そいつはピサルモ(後編)
「ええ、まあ… 確かに凄いですね…」
「滋君、あまり簡単に感心するものじゃないわよ。あの催眠術セット、使う量を間違えると、催眠術をかけようとしている私たちまで眠ってしまうことがあるんだから」
弥生は目尻を釣り上げてそう忠告する。
「それは別にわしのせいやないやろ。使う人間が使い方を間違っとるからいかんのや」
言い訳を並べて、自分の作る物の非を絶対に認めようとしないのは穂高のよくやること。桐生、弥生の罵り合いと同じほど日常茶飯事である。
「要するに、どれも一癖も二癖もある、面倒な代物ばっかりなのよ」
「使い手を選ぶ、と言ってほしいわな」
そんなことを話していると村田がまたこの休憩室に戻ってくる。
「誠司、鈴木さんから連絡だけど、町の中で『迷子』を見かけたらしい。体毛がピンクでウサギくらいの大きさで、触ろうとした人をすぐに眠らせてしまったっていう話なんだよ。この情報から推測すると、おそらくピサルモなんじゃないかな」
これまた不思議な縁である。
「よし! 俺が行く! 一度でいいから動いているのを見てみたいと思っていたところだ!」
桐生はそう言って勢いよく立ち上がる。これを窘めるように弥生が、
「ちょっと、あんた報告書があるんでしょ? こういう小動物系は私に任せなさいよ」と言う。
「何を言っているんだよ。報告書なんて出して終わりだよ。お前のほうこそバイトがあるんだろ? そっちの仕事を優先させなよ」
「あら、バイトは実行部の仕事のない暇なときに手伝うっていう話であって、本来実行部の仕事こそ優先させるべきってことになっているんだから、何も間違いはないわよ」
桐生と弥生はまたまたワイワイガヤガヤとし始める。
「この二人はどうしてその動物の仕事にこんなに積極的なんですか?」
滋は呆れて穂高に訊ねる。
「さあなぁ。珍しい動物やからな。宝探しと同じような感覚なんと違うか? 捕まえることができれば自慢できる。まあ、そんなところやろ」
「まるで子供のようですね」
「いやいや、そういう好奇心や向上心といったものは、どの業界でも、大人になっても必要なもんや。モチベーションの維持に繋がるからな」
失礼な話、穂高に大人というものを諭されるとは滋には意外であった。桐生たちと同じく変なところで子供のような意地を張ってばかりの偏屈な老人かと思っていたが、その姿が実は仮初に見えるほど、弁に何か深い意味があると錯覚する。人の言葉に理を見つけると、それまでその品性をどこか疑わしく見ていた相手でも敬意の目を向ける滋の性格は、一に流され信じやすく、二に素直といえよう。穢れ知らずの如き眼で穂高を見つめると、その顔すらも、いぶし銀で味があると見えてくるのだから変な奴である。
「それじゃ、僕も行ってみようかな…」
するとこれには譲り合わない二人が声を揃えて、
「駄目!」
「三人で行けばいいのに…」
溜息のように村田がボソリ。ようやく桐生が折れて、
「本当なら俺一人で十分な仕事だが、仕方がない、全員で行くぞ!」
「作戦は?」
「準備しながら考える!」
続きます