさ」
「なら、頼んでいいか?」
「勿論だとも。それが仕事だ」
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「というわけだよ、ゴースト中尉。協力して貰えないかね」
絞られた照明の会議室に男が2人。その部屋は本来こってりと搾られる部屋だったから、ゴーストと呼ばれた男はまんじりとも出来ないようだった。それでもどうにか口を開き、こう尋ねた。
「サー、私にはどういうわけか分かりませんし、何故私にその、`イエラベーター`の指揮が任されるのでしょうか」
くつろいでくれ、を一つも実行出来ずにそう言う彼に、もう1人の初老の男は微笑んで、朗らかに言うのだ。
「やるべき事は変わらないよ、ゴースト中尉。君は`特別機`に乗って、無人機のエスコートを受け戦場に赴く。それだけだ。何も問題は無い」
問題が無いのなら俺に辞令などが来るものか。それに`特別機`だと?`ゴースト`は表情に出るその感情を隠しもしなかった。
「いや、君が怪しむのも仕方ないね。レポートは読んだかい、ゴースト中尉?」
`ゴースト`は既にレポートに目を通していた。3時間前にナルカッツとの交戦が行われ、主力艦隊とAWACSを初めとして戦力に甚大な被害があったこと。それに対抗するために`それ`の技術を応用した戦力を投入すること。それらの戦力は`イエラベーター`と呼ばれること。そうして、その陣頭指揮を行うのが大尉相当官であること。
「私に、実験台になれということでしょうか」
捨て駒にされることを矜持が許せないためだろうか、固くなってはいたが、`ゴースト`は不信感を露にした。
「とんでもない。我々としては君のような英雄に居なくなられては非常に困る。万全の処置を取らせて貰うよ。その一つが`特別機`だ」
では何故前線へ送るのか。`ゴースト`の心中には嫌な予感しか湧かなかった。
「断ったらどうなりますか」
だから、そう訊くのも当然のことだった。結果はあらかた見えてはいたのだが。
その予想の通りに、微笑に少しの緊張が混ぜると、男は言う。
「タダで美味しいメシの食べられる、ステキな仲間のたくさんいる場所へヴァカンスに行けるよ。生涯暮らせる部屋の権利付きだ。悪くないだろう。しかし」
男は`ゴースト`の肩に手をかけると続けた。
「我々セントラルは、君に英雄でいて貰うことを望む。さあ、選んでくれ、ゴースト」
どう見ても素行のよろしくない、入れ墨の入った筋肉質な連中は`ステキな仲間`たりえないし、味付けの失敗したどっさりのオートミールは美味くない。それに生涯暮らせるその部屋はきっと、鉄格子付きだろう。
ようやく溜め息を一つ吐くと、`ゴースト`は呆れたように言った。
「素晴らしい国ですね、セントラルは」
男はそれを聞くなり肩の手を離し腕を組むと、微笑を破顔に変えハハハと笑った。皮肉を皮肉り、男はこう返す。
「そうだろう、最高の国だ。感動したまえ?
さて、ゴースト中尉、協力して貰えないかね」
今度は笑わずに、男は訊いた。その様子に溜め息を隠しもせずに`ゴースト`は言った。
「最高の上司を持てて仕合わせですよ、私は。
当官はただ今、イエラベーター指揮を拝命いたしました。
一つ、訊いても?」
「なんだねゴースト?答えられることなら答えよう」
それはつまり、ほとんど答える気がないということなのだが。
「何故、`ゴースト`なのでしょう?私は」
「私が付けたあだ名だよ。`ユウ`ナギ=アシュ`レイ`君。
君の祖国ではゴーストって意味なのだろう?
それから」
余りのナンセンスに呆然とするユウナギに畳み掛けるように、男は続けた。
「昇進おめでとう大尉。我が国にとってより一層の活躍を期待する」
それを聞いて、彼は二度唖然とした。
うごいてなけりゃおんなじだ