茨城編
水戸に着いたのは、昼過ぎだった。
駅を出ると、空が広かった。
山がない。見渡す限り、空が続いている。ビルはあるが、高くない。だから空が多い。こんなに空が広い街は、久しぶりだった。いや、初めてかもしれない。旅をしていると、山に囲まれた街か、海に面した街が多かった。こんなふうに、ただ平らに広がっている場所は、あまりなかった。
悪くない、とミナは思った。
空が多いと、自分が小さくなる気がした。街の中にいるのに、どこか野原に立っているような感覚。それが、今日の気分にちょうど合っていた。
駅前のバスターミナルで、どこへ行くか少し考えた。
梅で有名な公園があると、バスの路線図の横に書いてあった。ただし梅の季節は春で、今は冬だ。咲いていないだろう。それでも行ってみようと思った。咲いていない梅林というのが、どんな景色なのか気になった。
偕楽園は、広かった。
入口で入園料を払おうとしたら、梅の季節以外は無料だと言われた。それもそうか、とミナは思った。咲いていないのだから。
園内に入ると、梅の木が並んでいた。
三千本あると、看板に書いてあった。三千本。その全部が、今は枯れ木のように立っていた。葉もない。花もない。ただ、細い枝が空に向かって伸びている。
それが、思ったより良かった。
花が咲いていると、花を見る。でも花がないと、木そのものを見る。幹の形、枝の伸び方、根元のごつごつした感じ。梅の木は、花がない方が木としての形がよく分かる気がした。
ミナはゆっくり歩いた。
他に人はほとんどいなかった。遠くに老夫婦が歩いているのが見えた。あとは誰もいない。三千本の梅の木と、ミナだけだった。
静かだった。
風が通ると、枝が少し揺れた。枝同士が触れて、かすかな音がした。それだけだった。
園内の奥に、好文亭という建物があった。
江戸時代に建てられた建物で、藩主が使っていたらしい。ミナはそこに入った。
靴を脱いで、畳の部屋を歩いた。縁側に出ると、梅林が見えた。そして遠くに、湖が見えた。千波湖という湖だと、後で案内板で知った。
縁側に座った。
冬の日差しが、縁側に落ちていた。温かかった。外は風があって寒いのに、縁側の日当たりのいい場所だけが温かかった。
猫がいたら、絶対ここにいる、とミナは思った。
しばらく、縁側に座っていた。
梅林を見た。枯れ枝が並んでいる。その向こうに湖。湖の向こうに、平らな街。
何もしない時間だった。
でも何もしないことが、今日はちょうど良かった。
好文亭を出て、また梅林を歩いていると、老人に話しかけられた。
八十代くらいの男性で、杖をついていた。ミナが梅の木をじっと見ていると、隣に来て「毎年来るんですよ」と言った。
ミナは少し驚いたが「そうですか」と答えた。
「梅の季節に?」
「梅の季節にも来ます。でもこの時期にも来るんです」
「咲いていない時期に」
「咲いていない方が、木のことがよく分かる気がして」
ミナは少し目を丸くした。さっき自分が思ったことと、同じだった。
「私もそう思いました」とミナは言った。
老人は嬉しそうな顔をした。
「そうでしょう。みんな梅の季節に来て、花だけ見て帰る。でも木は一年中ここにいる。花のない時期の方が、長いんです」
老人は一本の梅の木の前で立ち止まった。
「この木は、私が子供の頃からここにいます。私より長く生きている」
ミナはその木を見た。幹が太かった。表面がごつごつしていた。枝が複雑に伸びていた。長い時間の形だった。
「毎年来るのは」とミナは言った。「この木に会いに来るんですか」
老人はしばらく考えた。
「そうかもしれませんね」と老人は言った。「会いに来る、という感じがします」
それだけ言って、老人はまた歩き始めた。杖をついて、ゆっくりと。
ミナはその後ろ姿を少し見てから、また木を見た。
この木は、来年も春になれば花を咲かせるんだろう。誰かが来ても来なくても。老人が来ても来なくても。ただ、咲く。
それだけのことが、なんとなく、すごいと思った。
公園を出て、街に戻った。
夕方になっていた。空がオレンジ色になっていた。山がないから、空の色の変化がよく見えた。地平線の方から色が変わっていく。
ミナはしばらく立って、その空を見た。
旅をしていると、空を見る機会が増えた。東京にいた頃は、空を見なかった。見上げる余裕がなかったというより、見ようと思わなかった。でも旅をしていると、空が目に入る。特に意識しなくても、入ってくる。
今日の空は、特別広かった。
平らな街だから、空も広い。それだけのことだ。でも、それだけのことで、こんなに気持ちが違う。
宿を探しながら歩いた。
駅の近くに、安いビジネスホテルがあった。
チェックインをして、部屋に上がった。窓から街が見えた。平らだった。どこまでも平らだった。遠くに筑波山が見えた。一つだけぽつんとある山が、かえって目立っていた。
メモ帳を取り出した。
今日の日付を書いた。「水戸に来た。梅林を見た。花はなかった」。
書いてから、少し続けた。「老人が毎年木に会いに来ると言っていた」。
書いて、読んだ。
会いに来る、という言葉が残っていた。
ミナには、会いに行く場所があるだろうか。
旅をしていると、また来てもいいと思う場所ができる。高知の海辺の集落、鹿児島の民宿のおばあさんが言っていた「帰れる場所」。来たことがある場所は、帰れる場所になる。
でも会いに行く、というのは少し違う気がした。
場所じゃなくて、そこにいる何かに会いに行く。老人にとっての梅の木みたいに。
自分にそういう場所があるかどうか、まだ分からない。でも旅を続けていれば、できるかもしれない。
そう思った。答えではないけれど、そう思った。
メモ帳を閉じた。
夕飯を食べに外に出た。
駅の近くに、定食屋があった。暖簾をくぐると、先客が三人いた。カウンターに座った。
メニューを見た。納豆定食があった。茨城といえば納豆だと、どこかで読んだ気がした。頼んだ。
納豆定食が来た。ご飯と、みそ汁と、納豆と、小鉢が二つ。シンプルだった。
納豆をかき混ぜた。糸を引いた。ご飯に乗せて食べた。
美味しかった。
納豆は昔から食べていたのか、旅を始めてから食べるようになったのか、分からない。でも嫌いじゃない。というより、好きだと思う。好きかどうかの基準も、よく分からないけれど。
隣に座ったサラリーマン風の男性が、同じく納豆定食を食べていた。黙って食べていた。ミナも黙って食べた。
二人で黙って納豆を食べた。それだけのことだったが、悪くなかった。
宿に戻って、ベッドに横になった。
天井を見た。白い天井だった。染みはなかった。
今日のことを、少し振り返った。
梅林。枯れ枝。縁側の日差し。老人と木。平らな空。納豆。
大きなことは何もなかった。誰かを助けたわけでも、何かを解決したわけでも、特別な景色を見たわけでもない。ただ、今日ここにいた。
でもそれで、十分だった。
毎日そう思う。十分だった、と。
旅をしていると、その「十分」の中身が少しずつ変わる気がした。最初は「何もなかったけど、十分」だった。でも今は、「何もなかったことが、十分」という感じに近い。
違いがあるのかどうか、うまく説明できない。ただ、何かが少し変わっている気がした。
窓の外は暗かった。
山がないから、街の明かりが遠くまで広がって見えた。平らな暗闇に、光が点々と続いていた。
どこまで続いているのか分からない光を、ミナはしばらく見た。
明日、どこへ行くかは決めていない。
でも今夜ここにいる。今夜だけ、この平らな街の夜を見た。
それだけのことが、今日のミナには十分だった。




