第65話:ストーカー
「お疲れさまでしたー」
冬と共にファミレスを出るスズが、お店を住居ともしている香月店長に声をかける。
「冬くん、さっきの件よろしくね」
ひらひらと手を振りながら眠そうな店長にそう言われて返事を返していると、慌てて和美が走ってきた。
「何だかごめんね?」
「いえ。困っているならいくらでも相談してください」
「困ってなくても相談するよ?」
「そこは困ったときだけにして、和美さん」
「えー」
そんなことを言いながら、がっちりと冬の腕に抱きつく和美に対抗して、スズも反対側の腕を抱きしめて互いを牽制する二人に、冬は「何の修羅場ですか」と苦笑いを浮かべる。
「でも、本当に助かる、ありがとうね」
笑いながらするりと腕を離した和美からお礼の言葉をもらった冬は、改めて確認することにした。
「……杯波さんは、ストーカー被害にあいすぎじゃないですか?」
以前、冬は和美のストーカーを警察に突きだしている。
ストーカー被害はその時になくなってはいるのだが、冬が許可証を所持した頃に、再度ストーカー被害の疑いを店長から相談を受けて、周辺を警戒していたことがあった。
丁度一年前の話ではあるが、その時のストーカーはついに尻尾を見せず。しばらく鳴りを潜めていたのだが……。
「最近また変なことが起きるのよー」
また、別のストーカーなのか、被害に遭ってしまったようだった。
それが店長からの「よろしくね」に繋がっており、今日からしばらくは別の従業員の家にお泊りすることになっていた。
店としても人気ナンバー1の従業員であり、バイトリーダーとして信頼の厚い彼女が、一人で家に帰って襲われても困るし、家に無事帰ることが出来てもストーカーの被害に遭う可能性もある。
そのため、ほとぼりが冷めるまでは従業員が協力して自宅を貸し出すこととなり。
何かするにしても、和美だけでなく、従業員は協力して複数人で行動するようにと、店長からのお達しが出ていた。
そして、その白羽の矢が、冬の自宅であった。
男性として、冬程信頼の置ける人材はいないとのことでしばらく匿うことになったわけだが、言われてみれば、スズと一緒に住んでいるからこそ、スズの目が光って容易に手を出される心配もなく、複数人で行動をするなら常に一緒にいるわけだ。
「人気があると大変ですね」
「人気なのかな? 別に気にしたことなかったけど」
「杯波さんはかなり人気ですよ?」
「人気でも、見て欲しい人に見てもらえないのは寂しいよ?」
そんな言葉と共に和美はにこにこと冬を見るのだが、冬としてもどう返事をしたらいいのか分からない。
「冬は私と付き合ってるので和美さんは諦めてください」
「えー。冬ちゃんがいい」
「いいとかじゃないですよっ!」
「私が代わりに冬ちゃんと一緒に住んでもいいんだよ?」
「あはは……」
「冬? そこはちゃんと断ってよぅ!」
そんな二人の言い争いを、間に挟まれて困りながらも――
……やはり、誰かに、見られている?
――冬はしっかり仕事をしていた。
冬は二人に気づかれないように辺りを見渡してみる。
先程から――バイト先の裏口から出てしばらく人に見られているような気配を感じていた。
だが、この気配は、誰を見ているのか、誰に対しての視線なのかは特定に至らず。
先入観ではあるが、和美のストーカーが近くにいるのではないかと警戒した。
いっそのこと、杯波さんのためにも、ここで捕まえておきたい所ですが……
ストーカーと仮定し、和美が自宅に泊まる必要もなくなるので、今のこの自分を挟んで仲良く睨みあう二人も落ち着くので一石二鳥だと冬は考える。
姿を捉えることが出来ない奇妙な視線に、冬は自身の武器である『糸』を二人に気づかれないように指に装着した。
冬がこの一年間の間に磨いてきたのは、辺りを把握する能力――空間把握能力だ。
冬の武器である『糸』は、事前に状況を把握し、いかに効率的に罠を張るかが肝となる。
そう理解した冬は、その空間把握能力を、更に糸を拡散させ、糸から伝わる振動により辺りの状況を把握する技術を得た。
自身の感覚のようにその場にいるかのように感じ取れるまでに昇華された糸を使った把握能力は、裏世界で生き抜く力を養い、結果としてランクをあげることに繋げることに成功していた。
「調べてみますか」
冬は自身の糸を使って把握する能力を、惜しげもなく辺り一帯に拡げ拡散させていくと、より鮮明に辺りの状況を知覚させていく。
辺りは夜遅いとはいえ、会社帰りの人や、飲み会帰りなのか酔っ払った会社員等の一般人とも何度もすれ違う喧騒の一人一人に気配を配り、感じ、誰がこの視線の相手なのかを、少しずつ、引き絞り、特定していく。
……見つけました。
やがてその気配に。
引っかかる人物が現れる。
「冬からもしっかり言ってよっ!」
「しっかりとなにを~?」
だがその人物の気配は薄く。
「……」
誰もそこに人がいないかのように、ただし、そこに何かはいると認識しているのか、人はぶつかることはなく。
冬は、立ち止まった。
「……冬?」
「冬ちゃん? 何かあった?」
立ち止まった冬に、二人は不思議そうな顔をして冬に声をかけるが、二人はソレに気づいていないようだった。
その間にも、冬は、対象を見つめ続ける。
そこだけ、人が避けるようにして人の流れが出来ていた。
それはソレが動けばまた流れも変わる。
その光景は、周りがそこにソレがいると分かって避けているのであれば、腫れ物に触れないように集団的に避けているかのようであった。
だが、ソレに周りは誰も気づいておらず、無意識に、周りはソレを避けているようで。
ソレは、次第に冬達に近づいてきていた。
スズも和美も、その異様さにまったく気づいていない。
だが、その近づいてきているという行為自体も希薄で。
本当に近づかれているのか、それともこちらが近づいているのか。感覚がずれるような気配を纏いながら。
――冬達の横を、冬達に気づいていないかのように、通り過ぎて行った。
あんな異様な存在が通りすぎているのに、誰も気づいていないことに。
何かされたわけでもないのに、どっと、汗が吹き出してきた。
そして、その異様さを惜しげもなく発揮していた存在を知っていることにも、あんなのが傍にいたと思うと、自分は今まで何を見ていたのかとさえ思ってしまう。
「……今のは……」
――見間違いでなければ、先程横切っていったのは、同級生だ。
それも、冬に覚えがある同級生である。
容姿端麗、運動神経抜群、頭脳明晰な高校時代の同級生で、あれほど異性の興味を引く存在など、生きてきた中で冬は見たことがない。
そんな同級生として記憶にあり、周りに気づかれない程に希薄で異質な気配を漂わせていたからこそ、冬の気配を察知する能力に引っかかったのであるが、同級生として接していた頃とは違いすぎるその姿に、冬は驚くことしかできず。
そして相手も。こちらに興味がなかったのか、気づかず通り過ぎていくその姿に、そこまで冬とは友好関係にはなかったものの、違和感しか感じられなかった。
興味がなかった、気づかなかった、ということも不思議だった。
なぜなら、あの男は――
「スズ」
「? なぁに?」
「《《音無》》君とは、その後何かありましたか?」
「……は?」
以前スズに告白してきた同級生だからこそ、冬には印象深く。
その彼が去った後に、同じく消えた視線の気配。
だが、彼が和美をストーキングしていたのかと考えれば、和美との接点も無さそうであるため別だとも思うが、だからと言って、同時に消えるそれを疑うには十分であった。
ストーカーというものは、例え被害者が記憶になくても、加害者の思い込みから発生するものもある。
もし。という考えを持ったのだからこそ、冬は彼を気にする必要があると考えた。
「音無君ってだぁれ?」
「スズに以前、告白していた同級生ですよ」
「……ほ~ぅ?」
冬から聞いた恋愛話に、和美がにやぁっと笑い、その表情にスズが焦りだす。
「な、なんですか、和美さん」
「いやいやぁ……水無月さんはおモテになるよぅでぇ~?」
「ち、違いますっ! モテたりなんかしませんってば!」
必死に訂正しようとするスズを見ながら、「いえ、人気でしたよ?」とは口には出さず。
冬といつも一緒にいるためにそんな色恋沙汰はなかったが、スズは同級生にかなりの人気があった。
冬という壁がなければ今頃は普通の恋愛をしている未来もあったとは思う。
「あ。そうだ。音無君だよね? 確か――」
「転校してますよ」
耳元で囁くような声に、体をびくりと震わせてしまった。
その声は、声だけで男性を虜にしてしまうかのような妖艶さを持ち、耳元に言葉と共にかかる吐息は欲情をもたらすほどに色気を漂わせる。
「久しぶりですね。永遠名冬」
背後から至近距離で声をかけてきたのは、一年前と変わらぬ姿。
頭にはメイドの象徴ホワイトブリム。
黒を基調としたエプロンドレス。
その上に、フリルの着いた穢れを知らない純白のエプロン。
真性の、洋風のクラシカルタイプのロングのメイド姿のその彼女とは、一年ぶりの再会だった。
不思議な能力を持っていそうな、学生時代にスズに告白していた同級生の音無君がまたまた登場。
それと合わせて神出鬼没の姫様登場です。




