五、漆黒の聖騎士(40)
呆然と佇むラグナの意識は、親友の声に揺り戻された。
「ラグナ?……どうかしたのか?」
「……、いや、なんでもない」
自身の口が紡いだ、懐かしい響きの名を思い起こす。
――『クリス』、と。
あのとき、確かに。あの剣士をこの口はそう呼んでいた。
何故、と問いかけても、答えなどあるはずもなく。あるとすれば、未だ気紛れに閉ざされた記憶の扉、その向こうにのみ存在するのだろう。
かるく頭を振って、声へと向き直るラグナ。
「それで、ロウ。領主の方は?」
「ああ、それがよ……」
煮え切らないロウの態度に首を傾ぐ。
ロウは狼狽の色を滲ませながら、その目で見た出来事を語ってみせた。
曰く。
ロウたちは領主を見つけたものの、多くの兵に阻まれなかなか近づくことができずにいた。
しかし、突然虚空――丁度、領主の頭上に――まるで黒い『月』のような球体が生まれ、領主と周辺の兵ごと呑み込んでしまったのだという。
聞こえたのは、断末魔の悲鳴のみ。
跡にはぽっかり、亡骸も残らず『消失』していたのだという。
ジャスティンはその黒い『月』は魔力の塊だと告げたものの、そんな禍々しい魔法は見たことがないという。
恐れ戦いた残りの兵士は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出し――そこには、焼け跡と村人だけが遺された。
そんな話を聞きながら、病に臥している村長の家へ二人は辿り着く。
そこでは、ジャスティンとカトレアが村人に取り囲まれていた。
「お前等、この村のモンじゃないだろう!」
「これ以上、ここから何を毟り取る気だ!?
とっとと出て行け、余所者め……!」
農具を手に、怯えに満ちた表情で。村の人々はジャスティンたちへ詰め寄る。一見武装していない彼女たちまで恐怖の対象になる程、彼等は追い詰められていたのだろう。
「あ、ラグナにロウ……!」
呼びかけるカトレアの声も、村の若い男たちに遮られる。
「――お前等も仲間か!」
「おい待て、みんな!!
こっちの連中……武器を持ってるぞ!?気をつけろ!」
ラグナとロウが武器を持っていることに気づき、若い男が大声をあげる。
ざわ、ざわ、ざわ、ざわ、ざわ、ざわ、
どよめきはますます大きくなり、村全体を巻き込んでいった。
「くっ、こいつら人の話を――」
苛立ちに吐き捨てるロウ。
村人は殺気立ち、まさに一触即発といった様子だ。
「……さきほどから、どうされたのですか?」
からり。
それまで固く閉ざされていた村長宅の扉が開く。
「シスター、出てきては危険です!!」
扉から現れたのは、可憐な少女ひとり。
金髪碧眼の、あどけないながら聡明そうな顔立ち。その鼻には眼鏡をかけ、肌は雪のように白い。身には高級そうな法服を纏っていたが、小柄な体躯には丈が余っているようだった。
少女はぐるり周囲を見回し、そこに村人とは明らかに異質な旅姿の一行を見つける。
彼女が口を開きかけるのと、ほぼ、同時、
「お、おま――、お前ッ!
こんなトコで何してんだ!!?」
少女――シスターを真っ直ぐ指差して、叫んだのはロウだった。
彼は我に還ったよう、あ、と口元をおさえる。そんな彼に駆け寄る少女。
「よかった、ご無事だったのですね――むぎゅっ」
「ちょ、ちょっと待て!!お前こっちこい……!」
ロウはシスターを小脇に抱え、ばっと人だかりから離れる。何やら彼女の耳元に話しているようだった。
「あ、あのシスター……ロウちゃんの知り合い……??」
血気盛んな村の若者たちが、シスターを救わんとロウを追いかける。
ロウを『追い詰めた』若者のひとりが、震える手で農具を構えた。
「シ、シスター……い、い、い、今、お助けします!」
「あ、あのっ!?ち、違うんです。この方たちは……!」
ちいさな両手をばっと広げ、彼女はロウの前に立ち塞がる。
村の若者たちが怯むのを確かめれば、そのまま歩を進め、ラグナの手を取った。
「ラグナさんも……良かった、ご無事だったのですね」
「え?え??」
ラグナのことを知っているみたいね、とカトレアは腕を組む。
「ねえシスター。積もる話もありそうだけど……
まだ火は完全に消えてないし、病人や怪我人くらいは避難させた方がいいんじゃない?」
臆することなく進言する彼女に、シスターは慌ててぴょこんと頷く。
「そ、そうですねっ。
あ、あの、皆さん!手伝っていただけますか……?」
「……わ、わかりましたシスター!!」
少女の一声に、村人はざっと周囲へ散った。ある者は水路へと奔走し、ある者は村長を抱え出す。またある者は、怪我をしている者に肩を貸していた。
「……あらあら」
さっきの剣幕はどこへ行ったのかしらねー、と。ジャスティンは彼等を眺めながら漏らす。
そうして。
村の人々を連れ、ラグナ一行とシスターは街道を風上へ向かい、隣街へ退避した。
そして。
村長を街の教会へ預け、村人たちの安否を確認したラグナたちは、役目を終え宿屋へと戻る。
既に辺りは、宵闇のカーテンに閉ざされていた。
「ロウ、それにシスター。戻――」
部屋の扉を開けたジャスティンは、あら、と目を見開く。
「だーかーらー、ひっつくなーーーーー!」
「いやですっ。やっと見つけたんですっ」
ジャスティンとカトレアの視界に映ったのは、シスターがロウにしがみついている光景だった。
「……取り込み、中?」
「あっ、お帰りなさいませ皆さま!
ところでロウさま、こちらの方々は?」
ぱたたっと扉の方へ小走りに出迎えるシスター。それから、ロウを振り向いてそう尋ねた。
「ロ、ロウ……」
『様あああああぁぁぁぁぁっっっ!!!?』
明らかに卑しからぬ身分の少女から出た言葉に、一斉にジャスティンが、カトレアが、ラグナが絶叫する。
「あああもう、だから呼び捨てでいいって前から言ってんだろがッ!」
ロウは頭をがしがし乱暴に掻き、げんなりと深い溜息を落とす。それから顔を上げ、
「こいつはファティマ。見ての通りシスターだ。
……まあ、前に、絡まれてんのを助けたコトがあってな」
「はい!
危ないところを、ロウさまに何度も助けていただいて……っ」
ファティマと紹介された少女は、ふわり、無垢な笑顔を見せる。
「恩人……ねぇ。随分懐かれてるみたいだけど」
「うっせ。
ンでだ、そっちの背が高い方が吟遊詩人のジャスティン。その隣は踊り子のカトレアだ」
「ジャスティンさんに、カトレアさんですね。
わたし、ファティマと申します♪」
ぺこん、と愛らしくお辞儀をするファティマ。髪を結った大きなリボンが、耳元で大きく跳ねた。
彼女はすいと、所在なさそうにまごまごするラグナの前へ進み出る。
「ラグナさん……お元気そうで安心しました。
処刑されたなんて聞いて、わたし、びっくりして……」
大きな瞳を潤ませる彼女に、ラグナは慌てる。
「あ、あの?貴女は??」
「あら。わたしの声、忘れてしまわれました?
よくメーベルまで護衛していただいた、ファティマですよ」
「は、はぁ……」
「あー……ファティマ。そいつは今、記憶喪失なんだ」
「ふえっ」
きょとんとするファティマに、ラグナは申し訳ありません――と頭を下げた。
それから、小柄な少女はロウをすいと見上げる。
「ロウさま……いま、フォーレーンでは何が起きているのでしょうか?
アクディアは友好国とはいえ、他国の問題には手を出せません。わたし、何がなんだか……」
「それは――って、お、おい……?
まさか、それを知る為に抜け出して来たんじゃねぇだろうな!?」
「ほえ?勿論、ロウさまの元気なお姿をひと目見る為ですっ!」
自信満々に答える彼女に、ロウは一瞬、絶句した。
それから、
「だあああぁぁぁもう!!お前といいアイツといい、なんで俺なんか――
…………、げ」
ぎょっとして硬直するロウ。
あどけない翠玉の双眸に、大粒の涙がぽろぽろ零れ出していた。
「あ、ロウが女の子泣かしてるー」
「だあああああうっせ!
ファティマ、な、泣くな!な?頼むからよ!」
泣き出した少女をなんとか宥めようとするロウを、カトレアがからかう。その半歩後ろで、なにやらジャスティンが思案に耽っていた。
「アクディア首都メーベルまで、『漆黒の聖騎士』が態々護衛、って……それに、シスターファティマ、って……
まさか――!」
そこでばっとファティマへ顔を向け、
「アクディア、公女……ファティマ様っっっ!?」
「はい?」
きょとんとするファティマ。その隣で、観念したようにロウはうなだれた。
「…………ああ、そうだよ。
ったく、公女自ら城を抜け出すなんてよ……誰に教わったんだ?」
「ティフォン様です♪」
満面の笑みで答えるファティマ。ロウはますます、がっくりとうなだれる。
「ティフォン様……?
そういえば、ファティマ公女はフォーレーンのティフォン王子やウェルティクス王子と恋仲だなんて噂もあったわねぇ」
「ふ、ふえっ。
そんな噂が流れてるんですか……!?」
吟遊詩人の噂語りに、頬を真っ赤にして慌てるファティマ。
「と・に・か・くッ!
お前は、もうアクディアに帰れ。用件は済んだんだろ!」
「いやですっ。
それに……ウェルティクス様のことも気がかりですし、このまま帰るなんてできません」
ロウの勢いに負けず劣らず、ファティマはきっぱりと言い放つ。
「そうですよね。たしか行方不明とか……近しい人なら心配なはずだ」
以前聞いた噂を思い起こし、こくこくと頷くラグナ。
しかしファティマからの返事は、それを裏切るものだった。
「ふえ……?
あの、ウェルティクス様が解放軍として活動されていることは……ご存じないですか?」
「は!?」
「え!?」
その言葉に、ラグナとロウは同時に仰天する。
「フォーレーンの北方――ノルン側の地域で、圧政に苦しむ人々に知恵を授けて回っているとか。
救われた人たちも、小さいながらひとつの勢力となって――フォーレーンをより良い方向へと働きかけていると伺いました」
「……え……?なんだか、それ……、
アタシ達がやってきている事と……同じ……?」
「お、おい――ラグナ!」
――「『あの方』がここにいたら――きっと同じことを言うだろう?」
「ああ。もしそれが本当なら、この国は変わるかも知れない」
「変わるというよりは、在るべき姿に戻るのかもね」
肯くラグナの言葉を受け、ジャスティンも希望を見たように表情を輝かせる。
ばさり。
盲目の青年が立ち上がり、纏った漆黒のマントが揺らめく。
「――北へ。ノルン方面へ向かおう。
僕たちだけで戦うより、力を合わせるべきだと思うんだ」
その指先が、闇の中にひときわ強く輝く星を指差す。
ロウは静謐を保ったまま、その視線の先を追った。
「そうね。それに――
ウェルティクス様にお会いできたら、貴方のことも判るかも知れないわ」
「……ええ、そうですね」
未だ散らばったままの、記憶の欠片。
そのひとつを、王子ウェルティクスが握っていることは間違いないだろう。
くい。
ロウの服を、ファティマがしっかりと掴んでいる。彼は怪訝そうに眉を下げた。
「ロウ、さま。
……また、何も言わずにいなくなったりしませんよね……?」
「…………ファティマ……。ああ、わかったよ。
心配すんな、消えたりしねぇから」
幼い子供をあやすようにして、その掌がファティマの頭をそっと撫でた。
――そうして。
濃紺のカーテンが、朝陽によって開かれる頃。
左手に長い影を従えて、ラグナたちは北へと旅立った。
もうひとつの『解放軍』を、フォーレーン第三王子ウェルティクスの姿を求めて。
ばらばらに砕けた希望の欠片を、いま一度形にする為に――
(クロスブレイド比翼の風 へ続く)
ご購読ありがとうございました!!!
次作・クロスブレイドシリーズ第4弾『比翼の風』
連載開始を楽しみにお待ちください!
連載5周年記念サウンドドラマ
【クロスブレイド 赤銅の鎮魂歌】配信中!
ウェルが、クリスが、ラグナが……音声舞台で動き回ります♪
*配信は終了しました*




