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幕間 問題しかない

今さらですが、章タイトルを設定しました。一話からここまでの第一章は「人を知る」となります。

「この山から魔物が下りてきて被害が大きい、と」


 蓮は冒険者ギルドでもらってきた依頼書を片手に、国の南にある山の麓に立っていた。

 確かに普通の山よりも魔力が濃い。そのせいで魔物が活発化しているのだろう。

 

 辺りを見渡してみるとこの地域の住民、冒険者問わず人っ子一人見当たらない。魔物討伐の依頼を、冒険者や傭兵の誰も達成できなかったのだから当然と言えば当然だ。

 本来なら騎士や宮廷魔法士が派遣されてもおかしくない規模である。

 だが、セオドアは蓮がこの依頼を受けて南へ向かったことを知っている。下手に兵を動かすより、蓮一人に任せた方が早いと判断したのだろう。


「人がいないなら逆に好都合だな」


 蓮しかいないのであれば好きに戦える。人目を気にする必要がないのはありがたいことだ。

 だがそうして山に足を踏み入れてすぐのことだった。


「レーンー!」

「うおっ⁉」


 突如として転移してきたエレノアが突撃してきた。


「何しに来たんだよ⁉ 俺今仕事中! 城には行かないからな⁉」

「大丈夫大丈夫、見学しに来ただけだから」

「お前の大丈夫ほど信用ならないものはないんだよ!」


 エレノアはふわふわと宙に浮いて笑っていた。楽な仕事だと思っていたのに、急に難易度が跳ね上がった気がする。


「で、なんで急に見学なんてしようと思ったんだよ」

「セオドアがね、今日はたぶん人がいないから、レンが異能使って戦えると思うよって言っててね! だから見に来た!」

「あいつのせいかよ……」


 蓮はげんなりとしながら山を進んでいく。内心では次に城に行くときはセオドアに抗議をしようと固く誓った。

 しかし同行者が増えたとはいえ、仕事がなくなるわけではない。蓮は地面に残された足跡や魔力の跡を辿っていく。


「結構いるな」


 土に刻まれている足跡は一種類ではない。大型の獣型。二足歩行のもの。さらに木々の幹には爪で抉られたような跡もある。

 依頼書には魔物の種類までは特定できていないと書かれていたが、これでは当然だろう。


「山そのものが巣になってる感じっぽいね」

「ああ。魔力が濃くなったせいで、周辺の魔物が集まってきたんだろうな」


 蓮は腰の剣には手を掛けずに辺りを見渡す。

 森の中は静かで、鳥の鳴き声すら聞こえない。


「エレノア、上」

「はいはい」


 エレノアが軽く指を振る。

 直後、頭上から降ってきた影が空中で停止した。

 狼に似た魔物だが、その大きさは人の背丈ほどもある。口からは鋭い牙が何本も覗き、体中から濃い魔力を放っていた。


「わあ、まあまあおっきいね」

「感想それだけかよ」


 蓮は腰に佩いた剣とは異なる、己だけの剣を生み出す。そしてエレノアの魔法によって宙に固定された魔物へ、跳び上がって一閃すると、あっけなく首が落ちた。


「後ろに三匹いるよ」

「分かってる」


 蓮は空中で器用に身体を捻る。

 茂みを突き破り、同種だが少しだけ小さい狼の魔物が三匹飛び出してきた。

 着地と同時に中央にいた一体の首を斬り落とす。

 次いで左手にもう一本の剣を生み出して、すれ違いざまに左の狼の胴を斬り裂く。

 そして最後に、手にした二振りの剣とは別に、空中に白銀の剣を生み出す。蓮が命じると、剣は残った狼を背後から貫いた。


「おおー」

「見世物じゃないんだけど」


 エレノアは楽しそうに拍手をしている。

 ため息を吐きながら、蓮は手に持った二振りと狼を貫いたままの剣を消した。白銀の粒子となって空中へ消えていく様子を、エレノアは興味深そうに眺めている。


「前より扱い上手くなった? やっぱりレンを実験していい?」

「死ぬ気しかしないからやめろ」


 無邪気に言い放つエレノアが恐ろしい。本当に死ぬことはないだろうが、何をされるか分かったものじゃない。再会したときからことあるごとに実験を要求してくるのは本当にやめてほしい。


「あと、セオドアには言うなよ」

「ええー、なんで? 強くなったのはいいことじゃん」

「絶対『今度訓練しよう』って言い出すから」

「いいじゃん。やれば?」

「お前はさっきから俺を殺す気か?」


 ただでさえあの男と本気で訓練をすると周囲の被害が酷い。エレノアまで混ざればなおさらだ。


「でも最近セオドア、フェリシアのことで忙しいから大丈夫じゃない?」

「それはそれで腹立つな」


 エレノアをここに寄越したくせに、本人は今頃フェリシアと楽しくおしゃべりでもしているのだろう。後で絶対に文句を言う。

 そんなことを考えながら進んでいると、森の奥から重い振動が伝わってきた。


「お、ラスボスかな」

「お前、ホントにこの世界の人間だよな? なんで発言がこっち側なんだよ」


 大地が揺れ、数十メートル先で木々がなぎ倒されているというのに緊張感の欠片もない。

 やがて、一体の魔物が姿を現す。

 それは先ほどの魔物とは比べ物にならないほどの巨体の持ち主だった。牛のような頭に、人型に近い胴体。腕は異様なほど太く、片手には樹木を引き抜いて作ったらしい棍棒を握っている。


「ミノタウロスの変異種かな」

「へえ。それであんなでかいのか」


 魔物が咆哮する。大地は震え、周囲の木々から葉が一斉に散った。

 普通の騎士や魔法士なら手も足も出ないような上位の魔物だろう。だが、蓮からしてみれば少し大きいだけの相手だ。

 蓮は一度息を吐いた。

 そして、右手を前へ伸ばす。


「お」


 白い光が集まっていく。

 一本、二本、十本、二十本、考えることすら馬鹿らしくなるほどの剣が、蓮の背後へ次々と生成されていく。

 木々の隙間を埋め尽くすように浮かぶ無数の刀身。そのすべてが魔物へと切っ先を向けた。


「それ、かっこいいよね」


 エレノアが満面の笑みを浮かべた。


「だから見世物じゃねえって」


 魔物が地面を蹴る。巨体からは想像できないほどの速度で蓮へ突進してきた。

 だが蓮が指を鳴らす。それだけで。


「行け」


 瞬間、無数の剣が一斉に放たれた。

 白銀の軌跡が森を埋め尽くす。魔物が棍棒を振るい何本かを弾くが、意味はない。圧倒的な物量を持って次々と魔物を斬り裂き、貫いていく。

 そして剣の嵐が止まったときには、すでに魔物は原形をとどめない無惨な姿で倒れていた。


「終わったな」


 蓮は剣を消す。先ほどまで周囲を埋め尽くしていた剣もすべて粒子となって消えていった。

 蓮は倒れた魔物を確認してから後ろを振り返った。


「これで一番大きいのは片付いたと思うけど——」


 エレノアの紅い瞳が弧を描いていた。


「……なんだよ」

「いやあ、フェリシアが見たらかっこいいって言うかなと思って」


 にやりと笑ったエレノアが本当に怪しい。


「なんでそこでフェリシアさんが出てくるんだよ」

「だってセオドアが聞いたら絶対気にするじゃん?」

「マジでやめろ。それで面倒を被るのは俺なんだよ」

「分かった分かった」


 返事があまりにも軽い。信用できる要素がどこにもなかった。

 蓮はため息を吐き、再び山の奥へと視線を向ける。


「奥に魔力溜まりがあるな。原因はそっちか」

「ぽいね」

「エレノア、原因に心当たりとか——」


 だがそこまで言ったところでエレノアの気配が消えた。隣に目を向けても、振り返ってみても、上空を見てみてもどこにもいない。


「……逃げたな」


 解決を手伝わされると思ったのだろう。さすがはエレノアだ、面倒ごとを嗅ぎつけるスキルが高い。


「まあいいか。もともと一人でやる予定だったし」


 蓮は改めて山の奥へと進もうとする。

 だが一歩足を踏み出したところで足を止めた。


「誰だ?」


 微かな気配。魔物ではない。だが、人にしてはどこか妙だ。


「おや、気付かれてしまいましたか」


 木々の隙間を縫って現れたのはフードを被った一人の男だった。

 深い青の長髪を一つに纏めたその男は秀麗だ。切れ長の琥珀の瞳は友好的に細められ、だがその奥からは色濃い警戒を感じる。


「冒険者か? いや、違うな……エルフか」

「まさかそこまで分かるとは、驚きですね。しかし、それなら話は早い」


 男がフードを下すと、長く、尖った耳があらわになる。

 そして、口を開く。


「エレノア様を迎えに参りました」

第一章「人を知る」フェリシア編はこれで終了です。ここまで読んでいただきありがとうございました。

数日お休みをいただいたあと、第二章「人を愛する」が始まりますので、そちらも読んでいただけると幸いです。

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