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変わらない狂気

「ね、ねぇ。いい加減に初三を……その、解放してあげない?」

「……なぜ、出てきた」

 場所はキッチン。

 食事の準備を終えたばかりの雪白千蘭の声には、夜来初三を天蓋付きベッドで待たせているからか、かなりの苛立ちが含まれていた。対して、清姫はそんな雪白の正面に立ちふさがるように話を続ける。

 しかしその声には―――どこか弱々しさがあった。

「も、もうやめましょう? 以前からあなたが初三のことを好きで写真撮ったりしてたのは、まだ許容できる範囲だけど……今回はやっぱりやりすぎよ。だ、だから、ね?」

「理解できんな。私とお前は共に『男を憎む』というかんじょうで繋がっている。だが、お前も初三のことは気に入っていたはずだ。唯一憎めない男だったはずだ。唯一好意を持てた男のはずだ。なのになぜ、お前は私の邪魔をするんだ?」

「だから、それが行き過ぎてるのよあなたは!! 初三を監禁して、拘束して、こんなのは一方的な―――」

「はて? 何のことだ? 初三を監禁? ―――私は大好きな初三に手錠をかけているわけでも刃物を突きつけているわけでもないぞ? 拘束なんてもっての他だ。初三は自分の意思でここにいてくれているだけではないのか? 事実、初三に何か拘束具でもついているのか?」

「そ、それは……!! あなたが自分を人質にして―――」

「自分の体を自分で傷つけて何が悪い? これは私の体だ。折ろうが切ろうが溶かそうが―――全て私の自由だろう」

 反論が出来なくなった清姫は一歩後ろに後退する。

 その勢いに乗るように雪白はギロりと彼女を睨みつけて、

「そしてお前にも言ったはずだ。―――私の邪魔をすれば私は指を折ると。もしや、約束を破る気か? だったら今すぐ腕の一本でも落としてしまおうか」

「っ! じゃ、邪魔なんてしない!! だからやめて!! わ、私はただ、もうちょっと初三を、こう、リラックスさせてあげたら? ってことを言いたくて」

「気遣い感謝しよう。だが無用だ。今すぐ私の中へ戻ってくれないか? でなければ……」

 人差し指を軽く噛んだ雪白の姿にギョッとした清姫は、歯噛みして拳を握り締める。夜来と同様に『雪白千蘭を人質』に取られていることで何も出来ない清姫は己の無力さを嘆きそうになった。

(……ゴメン、初三)

 心で泣くように謝罪する。もちろんその言葉は本人へは届いていない。清姫は最後に心底幸せそうに夜来のことを考えているのであろう―――狂いすぎた雪白を哀れむように見つめて、

(ゴメンね……雪白。ゴメンね……)

 助けられなかったことを悲しむような顔だった。


 狂いに狂った雪白千蘭を助けられなかったことを悔やむ表情だった。


 きっと清姫は夜来を心配する気持ちと同じレベルで雪白のことも心配していた。助けたいと思っていた。しかしもう、雪白千蘭に清姫という程度の存在は―――ちっぽけな塵にすぎないのだろう。もう彼女の赤い瞳には夜来初三しか見えていない。彼以外の存在は何もかもが道端の石ころに等しいのだ。文字通り彼しか認識できていないのだ。

 それほどまでに狂ってしまった彼女を清姫は助けられなかった。

 説得なんて無駄に終わった。

 無言で姿を消して雪白の中へ戻った清姫。その事実を確認した雪白は夕飯の食事を持って小さく笑いながら二回へと繋がる階段を上がっていった。

「あははっ! あはははははははは! 待ってろ初三ぃ。今すぐ美味しい美味しい夕飯を持って行ってやるからな。すぐに抱きしめてたーくさん可愛がってやるからなぁ。アハハハハ!!」

 もはや清姫とのやり取りのことなど記憶から削除していた雪白千蘭。

 早く彼に触りたい。

 早く彼と話したい。

 早く彼を撫でたい。

 という対して差がない感情の渦に支配されている雪白は、狂気が含まれた笑い声を響かせながら己の部屋―――愛しい彼が待っているドアを静かに開けた。

 そして第一に見たものが。

 人形のように動いていないぐったりとした夜来初三だ。ただし天井を見上げる形でベッドに転がっている彼の服装は以前の黒い服のものから―――真っ白な部屋着へと変えられてしまっていた。見れば雪白も似たような純白なドレスを着用している。

 この事実からして、犯人は確認しなくとも断言できるだろう。

「ああ、やはり美しい。黒も似合うが白も似合うじゃないか。ふふ、初三とお揃いで嬉しいなぁ。真っ白なベッドに真っ白な服……実に二人だけの世界にいる気分だ」

「……」

 近くのテーブルに夕飯を置いた雪白は、早く触れ合いたいという欲求に従うような足取りで夜来のもとへ近寄っていき、ベッドの上を四つん這いでぎしぎしと進んでいって、その白い服に身を包まれた彼の頬に手を添える。

 すると雪白の頬が赤く染まった。

「欲しいなぁ。もうお前が欲しくて欲しくて堪らんのだよ。もう―――早く素肌をこすり合わせて快楽に溺れてしまいたい。でも初めてはやはりお前に襲って欲しいのだ。ああ、どうしよう。もう、その服をビリビリに引き裂いて舐め回してしまっていいだろうか」

「……」

「ふふふ。安心しろ。私は今のところお前と過ごしているだけで満足は出来ていないが一線を超えない我慢はできる。今でも幸せだが、それを超えた先に踏み出したい欲求は膨れ上がっている。だがな、どうせお前と私はこれから先も一生一緒なのだから、あせる必要もないと余裕を持てているのだ。だから安心して、好きな時に、我慢できなくなった時に私を襲え。喰らえ。食せ。私と一つになれ。それまでは気長に待っていてやろう。―――まぁもちろん、私の我慢が出来なくなったら……これだけで性欲を我慢させてみせよう」

 そこで雪白は夜来の上へ馬乗りになり、彼の唇へ自分の唇を重ねた。

 激しいキスを行い、彼の頭を両手で引いて押し付けるように自分の唇へ彼の唇を送り込む。たっぷりと口を使った愛情の確認に満足したのか、雪白は夜来の額に自分の額をコツンと当てて、

「幸せだな。こんなにも一秒一秒を幸福感に包まれた日々は今の今までなかった。今の今まで、恋なんてものに我を忘れるとは思ってもみなかった。まぁ過去はもういい。過去はもう―――興味がない。これから先のお前と私だけの生活と人生にしか興味がない。他に意識を向けることは時間の邪魔だ。ああ、皆皆死んでしまえばいいのにな。そうすれば―――言葉通り私と初三だけの世界で愛し合えるのに」

 生気のない瞳と指先一つにさえ反応がない夜来初三。

 精神をズタズタに破壊されて、大切な雪白にただ従うべきしか取るべき行動が残されていない影響のせいだろう。

 と、そこで。

 雪白が今気づいたような調子で馬乗りの体勢のままこう言った。

「そうだ初三。私はまだお前に『千蘭』と呼ばれたことがない。私はお前を下の名前で呼んでいるのだから、これでは納得がいかん」

 ギリギリまで彼の顔へ自分の顔を近づける。

 そしてニタリと笑って、囁くように告げた。

「さぁ言ってみろ。『千蘭』と私の名前を呼んでみせろ」

 その言葉に抗うことができない少年は。

 ただ静かに口を開いた。

「……せん、らん」

 途端。

 雪白は軽く触れ合う程度のキスをして微笑んだ。

「そうだ。もっとだ。もっと私の名を囁いてみせろ。さぁ早く」

「……せん、らん」

「アハハハハはははハハハハハハ!! そうだそうだ! お前の恋人の『千蘭』だ! お前はこれから私と結婚するというのに名字で呼ぶのはおかしいだろう? これからは千蘭と呼べ。初三、分かってくれたか?」

 コクりと頷いた夜来。

 その小さな反応一つで、どうしようもない、言葉に表せないほどの喜びに気分が高ぶった雪白は、夜来の頬をペロリと舐め始めた。

 犬のように息遣いを荒くしながら、ペロペロと舌で彼の味を楽しみながら、彼女は言う。

「そうだ。お前は私のモノなんだ。私だけがお前の所有権を握っているんだ。お前の隣で笑っていいのは私。お前と結婚して子供を生んでいいのは私。お前の傍で幸せになっていいのは私。お前と生きて共に死ぬのも私。お前を触って興奮していいのは私。お前を見て心を奪われていいのは私。お前と話して心躍らせていいのは私。お前に食事を作っていいのは私。お前とキスをして欲情していいのは私。お前の体を堪能していいのは私。お前と性行為して快楽を味わっていいのは私。―――お前の全ては私が所有しているのだ」

 ぎゅっと夜来に馬乗り体勢から襲うように覆いかぶさった雪白は、彼の髪に顔を押し付けてすーすーと匂いを嗅ぎ、彼の胸へ自分の胸をこすりつけるように密着し、彼の足へ自分の足を必死に絡ませて―――じゅるり、と獲物を食らう肉食動物のように舌なめずりをする。

 そしてニタリと笑って囁いた。

「さぁ。今日も私が可愛がってやろう」


  

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