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第9話 なんて愚か者なんだろうか

 迫り来る巨体は人の形を保っているのか、それとも本当に狼になったのか、素早すぎて見分けがつかない。リシャは全く動じなかった。細い指先をチョンと、狼の額に当てた。


 結構な早さで突っ込んで来た狼は横に、そのままぐらりと倒れて……、


「……zzz」


 倒れた時には、完全に熟睡していた。


「絵に描いたような噛ませ犬でしたわね」

「馬鹿で助かった。よし、行くぞ」

「あ、あのあのあの! 待ってくださぁい!」


 まだ引き留めにかかるマリーナに、もうそろそろ一発ぶちかましても良い気がして来た。


「その! お願いします! フリで良いんです! 病気の母を安心させたくって、結婚を前提にお付き合いしてる人のフリをしてくださいぃ!!」

「そこの狼に頼めば宜しいでしょう」

「この方に頼んだらそのまま屋敷に連行されて生涯監禁コース決定ですぅ!」


 ただのポンコツ雌ブタかと思ってたけれど、危機管理能力はきちんと備わっていたらしい。


「お願いしますお願いしますぅ! このままじゃ、色々重要な選択ミスったお姉様達と変わらなくなっちゃいますぅ!」


 ああ、うん。お家を藁で作っちゃう系お姉様と木で済ませちゃう系お姉様かな……?


「御愁傷様」

「うえーんっ……ではせめて、その狼さん家から出してもらえませんかぁ?」


 現在、ドアは開きっ放しだがだが、狼の体はリシャに飛びかかって来たから家の中にある。

 私たちはお互いに目を見合わせてため息を吐いた。

 狼はゴツゴツと筋肉達磨な見た目では決して無いが、背が高い大柄な男だ。小柄な女の子のマリーナが運び出すのは、確かに大変だろう。


「俺が家から出す。これきりだからな」


 マリーナに鋭い目でリシャが釘を刺した。彼女がコクコクと頷くのを見て、リシャが狼を背負い、私がその後ろに続く。

 マリーナは念の為ドアが閉まらないよう、ドアに手を添えてはしに控えていた。


 ……けど。


 ドアから出る寸前に、手首を引かれた。


「え?」


 景色が動く。

 それは、私がバランスを崩したからなんだけど、そうなった要因は……、


 私のすぐ隣に居た存在━━マリーナ唯1人。


「しら━━」


 目を見張ったリシャの顔が少しだけ見えた瞬間に、無情にドアが閉まった。

 そして鍵の音が随分と大きく、強く、耳に残った。






「ようやく2人きりになれましたねぇ」


 急に、窓から差し込む陽の光が鳴りを潜めて、暗くなる室内。

 その中で、爛々とマリーナの目が光る。

 だが、其方はそこまで気にするような異様な光景では無い。


 彼女の隣に浮かぶ、三匹の子豚のシルエットが描かれた本。


 私はそれを見て察した。


「成る程、貴方も『物語持ち』でしたか」


 この世界は、ただ単純な白雪姫の世界というわけでは無い。


 シンデレラ、赤ずきん、ラプンツェル。


 前世で読んだ御伽の国の住人達が多数存在している。その中には、私やマリーナのように、どこかの誰かさんから自分の役割━━運命が(人生を書物に)書かれた(合わせんとする)本を送りつけられている奴と、そうでない奴が居る。

 だから本を持っている私達は、同類達を『物語持ち』と読んでいる。


 私は同類に会うのが初めてでは無い。何を隠そう、隣国で王妃になった『物語持ち』のシンデレラは、私の親友だ。


「それで、要件は? 親睦を深めるには、随分と手口が荒いのではなくて?」

「貴女の本を頂きたく思っておりますぅ」


 朗らかな声、けれども雰囲気に朗らかさは無い。

 そして暗いと思っていたら、外の天気がよろしく無いようだ。

 雷雨の予感しかしない空模様に、外のリシャ達が心配だ。


「……私の本を手に入れて、どうするおつもりかしら?」


 あんな物、譲渡出来るのであれば熨斗でも付けて今すぐくれてやりたいところだ。

 ただ問題が一つ……アレの譲渡には条件がある。


 ━━━━ダンッ!!


 私に立っていた場所を、柄の長い金槌の先端が粉砕する。


 避けた私は咄嗟にマジバから銃を取り出して発砲したけれど、彼女自身がどういう反射神経をしていて、しかもどんだけ硬い素材を使っているのか……。


 高い音と、時折火花が室内で爆ぜる。


 傷ついた物。そして壊れた物は、ソファーや壁、そこに掛けられた絵や、花瓶。


 全弾、金槌でそこらに散らされた。……化け物やんけ。

 跳弾が靡いた髪を擦り抜けるのを横目に、むきゅっと━━面白く無い私は唇を尖らせてしまう。

 対して金槌を振るう張本人━━マリーナの口元は、


「きひひっ!」


 ━━とても愉しそうに弧を描いていた。


 さて、いきなり始まった暴力行為からお察しいただけるだろう。


 本を他者に渡すには、持ち主が死ななければならない。それが条件だ。


「私の本の何が、貴女を駆り立てるのでしょう?」


 だから、向こうが命を狙ってくるのであれば、私だって反撃する。

 ただ殺られる女だと思ったら、大間違いだぞ雌ブタ。


「……もうね、後が無いんですよ」


 ……錯覚、かな?

 歪んだ笑みは相変わらず愉しそうなのに、どこか悲しそうにも見えた。


「さっきの話、病気の母の話は嘘で〜す。あの母は、()()が15になるのと同時に、着の身着のままで家から追い出しましたからねぇ」


 けれども、姉の話は嘘では無かった。

 ただ、出さなかった情報ならある。それだけの事。


「私には、同じ体の中に2人の姉が居たんです。


 1番上の姉は、藁の家を造りました。


 2番目の姉は木で家を造りました。


 そして私は、煉瓦の家を造りました。


 この話には、省略された部分があります」


 藁の家を造った1番上の姉は、出来たばかりの家を吹き飛ばされて、狼に連れ出され、悪質な奴隷商で、鞭で打たれて死にました。

 運良く(?)そのすぐ後、奴隷商が摘発された為、お家に体は帰りました。


 木の家を造った2番目の姉は、簡素な木のドアを壊され、狼に陵辱されました。朝になったら死んでいました。

 狼が帰った後、体は吐きながら汚れた体を洗い、薬を飲んで家から飛び出しました。


「━━そして私の番が来た、という事です。だから私は死にたくないんです。次は、本当に死んじゃいますからね」


 多重人格なんて荒唐無稽な話だな。

 異世界転生してる私が言える事じゃ無い気もするけど……。


「疑問点が幾つか御座いますが、取り敢えずその話に出てくる狼って、全部先程の男ですの?」

「ぜーんぶ、別の狼ですよぉ」


 姉達の結末は随分ヘビーだったけれど、家造りの話は一致していた。

 私は、【三匹の子豚】という話の大まかな最後を思い出す。

 短絡的な1番上と妥協した2番目は家を壊され、追われ、とどのつまり失敗する。

 時間をかけて努力をした末っ子は報われ、成功する。

 アレはそういう話だったはずだ。

 煉瓦の家を造った末っ子は、その時点でもうハッピーエンドが確約されているはずだ。

 そしてそれは、本に書いてあるはずだ。


「そんな必死にビクビクする必要が有るのですか? あの狼は、貴女を殺せないと思うのですが?」


 本の内容を知っていると悟られないよう、あくまでも推測した体で言う。


「うふふ、その通りですぅ。アレは私を殺せません〜。……が、お嫁にはされるかもしれないんですよぉ」


 お嫁は嫌。

 (お姫様)の本を狙う。

 ……うん。何となく察して来たぞ……。


「あの男は貴族ですけどぉ、子爵の家なんです。嫌なんですよねぇ、子爵夫人程度じゃ……ですからぁ、


 ━━━━貴女の運命(結末)を下さい」


 やっぱりか……。

 他者の本を自分の物にすれば、元あった本の結末を、新しい本の結末に変えられる事もある。


 あの本は、存在する限り内容を多少変えられても結末は合わせてくる。


 姫君の物語なら、大抵が『姫は王子と一緒に国で幸せに暮らしました』となるのが多い。まぁ、私も大雑把に言えばそうだ。


「あ〜んな頭のイカれた狼の子爵となんて、誰が結婚したがるもんですか……。


 巫山戯るのも大概にしろって話ですぅ。


 私も、お嫁に行くならやっぱり王子様が良いんですよぉ!」


 キラキラと輝かんばかりの笑みが、どうしようもなく哀れに思えた。


 嗚呼……。本に書かれているハッピーエンドが、本当に自分自身にとってのハッピーエンドには繋がらないと、此奴は既に体験しているはずなのに……なんて愚か者なんだろうか。

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