第5話:魔王、三年で辺境を黄金に変える。王国軍師を手駒にし「安土城」を建設する
改革を宣言したノエルが最初に行ったのは、自らの「過去」の象徴をすべて手放すことでした。
彼女は一人、城下町でも指折りの目利きと噂される質屋へと向かいました。公爵令嬢時代に身に纏っていた最高級のシルクのドレス、大粒の宝石が散りばめられたティアラ。それらすべてを無造作にカウンターへ叩きつけ、彼女は冷徹なまでの笑みを浮かべて言い放ちました。
「こんなひ弱な過去、わたくしには必要ないわ。すべて金に換えなさい。……ただし、安売りは許さないわよ。これらを適正な、いえ、それ以上の価値で買い取る度量がある者とだけ、わたくしは今後の『大きな取引』を続けたいと思っているの。……わかったかしら?」
その言葉に含まれた重圧と将来性に、店主は震えながらも最高額の提示を即断しました。ノエルはその場で、装飾の一切ない、しかし機能的で質の良い服を買い求め、公爵令嬢としての装いを脱ぎ捨てました。
残った莫大な金貨をすべて村の財政資金へと充てた彼女の噂は、瞬く間に広がりました。「あのお方は本物だ。自分の宝を売ってまで、俺たちのために道具や種を揃えてくださった」自らの誇りさえ投資に変えるその覚悟に、村人たちは震え、彼女に一生付いていくことを誓ったのです。
――それから、三年の月日が流れました。
かつての「死にかけの村」は、今や王国全土の富を吸い寄せる巨大都市『安土』へと、その姿を劇的に変貌させていました。外部の助けなど不要。ノエルが示した「理」に基づき、民が、技術が、そして莫大な黄金が、濁流のごとくこの地に溢れ出したのです。
その身を包むのは、王都の流行とは一線を画す、漆黒と真紅のコントラストが鮮やかな「魔王装束」を彷彿とさせるドレス。
ノエル自らが開発させた漆黒のビロードには、金糸で禍々しい紋様が躍る重厚なマントを羽織り、胸元では安土の富を象徴する、血のように赤い巨大な宝石が冷たく輝いています。その透き通る真紅の石の奥底には、彼女の覇道の誓いを示す『天下布武』の紋章が、漆黒で静かに刻み込まれていました。
かつての儚げな少女の面影はどこにもありません。
動きやすさを重視したタイトなシルエットのドレスに、腰元には細身の軍刀を帯びたその立ち姿は、一国の姫というよりは、世界を支配する「魔王」そのものでした。
「……随分と、派手に育ったものね」
そこへ、静かな、けれど力強い複数の足音が響きます。
「ノエル様。ただいま王都より戻りました」
現れたのは、かつての幼さを脱ぎ捨てた美少年の成れの果て――17歳になったランでした。
ライトブルーの髪は、相変わらずふわふわと柔らかに波打っていますが、今は耳元で邪魔にならないよう美しく整えられています。夜空のようなグレーの瞳には鋭い理性が宿り、今やノエルの身長を優に越したしなやかで強靭な体躯を、漆黒の戦闘服に包んでいました。
彼は迷いなくノエルの前で恭しく跪きました。その動きには一点の淀みもなく、巨大な獣が唯一の主君に牙を仕舞うような、静かな凄みがありました。
そんなランの背後には、彼に導かれるように現れた見慣れぬ客人の姿がありました。
「……お久しぶりです、ノエル様。アルフレッド殿下の命により、この地の『調査』に参りました」
落ち着いた紫系の髪をハーフテールに結い、知的な眼鏡の奥で琥珀色の瞳を光らせる青年――王家直属の魔法軍師、ミツルギです。彼はかつての知人であるノエルの圧倒的な覇気と、黄金に輝く街の変貌ぶりに驚きを隠せません。
「……調査、ね。ふふ、あのご立派なアルフレッド王子も、随分と悠長なことを」
ノエルは窓の外に広がる黄金の街を見つめたまま、くすりと鼻で笑いました。
調査。その言葉の裏にある「発展しすぎた辺境から、適当な理屈をつけて税を毟り取れ」という王宮の下劣な意図を、彼女が読み違えるはずもありません。
彼女はゆっくりと振り返り、自信に満ち溢れた足取りでミツルギの正面へと立ちました。
三年前、追放された時のような無力な少女の面影はどこにもありません。そこにあるのは、富と力をその手に収めた、真の支配者の威風でした。
「建前はいいわ、ミツルギ。どうせ、わたくしの蓄えた金が欲しくてたまらないのでしょう? ……けれど、今のこの安土を見て、あなたは何を思うかしら? まさか、この地がたかが王国の紙切れ一枚に従うような、従順な村に見えるなんて言わないわよね?」
ノエルの赤い瞳が、挑戦的にミツルギを射抜きます。
ミツルギは、その圧倒的な覇気に一瞬だけ息を呑み、そして眼鏡の奥で琥珀色の瞳を熱っぽく細めました。
「……正直に申し上げましょう。これほどの財力と『黒炎』のエネルギー、そしてこの熱狂。もはや、既存の法で縛れる規模ではない。……ここを単なる村で終わらせるのは、あまりに惜しい」
ミツルギは不敵に口角を上げると、偵察者としての仮面を脱ぎ捨て、一人の軍師としてノエルに跪きました。
「ノエル様、設計は私が手伝いましょう。王宮が税を要求する隙すら与えないほどの威容。……ここに、王都をも見下ろす『黄金の城』を築いてはいかがですか? あなたのその『黒炎』を動力とした、世界に類を見ない不落の城を」
敵の使者であったはずの軍師が、その知的好奇心とノエルのカリスマ性に抗えず、その場で安土のさらなる進化を提案する。
その光景を背後で見守るランの瞳には、ノエルへの狂信的な愛と、主君の隣に容易く入り込もうとするミツルギへの静かな独占欲が、鋭い風となって渦巻いていました。
「貴様!! 何を考えているんだ!!」
ランの鋭い怒声が、豪華に設えられた執務室に響き渡りました。
同時に、彼の足元から巻き起こった鋭利な旋風が、ミツルギの足元の絨毯をチリリと切り裂きます。
ランが王都でミツルギから聞かされていた話は、もっと単純なものでした。
「これ以上商売を続けたければ、相応の税を納めろ」
王国からの通告は、たしかに傲慢でしたが、今の安土の財力をもってすれば端金に過ぎません。その程度の条件でノエル様の平穏が買えるのであればと、ランはあえてこの「食えない軍師」を案内してきたのです。
それなのに、この男は口を開くなり「城を築け」などと、王家への明確な反逆とも取れる火種を投げ込んだ。
「話が違うだろう、ミツルギ! 税の話はどうした! 」
ランのグレーの瞳が、裏切りへの怒りとノエルを守ろうとする独占欲で、獣のようにぎらつきます。一歩踏み出した彼の体からは、三年前の弱々しさは微塵も感じられない、圧倒的な武の圧力が放たれていました。
「こんな村を発展させたノエルの従者なら、もっと頭が切れると思っていたが……。いいかい、この『安土』がもっと発展すれば、さらに取れる税収も上がる。だから協力してやろう、という話だよ」
ミツルギはそう言うと、ランの殺気をいなすように再びノエルに向き直り、不敵に微笑みました。
ランの周囲で渦巻く殺気立った風が、より一層激しさを増します。
ノエルは二人の男の間に割って入ることもせず、椅子に深く腰掛けたまま、この極上の「内輪揉め」を愉しそうに眺めていました。
「ふふ、面白いわね。……ラン、あなたの忠義は嬉しいけれど、話の筋は通っているわ」
「ノエル様……!?」
「あんな無能な王子に小遣いを恵んでやる暇があるなら、その金で王都を見下ろすほど高い天守閣を建てた方が、よほど愉快だと思わない?」
ノエルの赤い瞳に、三年前よりもさらに苛烈な「魔王」の火が灯ります。
「ラン、あなたの『風』を。ミツルギ、あなたの『知恵』を。……そしてわたくしの『黒炎』を。すべてを注ぎ込んで、この世界の誰も見たことがない、黄金の不夜城を完成させなさい」
主君の決定に、ランは奥歯を噛み締め、渦巻く風をどうにか鎮めました。納得はしていません。けれど、ノエルが「面白い」と言った以上、彼はそれに応える以外の選択肢を持たないのです。
「……御意。……ですがミツルギ、少しでも不穏な動きを見せれば、その首、僕の風で叩き落とすからな」
17歳の青年の、低く冷たい警告。
こうして、王家への反逆の象徴――「黄金の安土城」の建設という、狂ったプロジェクトが幕を開けました。
ミツルギが不敵な笑みを残して部屋を去った後。
静かになった執務室で、ノエルは窓の外、広大な繁華街を見つめていました。
(……ミツルギ。あなたが何かを企んでいることくらい、分かっているわ)
彼が純粋な協力者でないことなど、百も承知。王子のスパイか、あるいは己の野心か。何にせよ、彼はまだ「敵」の側にいる人間です。
けれど、前世の記憶を持つノエルには、ある種の確信がありました。
『敵こそ、一番近い場所に置け』。
(利用できるものは、何だって利用してやるわ。裏切りの兆候も、その才の使い道も、すべてわたくしの視界の内側にあるのだわ)
(……だからこそ、この派手な『安土城』の建設という特大の餌を与えて、あなたの視線を釘付けにしておくのよ。その裏で、いざという時のために準備しているわたくしの切り札――『静かな牙』の存在には、絶対に気づかせない。……あなたはせいぜい、わたくしの手のひらの上で踊りなさいな)
毒すらも薬に変えて使いこなしてこそ、真の魔王。
ノエルは自嘲気味に、しかし力強く口角を上げました。
黄金の夕刻。安土の空に、初めて「城」の縄張りを示す杭が打ち込まれました。
それは、古い王国の終わりを告げる弔鐘であり、ノエルという名の魔王が支配する、新しい時代の産声でした。
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