第10話 どうした糞アマ? テメェがなりたかった王妃様だろう?
本当にもうこっちの連載、更新遅くてすみません。
マジバから出した物の栓を抜いてブン投げた。
それから目を閉じて一息吐くと、私は動いた。
射撃で駄目なら、圧倒的に不利だ。
私だって鍛えているけれど、あの化け物じみた動体視力には敵わない。
だからスタングレネードで目潰しをして、玄関のドアを秒で開け放ったまでは良かった。
「━━は? 何処?」
そこは、雨模様の激しい薄暗い原っぱだった。
この玄関からは、大きな農場が見えていたはずだ。
草が豊富だったのは共通しているけれど……、今私の前に広がっているのは荒れ野だ。
「……ッ!!」
私が反応出来たのは、微かな風を切る音を耳が拾ってくれたお影だった。
身を屈めて転がるように外に出たら、私の頭があった位置を金槌が通過していった。
容赦の世の『ヨ』も無いな!!
そう思った瞬間、足に痛みが走った。
「い゛ッ!?」
しくじった。荒れ野が見えたくらいで立ち止まってる場合じゃ無かった!
そりゃ足は1番狙うわ。
「当たって良かった〜。今の光るの何だったんですぁ?」
ゆっくりと歩いてくるマリーナは、目を閉じていた。
「私の視力、全然まともに戻りませんよ〜」
そう言う割には的確に狙ってきたな。
私は地面に刺さっている足を掠った獲物を見た。
それは煉瓦用のパテだ。あれ、そんな殺傷力高い物だったっけ?
何にせよ、目を潰せたのはデカ━━い?
バキリッ、と。肋骨から嫌な音が鳴った。
それは、目が見えていないはずなのに的確に距離を詰めてきたマリーナに蹴られたからだ。
「わざと黙ってたんですけれど、私って嗅覚が良いんですよね!」
その声が聞こえた時には、体が横にゴロゴロと転がっていた。
服も、手も、頬も、泥と草に塗れる。
上手く……立ち上がれない。
その上、
グシャッ。
マリーナの金槌が、マジバの中の武器を掴もうとした手の甲に振り下ろされた。
「あぐっ……」
歪に潰れた手は視界に入れるだけで、痛く無い場所まで痛く感じてしまいそうな有様だ。
その手を通り越して見上げた真上では、また金槌を振り上げるマリーナの顔があった。
希望に満ちた、それはそれは良い笑顔。
私の中の怒りが、静かに爆発した。
「では、ご機嫌用? お姫さ━━」
「お前が選んだ人生だ、一足先に見てみろ」
私達の間に、本が現れる。
【3匹の子豚】では無く【白雪姫】の本だ。
良いタイミングだったが、私が自分の意思で出したんじゃ無い。
この本を送りつけてくる誰かさんとは一度たりとも会った事が無いけれど、間違い無く性格が捻じ曲がっている。
だから、私が惨めに地べたを這いつくばっているタイミングで、頼りたくも無いのに頼ってみればアクションを起こすと踏んでいた。
ペラペラを捲られる本のページに、瞬き一つせず本を凝視し、その場に固まるマリーナ。
他者を殺してまで望んでいた物語。けれどもその表情は、終わりに近づくに連れて青く変わって行く。
「な、何で? だって貴女……」
「どうした糞アマ? テメェがなりたかった王妃様だろう?」
口の端を吊り上げて、お貴族言葉で飾る事無く言ってやった。
「違う! こんなのじゃ無い!」
「よく見な。それが、私を殺して奪うテメェの末路だ」
「五月蝿いッこの糞王女!! 私をよくも騙しましたねこの性悪がああああ!!」
何が騙しただ……自分から進んで茨の道に来た癖して。
嗚呼……でも、これはもう死んじゃうな。
雨粒がずっと頬を叩く中、追撃のように頭部目掛けて振り下ろされる金槌は、酷く遅く見えた。
だから、余計なものが、脳裏を過ったんだろう。
青みがかった銀の髪が。
「リシャ……」
無意識に出た声。
それとほぼ同時に、醜い音が━━━━耳元では無い場所で聞こえた。
***
(三人称)
手を伸ばして後退する白雪の表情。
それが消えないうちに、家が消えた。
リシャの動きは早かった。咄嗟に肩に背負っていた狼の子爵を投げ捨てる。
フードが脱げる事も構わず、家のあった筈の地面に手をついて鑑定の魔法を使う。
だが、何が起きたのかは知る事が出来なかった。
━━転移魔法じゃ無いな。
転移魔法は膨大な魔力を使う。
マリーナの魔力はソレを行使出来るほど多く無かった為分かっていた事だが、魔法で無いとなると、専門で無いリシャにとっては厄介極まりない。
一方、強い衝撃に、肺の中の息を呻き声と共に吐き出した狼は、己の瞳が写した存在を見て目を見開いていた。
「リシュアレン……殿下?」
リシャは、その瞬間は鋭い眼光で狼を射抜くだけだった。
だが彼との視線がかち合うや、大股で近付き、胸ぐら━━では無く、顎を掴み持ち上げた。
「おい、豚のストーカー。あの豚の家はどうなっている? 白雪を何処へやった?」
「ぅ……っう゛……」
「白雪は何処だ?」
声は静かだが、掴む顎からの音が顕著になっていく。
「王子、それでは喋れませんよ?」
「! ……鏡?」
足元に、表情筋こそ動いていないが、可憐なメイドの映る鏡が落ちていた。
狼を離し、リシャは白雪が普段身につけているその鏡を拾い上げる。
「白雪が落としたのか……」
「ええ、ドアでチェーンがブチ切られた時はもう破れるかと思いましたね」
「お前は白雪が何処にいるか分かるか?」
「お待ちを……駄目ですね。田舎なら何処にでもある荒れ野です。特定出来ません」
少し目を閉じて白雪の居場所を映し出す鏡は、王子の前であるにも関わらず舌打ちをする。
「しかしながら、この現象がどう言ったものかは分かります。マリーナとかいうあの豚、物語持ちですよ」
その言葉だけで、リシャは「そういう事か」と声を低くした。
『物語持ち』は、魔法に近い権能を有する。
彼が知っているのは、砂漠の国で王になった男だ。その男は絨毯で空を飛び、強大な力を持つ魔神を使役している。
「家ごと転移できる権能……有ってもおかしくはないな」
「ま、マリーナさんに危害を加えるつもりですか……!?」
足元から、先程まで顎を押さえていた狼がリシャを睨みつける。
「先に白雪を襲っているのは豚だろうが」
「させないっ、彼女は僕の妻にするんです!」
「ほう……王族に危害を加えて尚そう来るのか」
リシャは落ち着いているように見せて、実は冷静さを欠いていた。
此処でリシャが指した『王族』というのは白雪の事だった。
しかし、狼の彼はその事実を知らない。それを忘れていた故に、
「王族のくせに魔法を使う異端児が!」
目の前の獣に、不愉快な発言をさせる機会を、与えてしまった。
「貴様など王の血が流れていようと扱いは奴隷と同じじゃないか!!」
此処は異世界からすると、謂わゆる御伽の世界等と呼ばれる場所だ。
魔法が有る。魔法使いも魔女も実在する。
しかし、ほとんどの場合、魔法使いという存在は、主役にならない。
時にカボチャの馬車とガラスの靴で商家の娘を助け、時に迷子の娘に家への返り方を教えても……そんな善良な者は一握りで、知る者は少ない。
基本は悪魔の使いで、子どもや蛙を喰らい、毒を作る。
それが魔力を持った人間達の主な所業だ。
罰せられるべき、神の導きから外れてしまった存在だ。
つまり、民を導く尊き存在として、相応しくないとされる。
故に魔力持ちの王族は、大きな国であればあるほど蔑まれる。
平民やただの貴族までなら、喜ばれるというのにだ。
「俺の事はどうでもいい」
失言した事を反省はするが、今は白雪の命がかかっている為一秒たりとも無駄に出来ない。
指一本リシャは動かしていないのに、足下から凍っていく感覚を覚えた狼は目を見開いた。
「止めろッ、止めろ化け物!!」
「……」
リシャの目は冷たい。だがそれ以上に、振動する周囲が冷た過ぎる。
「お前は邪魔だ。
━━━━消えろ」
狼は気付くのが遅かった。
身体がそのまま凍っているのでは無く、体が液体になって行き、その液体が凍っていると。
透明になり、感覚が無くなる。
どんどん、どんどん上までソレが上がってきて。
息が出来なくなった瞬間、爆ぜる火花の色を、最後まで残った右目が見た気がした。
「凍らせてすぐ燃やすとか、えっぐいですね」
声は淡々としているが、鏡の内心からは『うわぁ』と引いている声が、今にも聞こえてきそうだ。
「本当に殺す訳無いだろ」
「え? いや……跡形も無いですが?」
本当に文字通り跡形も無くなった中身が矮小な存在から既に背を向けているリシャに、鏡は疑問符を沢山浮かべている。
しかしリシャは答えず、再びしゃがんで家のあった地面に触れていた。
「おい、鏡」
育ちきった稲穂のように揺れる金の粒子で、大きな魔法陣が描かれて行く。
既に『疑問に答えてくれる程の優しさは白雪にしか見せねーな』と、鏡は素早く思考を切り替えていた。
「何でしょうか?」
魔法事の中にはたくさんの数式も記号も混じっていて、己の指先が触れるくらいの位置に書く物を、彼は聞いた。
「何という物語を、俺は探せば良い?」




