第一話 アリシア・フィデール
「スナイデル公爵家子息とフィデール子爵家息女アリシアを夫婦とせよ」
公爵家と子爵家。自分でも釣り合わないと思う。
アルメニア王国の貴族の子女はほぼ全てが魔法を扱う素質を持ち、十歳になると貴族院に通う。そこで、王国の政治経済を担うに相応しい知識と社交や、魔法を駆使する術を学ぶ。六年間の学校生活の中で素質があると認められれば、卒業を待たず王宮内外の仕事を任されることもあった。
フィデール子爵家の長女アリシアは、辺境に近い田舎育ちの素朴な娘だった。平民に多い茶色い髪に茶色い瞳。背は低く、とにかく目立たない。学業は上の下付近をのらりくらり、自領が辺境に近いこともあり剣術と馬術だけは得意と言えたが、それだけだった。
だがそれは、アリシアにとっては好都合だった。華やかな宮中での仕事には興味がなかったし、上位貴族の令嬢達と結婚相手の争奪戦を繰り広げるつもりもなかった。六年間の学校生活で学んだことを領地経営に活かしたい。早く田舎に帰りたかった。
それなのに…
何故自分が公爵家の嫡男と婚約などすることになったのだろう…しかも筆頭公爵家のスナイデル家?その嫡男と言えば、文武両道かつ眉目秀麗で令嬢達の憧れの的、ヴィンセント・スナイデル…率直に言えば、お断りしたい。格下過ぎるので辞退して欲しいと父に頼むも、神託が降ったのでどうしようもないと言われてしまえば、アリシアにもどうやって断ったら良いのか分からない。
男神アルスラントニウスと女神フィオレンツィアーナを建国の租として祀るアルメニア王国では、結婚は夫婦神の御計らいとして扱われることがある。神託とは、神殿を通じて神の意思が示されることだが、その御意志は、神殿での祭祀の際に神前に供えられたペンがひとりでに動き文字を記すため、何者かが細工をすることは不可能とされていた。祭祀には多数の貴族も臨席するため、改竄することも難しい。
一つ考えられるとすれば、魔力の相性だろうか。アリシアにはほとんど魔力がなく魔法は使えないが、ヴィンセント・スナイデルの魔力と相性が良かったのかも知れない…え?でも魔力が高い者同士の方が相性も良いんじゃないの?貴族院ではそう習ったし…もうよく分からない。ヴィンセント様にはアナベル様がいらっしゃるのに…アリシアは溜息を吐かずにいられなかった。
傍から見てもお似合いの二人だった。侯爵令嬢のアナベル・カーマインはヴィンセントの恋人だというのが貴族院の生徒達の共通認識だった。
「よう、こんなとこで溜息なんか吐いてんなよ」
隠れるように木陰に座っていたアリシアに声を掛けてきたのは、辺境伯の令息で幼馴染のアシュベル・タナトスだった。
「ヴィンセント・スナイデルの婚約者ともあろう者が、地べたに座ってるなんてはしたないって言われるぞ」
「確かにそうなのだけど」
土の上が落ち着くんだもの、と言えば幼馴染は、まぁな、と隣に腰を下ろした。木漏れ日がちょうど顔に当たるのか少し眩しそうにして位置をずらすと、アリシアと触れ合う。あからさまに避けるのもどうかと思い、そのままにしていると何となく気まずいような空気に包まれた。
アリシアとアシュベルの領地は隣同士、同じ辺境を守護する責務を担う。フィデール子爵はタナトス辺境伯の家臣として信頼を得ていた。アリシアとアシュベルは同い年ということもあり、幼い頃から家族ぐるみの付き合いを続けていた。辺境伯は公爵と並ぶ国の重鎮であり、本来なら子爵令嬢のアリシアとこのように気安く声を掛け合えるような身分ではない。それでも、アリシアにとっては真剣に結婚を考えたこともある相手だった。アシュベルはタナトス家の五人いる子息のうちの末っ子で、順当にいけば家督を継ぐことはなく、王都か自領で騎士として働く立場になる。であれば、アリシアの婿としてフィデール子爵を継いでくれるかも知れない。そんなことを考えていた矢先の、神託による婚約だった。
「リア、夏季休暇はどうするんだ?領地に帰るのか?」
「ええ、そうするつもり。もう機会もないかも知れないから、騎馬で帰ろうかと。アッシュはどうするの?」
「騎馬で帰るって…どんだけ距離あんだよ」
「だって公爵夫人になったら、馬に乗れなくなるかも知れないじゃない?やれるうちにやっておかないと」
「別に良いだろ、結婚しても馬に乗ったって」
「辺境ならね」
逆に、女だって馬に乗れなきゃお嫁に行けないもんね。と言えば、馬に乗れない女なんか料理出来ない女よりダメだと幼馴染は笑う。まずい、泣きそうだ。アリシアは顔を伏せた。
「じゃあ、途中まで一緒に帰ろうぜ。未来の公爵夫人を護衛してやるよ」
「うん、ありがとう」
素直に礼を言えば、ガシガシと頭を撫でられる。あんま二人でいるのも良くないよな、とアシュベルは立ち上がり、じゃあな、と手を振って去って行った。
…ああ、好きだ。でも、諦めなきゃ。最後に一緒に遠駆け出来るなんて、私は幸せだわ…
アシュベルが残した暖かい魔力を感じながら、アリシアは静かに涙を流した。




