二週間前
二週間前…
K市駅前。
「待った?」
「う~ん、少し…」
「そ、悪かったね」
「ううん。でも、よく抜け出せれたね。仕事、いつも遅いのに…」
「うん。でも、定時だとこんなものかな。残業なしの会社なら、みんな、これくらいには帰っているものだよ。残業続きのほうがちょっと異常なわけで。俺だってたまには普通に帰っても罰は当たらないよ。まあ、今日は結構、頑張って仕事をさっさと終わらせてきたけどね」
「無理するくらいなら、デートくらい別の日でもよかったのに。休日とか…」
「その休日も、最近じゃ取れないときもあるからね。それに、お父さんの誕生日、明日なんだろ? プレゼントを買うのに付き合ってくれって言っていたんだから、やっぱり今日じゃないと駄目なんじゃない?」
「…うん」
日没の空は雲が犇めいてパラパラと小雨も降る。傘は差さず、駅の側のショッピングモールに向って村田と彼女は二人並んで歩く。
「でも、偉いね。親に誕生日プレゼントだなんて。うちでは考えられない習慣だな。俺、自分の親の誕生日、正確に覚えてないよ」
「ほんとに? うそ、誕生日を祝ったりとかしないの? 自分の誕生日だって祝ってもらっているでしょ」
「う~ん、そういうのも高校生くらいまでかな。大学に入ってからは一人暮らしを始めていたから、そういうの、まったくされなくなったし、しなくなったね。親の誕生日に何かしたって思い出もないや」
「ひど~い。もしかして私の誕生日も忘れているとか、そんなことはないよね?」
「それはないでしょ。ちゃんと誕生日にプレゼントをあげたじゃない」
「うん」
首にかけたシルバーのネックレスがそれである。
「ちゃんと使ってくれているんだね。ありがたいね」
「偉いでしょ。部屋ではあまりつけているところ見せてないけど、外に出るときは必ずつけているんだから。大学に行くときももちろんよ。私があげた財布、ちゃんと使ってる?」
「当然。いつも見てるじゃない」
「そうね」
二人はショッピングモールの中に入る。天井が高いうえに照明の数も多く、昼のように明るい。
「何を買うか決めているの?」
「う~ん、まだ決めていないのよね。財布でいいかなとも思っているんだけど」
「財布? 俺とかぶっちゃうじゃない。俺としては、それはちょっと嫌かな」
「そう? そうか、そういうものか… じゃあ、どうしようかな。財布ってネクタイに次いで無難な気がしたんだけど」
「無難って… ちょっとショック」
「あ、ごめんごめん。そういうマイナスの気持ちで言っているわけじゃないから」
「ま、いいけど。財布以外では何か考えていたの?」
「それが何も…」
「意外と無計画だね。大学の単位とかは、きっちりほとんど『優』判定で取っているっていうのに… さすがB型」
「オンとオフをちゃんと切り替えているってことよぉ。勝はいつでもどこでもキチッとしてるけど… A型の典型よね」
「そう? これでも荒い一面があったりするんだけどね」
「嘘? それどこよ。付き合っていて、一度として激しく怒られたこともないし、そもそも怒ることってあるのかなっていうくらい、いつも仏様のように落ち着いているし… 私にもまだ見せたことのない姿があるってこと?」
真っ直ぐ見つめられる村田は、自身の車の運転の荒さを指して言ったつもりだが、自分の本当の身分の話もまた秘密にしていることを思い出して、彼女の眼差しを避けてしまう。不意と逸らされた村田の視線に、彼女も俯いてしまう。
「いや、内緒にするわけじゃないんだけど、車のね、運転がね、本当は結構、荒いんだ。一緒に乗っているときは絶対に安全運転をしているんだけど、一人のときとか、特に山道なんかに差し掛かると、ついつい、スピードがね…」
彼女の気持ちを掬って、当たり障りの少ない車の運転の話を差し出してみたが、自身の胸は晴れない。
「え~? それ本当? いつも制限速度を超すことだってほとんどない初心者みたいな運転をしているのに? 格好つけるために言っているんじゃないよね」
彼女が微笑んで少しは救われる。
「君を乗せているときは、そりゃ、安全運転だよ。万が一、ってことがあるからね。事故にあわせるわけにはいかないよ」
「事故したこと、あるの?」
「いまのところ、一度もない… 自慢じゃないけどゴールド免許だよ」
「ねぇ、安全運転をするときって、私以外では誰を乗せているときにするの?」
「え? それはまた唐突… そういえば意識したことがないな。君以外だったら、う~ん、親でもないし、同僚でもないし… 思い当たらないな」
「ほとんど、いつもなんじゃない。危ないよ、ほんと。せめてご両親を乗せているときくらいは安全運転しないと」
「両親か… 最近、会ってもいないなぁ」
村田は他人事のように口にする。
「ちゃんと連絡取ってる? もしかして、私がそっちに住むようになってから会っていないとか? 私に遠慮してご両親も部屋にいらっしゃらないとか?」
「いや、大学時代からほとんど実家にも帰っていないしね。正月くらいかな。向こうがうちに来ることも一切ないからね。それに、同棲していることも話していないし。君に遠慮しているってことは、ないよ。逆に君のご両親は、俺と同棲していること、何て言っているの?」
「私も… 話してない…」
「それじゃ、ご両親はいまでも一人暮らしをしていると、そう思っているんだね」
「うん」
「絵美が借りていたアパートって、まだ契約しているんだっけ?」
「うん、一応、まだ家賃を払い続けてる。親に黙って勝手に解約するわけにもいかないし、したらしたで、同棲もしづらくなると思うから」
「実家を入れて、何だか家が三つくらいある感じだね。大学生の器量じゃないね。俺の学生時代よりはるかに大人だよ」
「そんなこと… ないわよ。毎週会いには行っているけど、親には秘密を作って、それを打ち明けれないでいるだけよ。ちっとも大人じゃないわ。勝のほうが、仕事も夜遅くまで頑張って、大学生の私とも付き合って、一緒に住んで、ちゃんとかまってくれて… 勝ばっかり頑張って、私、このままでいいのかなって、そう思うことだってあるんだから」
「それは初耳。立場違えば悩みも違う。そういうものなんだね」
「勝は、悩みがあっても、忙しすぎて悩んでいる暇がないって感じよね」
「上手いこと言うね。ズバリ、その通りだね」
「ちょっと、羨ましい…」
「そう? あまり、お勧めはできないけどね」
「体、平気?」
「ん? 平気だよ。どうして?」
「ううん、なら、いいよ。ねぇ、プレゼント、本当に何にしようか?」
続きます




