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漆黒の聖騎士  作者: 鷹峰
五、漆黒の聖騎士
38/39

五、漆黒の聖騎士(39)

 コーレン村は完全に包囲されていた。

 村の入口へと滑り込むラグナたちの視界は、朱の光と、黒く立ち昇るものを捉える。

「ちくしょう、間に合わなかったか!?」

「いや――火はまだ放たれたばかりだ。

 村を封鎖している兵さえ退ければ……」

 ジャスティンは周囲を見回し、肩をすくめた。

「退けるって……かなりの数よ?」

「兵士の数は問題じゃない。

 僕たちが狙うのは、ただ一人だけでいいんだ」

「一人?」

 ラグナが立てた人差し指の先を、ロウの眼が追う。

「兵を動かしている領主だ。

 聞けば、焼かれる村を見物に来ているらしい。領主を倒せば兵たちは包囲を解いて逃げていくだろう」

「確かに……スポンサーがいなくなったら残る意味がないものね。

 身体張ったところで、一銭も入らない訳だし?」

「流石は――てっ、おい!

 ラグナ、マント燃えてるぞっ!!?」

「え!?」

 近くの建物から飛び火したのだろう。

 反射的に振り向けば、ラグナのマントから返事代わりに焦げたにおいが鼻を刺した。

 風に煽られ火の粉がちり、と舞う。

 それは青年の騎乗していた馬の後ろ脚を僅かに焼き、馬は熱さから逃れようと暴れだしてしまった。

「わ――ッ、」

 そのまま振り落とされ、大地へ叩きつけられるラグナ。

 馬は燃え盛る村から、苦しげな嘶きと共に駆け出す。早馬を手配したこともあり、その姿は瞬く間に見えなくなっていた。

「おいラグナ!大丈夫か!?」

 やや先を往っていたロウは、馬を止め彼の元へ引き返す。

「ぐ……僕のことはいい!

 それよりも早く――領主が、異変に気づくかもしれない。早く!!」

「……ッ!

 くそ、無茶すんじゃねぇぞ!」

 加速し、遠ざかる蹄の音。やがて掻き消えるそれに向けて、盲目の青年はひとつ呟いた。

「――それは、こっちの台詞だよ」

 ばさり。

 焼け焦げたマントを脱ぎ捨て、ラグナの右には剣が握られる。

 両の掌に力を込めれば、

 ……今は亡き父レムサスの鼓動が、両腕を伝い、聴こえた気がした。

 熱風に混じり、接近してくる殺気。四、五人程度と伺える。

 ラグナはふっと息をつき、そちらへ向き直った。

「村の奴が雇った傭兵か?」

「どうでもいいだろ。多く殺せば、多く給金が貰えるんだからよ」

 マントを外したラグナの出で立ちは村人ともそう大差なく、兵士たちが青年の正体に気づく気配はなかった。

「――下衆が」

「なんだと!?貴様……!」

 焦土へおちた呟きを耳が拾ったか、兵士のひとりが怒りに任せラグナへ突進する。

 しかし。

 彼はその剣線を難なく受け流し、反す刀が兵士を屠る。

「金貨何枚を貰ったのかは知らないが――

 仕事は選んだ方がいい」

 どさり。

 崩れ落ちた兵士を見下ろして。

 ラグナは――抑揚のない声で、そう呟いた。


 ずく、ん。


 一瞬、濁流のような頭痛に襲われ顔をしかめる。

(……なん、だ……?)

 それへと誘われかけた彼を遮ったのは、兵士の怒声だった。

「この野郎……!やはり村人じゃないな!」

「――、くッ」

 滔々となお流れる『記憶』に後ろ髪をひかれ、ラグナの動きが僅か鈍る。

 振り下ろされた剣を受け止め、強引に押し返し距離をとり直す。

 二人を相手に斬り結び、何とか片方を斬り捨てた、そのとき。

「うおぉぉぉぉぉッッ!!!」

 背後から膨れ上がる殺気と、叫び声。

 兵士が二人、民家を迂回して背後に回りこんだようだ。

 目前の敵に背を向けることはできない。かわしきることもできない。

 ――ならば、と。

 ラグナは次の瞬間、ひとつの覚悟を決めた。

 背中を裂かれるくらいなら、左腕を失ったほうがましという咄嗟の判断だった。

 剣の柄を握っていた左手を離し、背後からの剣戟を左手で受け止めようとする。

 ところが。

 青年の真後ろから、突然、もうひとつ気配が生まれた。

「――邪魔するよ」

 凛、と。

 風の啼くような、詠うような――涼しげな声音。

 ほぼ同時に、きん、と金属同士がぶつかり合う音が届く。

 カトレアとも、ジャスティンとも、勿論ロウのものとも違う。けれど、ラグナはその声に聴き覚えがあった。

(…………今の、……声、は……)

 建物の屋根を伝ってきたのだろう。突然頭上から舞い降りてきた剣士に、兵士たちは狼狽える。

「な、なんだ!?こいつの仲間か!!?」

「構うな!全員まとめて殺せ!!」

 剣士は受け止めていた剣の勢いを横へ逸らし、そのまま兵士の腕と脚を掠めてゆく。

「ぐわ、ぁ……ッ!!!」

 そのまま崩れる兵士。腕と足の腱を断たれ、相手を睨め上げることしかできなかった。

「――無理に動こうとしない方がいい。あとに響くよ」

 まるで医師のような言葉を残し、剣士はもう一人の兵へと斬りかかる。

 剣の交わる音は、ひとつの音楽のように響いていた。

 ラグナは背後が気がかりだったものの、前方からの猛攻にそちらへ意識を集中する。

「……はぁッ!!!」

 何とか、兵士を斬り伏せて。ラグナは剣士へ駆け寄ろうとする。

 ――ところが、

 焼けた建物がおびただしい煙を吐きながら倒壊し、ふたりの間に崩れ落ちた!

「……くッ、」

 慌てて瓦礫を避け、後ろへ転がる。起き上がろうとしたところへ、

「おい、いつまで遊んでやがんだ。こっちは片付いたぜ」

 別の――知らない声が、聴こえた。

「え?……あ、ああ、すまない」

「オラ、さっさと行くぜ。時間もねぇんだ」

 短い会話の後、走り去る足音が耳に伝わる。

 反射的に伸ばしたラグナの手は虚しく空を掴む。


 ……、どくん。


 鼓動が一際大きく、青年の中の何かを揺さぶった。

 濁流が――残酷なあの日を連れてくる。


 放たれた炎が。

 届かなかった手が。


 あの日の自分と――再び、重なる。




 ――「実際に、ジークに会って確かめる!」

 ――「馬鹿!やめろクリス……!」




 あの日も、この手は届かなかった。


 ――また、届かないのか?


 どくん。どくん、どく、どく、


 ――もう、届かないのか?

 ――俺は。あいつに、……もう、


「……やめろ……行く、な……」

 軋む音が幾つか。

 彼は立ち上がり、足音の去った方角をぎっと見据えて。

「――クリス……

 …………クリスーーーーーーッッッ!!!!」

 絞るように、呼びかけた声すら――もう、距離が遠すぎて彼女には届かなかった。

 ぱちぱちと火の粉が舞い踊るなかで、ラグナの叫び声だけが辺りに響していた。


 ふと。

 彼女は足を止め、燃え盛る村を振り返る。

「……どうした?忘れ物でもしたか」

 傍らを歩いていた人物が、歩調を緩め、怪訝そうに長身の剣士を仰いだ。

「いや、そういうわけではないんだ。

 ――ああ、でも……もしかしたら。そうなのかも、しれない」

「は?……何言ってやがんだお前」

 相変わらず妙なコトばかり言いやがって――と、白皙に黒衣の少女が閉口する。

 そんな連れにちょっと困ったよう笑んでみせ。剣士は再び黒煙を眺める。

 紫水晶に似た双眸を細めれば、銀糸の髪を乾いた風がひと束、あそんでいった。

「――名前を、呼ばれたような気がしたんだ」

「…………名前、?」

 ふわり。かぶりを振って。剣士は再び足音を奏でる。

「や。……たぶん、気の所為だ。

 ――行こう」

 また並んだ靴音は、獣道をもつれることなく進んでいく。

「ッたく、このお人好しが。

 朔の日まで時間がねぇんじゃなかったのか?」

「……放っておける訳、ないじゃないか。

 それに、間に合わせるさ。絶対にね」

 じと目を寄せてくる柘榴石のような瞳、不敵な笑みで返して。

 彼女はすいと白い指を伸ばし、南東の方角――大陸中央部を指し示した。

「ま、お前みてぇなお人好しがもう一組いやがったお陰で、楽に領主は潰せたがな」

「そう、か。……一先ず、ルーイたちのところへ戻ろう」

「――ああ」

 そうして。

 彼女たちの姿は、鬱蒼とした森の中へ消えてゆく。

 一度交差した歴史の糸は、再びそれぞれの方向へ伸びていった――


連載5周年記念サウンドドラマ

【クロスブレイド 赤銅の鎮魂歌】配信開始しました!

ウェルが、クリスが、ラグナが……音声舞台で動き回ります♪


*配信は終了しました*

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