絶体絶命
轟音と共に飛び出して金棒を振るってきた世ノ華に対して、由堂は軽く後ろに下がると同時に短剣で金棒の衝撃をうまく吸収する。まるで洗練された戦い方。しかし世ノ華は鬼の持つ怪物の中でも頭一つ分飛び出た純粋な『力』を使って、強烈な飛び蹴りを頭に向けてぶち放った。
爆音と同時に祓魔師の体は吹っ飛ぶ。
まるでピッチングマシーンの時速百五十キロ台の野球ボールのように飛んでいった彼は、近くに存在する路上駐車してあった乗用車に突撃した。
瞬間。
エンジンかガソリンに影響が出たのだろう。車体はアクション映画のように派手な大爆発を巻き起こした。爆風と共に車を構成していたタイヤやドアなどの外見的パーツから、スプリングやパイプのような形をした様々な中身的パーツが爆散してくる。
「……チッ。念には念を、か」
世ノ華は足元に転がってきたタイヤの一つを見下ろして―――それを無造作に蹴り飛ばした。鬼の脚力によって蹴り飛ばされたタイヤは視覚では確認不可能なレベルの怪物の一撃へと変貌する。
文字通り消えるように移動したタイヤは、燃え上がっている車体へ激突する。再び鼓膜を突き破るような破壊音が炸裂した瞬間―――今度は燃え上がっていた車自体が花火のようにバラバラに砕け散った。
タイヤ一つで存在していた形さえもかき消された乗用車。
もちろんタイヤを蹴り飛ばした張本人が鬼だったからこそ可能な技だったろう。鬼だからこそ実現できた圧倒的な破壊攻撃だったろう。
が、しかし。
「あーあ、本当危なかったね。最近は暴力的JKが流行ってるのかな?」
その破壊の爪痕からゆっくりと姿を表していった人影。その正体は清々しいほどに傷一つついていない由堂清だった。
心底面倒くさそうに世ノ華は吐き捨てる。
「何で生きてんだよコラ」
「え? ああ、まぁ危なかったんだけどさ、俺ってば一応祓魔師だから―――防御魔術とかオートで展開できたりするんだよね」
見れば由堂の体にはあちこちに盾の役割をしていたのだろう魔法陣が浮かび上がっている。厄介な相手だと再認識した世ノ華は溜め息を吐いた。
「つーか一つ聞いていいかなァボケナスヘドロ野郎」
「うわお。随分とメンタル傷つくあだ名だな。まぁいいや。そんでなんだよ?」
「お前、つーか『エンジェル』だっけか? 何でそんなメルヘン集団のアホに兄様は狙われてンだよ? ってか何でお前らはそう兄様の邪魔ばっかすんだよ」
「お前ら?」
「豹栄のアホと……上岡だっけか? あいつらも兄様狙って襲撃してきたじゃねぇか。今更とぼけたりしたら即効でハラワタぶちまけるぞ」
「…………………………ああ、そっかそっか!!」
長い長い沈黙の後に、腹を抱えて笑い出した由堂清。彼の反応は一々人を小馬鹿にしているようで腹が立つので、世ノ華の顔にはイライラが蓄積されていた。しかし相手はその変化に気づくほど冷静さを宿しておらず、今もなお現在進行形で爆笑し続けている。
ようやく呼吸を整えた祓魔師は最後にぶふっ! と吹き出すように笑って、
「あー、そっかそっか上岡もとっくに動いてたのかそっか。じゃあ豹栄くんもそういうわけねぇ。―――そんで、君は豹栄くんのしていることを何も知らないと。いやー実に報われないねぇ豹栄くん。あんな良いお兄さん中々いなのにさぁ」
「お前……なに、言ってんだ?」
「あー? いやいやだから、君の為に頑張ってる豹栄くんがかわいそうって話。まぁ、どうやらその様子じゃ、豹栄くんのしてることなんて何も知らないみたいだけどなぁ君」
困惑が強くなっていく世ノ華。もともと豹栄真介に関しての話には謎に包まれたものが多い。だがしかし、この突然現れた敵と対面してる状況―――『現在進行形で困惑している』中で『豹栄』という言葉が飛び出た。その時点で、さらなる困惑と混乱が彼女の頭を支配するのは当然かも知れない。
視線が泳ぎ始めた世ノ華雪花。
そして。
それこそが決定的な隙となってしまう。
「はい隙ありで死体決定さよーならー」
「っ!?」
呆然としている彼女に向けて放たれた、魔術による一撃。その圧倒的な破壊を巻き起こす閃光は容赦なく、油断した世ノ華の胸へ突き進んでいった。
心臓に狙いは定まっていた。
間違いなく、その魔術による閃光の攻撃が目標に到達すれば。
世ノ華雪花は死亡するだろう。
が、
「バカ!!」
隣から割り込んできた怒鳴り声と共に、世ノ華は何者かの手によって抱きしめられながら地面を転がっていった。その結果、魔力の一撃を回避することには成功する。
しかし。
「鉈内!? あんた何やってんの!?」
自分を助けた張本人が、ボロボロのままである鉈内に仰天した世ノ華。しかし彼は自分自身に呆れるように笑って言う。
「なにって……フラグ建築?」
「私がアンタにフラグたてると思ってんのか!! っていうか何動いてんだ! バカ!! ボロボロが何カッコつけてんだよボケ!!」
言葉とは裏腹に真剣に心配している世ノ華は、地面に崩れ落ちた彼に駆け寄って言い放つ。しかし鉈内はいつものようにニコニコと『無理』に笑っていて、
「あっはははは。チャラ男は基本カッコつけたくなるもん何だよ。っていうか、僕ってば今けっこーラノベ主人公っぽくない? 何かハーレム作れそうじゃない? カッコよくない?」
「その本心を隠してれば作れたかもな。っていうか、それ以前に死ンだらハーレムもクソもねェだろうが。あと私は兄様ハーレムにしか加わる気はねぇよ」
「あれ? ハーレムは認めちゃうわけ?」
「後で周りの女ァ裏でシメりゃ万事解決だ」
本当は動けないレベルの状態だったはずだ。鉈内は今もこうして笑顔を見せているが、明らかに世ノ華を助けるだけの力なんて空に等しかったはず。ただの人間で多少『悪人祓い』の力を身につけているからと言っても、やはり所詮はただの人間。あの祓魔師の躊躇いが一切なかった暴力によって、彼の内蔵はひしゃげている可能性だってある。
「がはっ!! ごほっ!!」
「―――っ!? おい!!」
笑っていた彼の口から飛び出た血の塊。びしゃりと地面に広がっていった血液は、水が浸透していくように広がっていく。その明らかに致死量と判断してもおかしくない吐血の量を見た世ノ華は息を飲んだ。
「待ってろ!! すぐ応急処置をして―――」
「そんな余裕やるわけないだろバーカ」
ふざけるように告げられた容赦ない殺害宣告。
振り返った世ノ華と鉈内をロックオンしている由堂は、実に楽しそうに笑って、
「じゅーじゅー焼かれて焼肉チェンジ決定だなぁ若造共」
予備動作も何もないまま飛び出てきた魔力攻撃。それは今までの閃光とはまったくの別物で、渦を巻き起こしながら突撃してくる台風のようだった。コンクリートの地面を削り取って迫ってくる、その風の塊が直撃した場合どうなるかは明白な想像がついた。
「クッソ!!」
吐き捨てて。
世ノ華は鉈内を庇うように彼の上へ覆いかぶさった。意識が朦朧としているのか、彼からは荒い息遣いしか聞こえてこない。しかしそれでも、生きていることは確かだ。
ならば、この状況さえ乗り越えられれば鉈内だけでも助かるかもしれない。
それは小さな可能性。
ちっぽけな光。
確証なんてない。例え現在猛烈な速度で近づいてきている風の塊から世ノ華が鉈内を庇って彼が結果的に助かったとしても、あの祓魔師がもう一度同じ攻撃を行えば二人共仲良くあの世行き決定だ。
だがしかし。
それでも世ノ華は仲間を見捨てることだけはしたくなかった。ここで彼を助けなければ、きっと彼女は自分だけ助かったとしても自分で自分を殺すかもしれない。
故に、鉈内を庇った行動は『己の魂』に反したくないからでもあった。
が。
やはり怖いものは怖い。
近づいてきていた破壊の音が一瞬にして膨大な量に変化する。ここまでの時間はものの数秒。文字通り一瞬の出来事だった。
(兄様……!!)
心で叫んだ。
しかし―――都合よくあの少年が助けてくれることなんて。
ありはしない。
と、その瞬間。
ガッキィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!! という甲高い爆音が盛大に炸裂した。
(あ……れ……?)
呆然としていた世ノ華。
しかし。
いつまでたっても体を痛みどころか衝撃さえも襲ってこない。その意味不明な事実に疑問が浮上してきていた。
(一体……なにが……)
死を覚悟していた彼女が振り向いてみれば。
そこには見知った顔があった。
しかしその事実以上に。
目を見開いて仰天してしまった。
「……な、んで……」
真っ白なスーツを着用していて右手にはゴム製の白い手袋がはめられている。燃えるような赤髪は何よりも特徴的で実に目立つだろう。その若い男の背中からは一対の土色の翼が飛び出ている。
まるで。
まさしく。
という例えるような言葉で逃げ道は作れなかった。
「なん、で……あんたが……」
目の前で世ノ華雪花を守ってくれたのは。
妹を守り抜いた一人の兄とは。
紛れもない正真正銘の―――
「―――豹栄、真介……!?!?」
「……」
背後から聞こえてきた妹の驚愕した声に対して。
兄失格の兄は返す言葉が見つからなかった。
ただし。
自分の妹に手を出したゴミだけは処理することに変わりない。
そんな瞳をギラつかせていた。




