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保管された魂の破壊

 その瞬間、

「……え?」

 見て分かるほどに、秋羽伊那は仰天した顔を見せた。

 しかし彼は追い討ちをかけるように続けて、

「僕は夕那さんに助けられて、救われて、育てられてきたんだよ。君が悪党って認識してあっさりと殺したあの夕那さんにね」

「で、でも、あの人は翔縁お兄ちゃんを困らせてて……」

「ああよく困らせられたよ。君とあった時だってはんば無理やりおつかいさせられてたし、よくわがまま言われて苦労したさ。でも―――あの人は僕を救ってくれたんだよ。僕を拾ってくれて、育ててくれて、本当の我が子のように可愛がってくれたんだよ。そんな人を君は―――『悪党』ってもう一回評価できるの?」

「あ……あ……」

 混乱している秋羽伊那。

 きっと彼女を支えている『何か』が音を立てて崩壊している真っ最中なのだろう。

「え、え……? あ、あれ? でも、確かあの人は翔縁お兄ちゃんを困らせてた『悪党』で……で、でも翔縁お兄ちゃんを育ててた『良い人』で……………………あ、あはははははは!! い、いいい意味わかんないよ!? あ、あれ!? わ、私、悪党を殺したの!? それとも『良い人』を殺しちゃったの!? 『悪い人』じゃなくて『良い人』を殺しちゃったの!?」

 おそらく彼女は、どうやって人間を『悪党』と区別すればいいのか分からなくなっている。

 七色夕那は鉈内翔縁を困らせていた『悪党』だったはずなのに、彼を拾って育ててきた『良い人』でもある。この事実から七色夕那を―――『死ぬべき人間』か『生きるべき人間』か区別することが不可能になってしまっているのだ。

 悪い人なのか良い人なのか。

 それを判断できなくなったからこそ、秋羽伊那は現在『生死を分け「間違えた」』のではないかとパニックを起こしているのだ。

「伊那ちゃん、君が殺した夕那さんは―――『悪い人』なの? 『良い人』なの? 一体どっちなのかな?」

 追い詰めるような言葉を投げた鉈内翔縁。

 当然、秋羽伊那の動揺は激しくなる一方だ。

 彼女は涙を流しながら頭をかかえている。

「わ、わかんない!! ど、どうしよ、私『良い人』を殺しちゃったの!? もしもそうなら私もあのテロリストと同じ『悪い人』だよ!! どうしよどうしよどうしよどうしよ私『良い人』殺しちゃったの!? ねぇ、私『良い人』殺しちゃったの翔縁お兄ちゃん!? ねぇ!!」

 その必死の形相から放たれた問いに対して、鉈内は黙り込んだ。

 しかし決心したかのように鉈内は息を吐き、

 


 持っていた二本の刀を手放し、膝をついて全力で秋羽伊那を抱きしめてやった。



「……お、お兄……ちゃん……?」

 未だに涙を流していた秋羽伊那だったが、彼の行動に目を見開いて混乱を沈める。

 対して。

 少年はぎゅっと彼女を抱きしめ直してから、こう言った。

 囁くように耳元で告げた。

「君が今まで殺したのは『悪党でも何でもない』よ」

「……え?」

 彼は一度苦笑してから、もう一度口を開いた。

 彼女の抱いている『悪』を根本から変える一言を放つために。

「君が殺したのは『ただの人間』だよ」

 ゆっくりと、呆然としている秋羽伊那の頭を撫でてやりながら、

「君は夕那さんを悪い人か良い人か区別できない。なら、それが答えなんだよ」

「……どういう、こと?」

「人は皆『良い部分』と『悪い部分』を持ってるってことだよ」

 体を少し引き離して、いつものニコニコとした笑顔を見せて言った鉈内。

 さらに優しく微笑んで、

「誰だって誰かを困らせる。それは悪かもしれない。でも誰かを助けることもある。それは善かもしれない。友達に嫌味を言っちゃったら悪かもしれないけど、仲直りしたらもうそれは悪じゃないかもしれない」

「……」

「誰だって人を助けることがあるし、誰だって人を馬鹿にするときがある。僕だってそうだよ。夕那さんとは喧嘩するし、あの前髪クソ野郎とはマジで殴り合うことだってする」

 離れた場所で唯神と共に待機している夜来は大きな舌打ちを吐いた。

 それを見て唯神は小さく笑っている。

「な、なんで殴り合っちゃうの……?」

「んー? 何かむかつくから」

 秋羽は一瞬目をぱちくりさせてから、

「そ、それだけで……殴っちゃうの?」

「あははっ、うん。そう、たったそれだけ。もちろんむかつくってだけで殴るのは悪いことだよ。でもねぇ、いざとなったら今回みたいに協力しあうんだよ。クッソうざいし、ここまでくる間にもさんざん喧嘩したよ。でも、そうやってでも、僕はあの前髪バカ野郎とここまでたどり着けた。なんでだと思う?」

「わ、わかんない……」

 視線を下げて小さく首を横に振った秋羽伊那。

 対して鉈内は明るく笑った後に、



「僕もあの前髪クソ野郎も、お互いの『悪い部分』も『良い部分』も知ってるからだよ」



 今度ばかりの夜来は舌打ちを吐くことがなかった。そっぽを向くだけで、否定するような反応を見せない。

 唯神はそんな彼の顔を覗き込むように見て、

「デレた?」

「殺すぞクソ女」

 そんなやり取りを眺めて笑った鉈内は、秋羽伊那に向き直る。

 その顔にはやはり、とてもとても優しげな笑顔が張り付いていた。

「伊那ちゃん、君が殺した色んな人達にも『悪い部分』だけじゃなく『良い部分』が……あると思うよ。断言はしない。もしかしたら根っからの悪党かもしれない人だっている。でも、その人だって『これから』色んなことを経験して『良い部分』が生まれるかもしれない。―――更生するかもしれない」

 だから、と付け足して。

 秋羽伊那の頭をまた撫でる。

「夕那さん達、『良い人でも悪い人でもある』皆の魂を返してくれないかな?」

「……返さなかったら、どうなっちゃうの?」

「君を殺してでも返してもらうだけさ」

 躊躇いのない殺害予告に―――思わず秋羽伊那は笑ってしまった。今までのような狂気に染まった笑い声でも殺意が篭った笑顔でもなく、純粋な子供が見せる『本当』の笑顔を見せてくれた。

 涙の跡を拭き取りながら、秋羽伊那はこう言った。

「あはは。何か、うん、分かったよ」

 可愛く笑って。

 涙を拭き取って。

 自分の犯してきた『間違った』罪の数を悔やむように泣きそうになりながらも、

 無理に苦笑して。

 無理に笑顔を作って自己を保ち、



「私も、『良い人でも悪い人でもある』人間っていうのをこれから先は見てみたくなっちゃったし」



 彼女の幼い笑顔が輝いた、その瞬間。

 突如、神々しく発光し始めた上空に目を向けてみると、そこには円形の箱に突き刺さっている何千本もの大鎌の姿があった。すなわち、本来のターゲットである『魂食い』の核の姿があった。

 どこか幻想的で。

 どこか神秘的で。

 どこか儚さを感じるその現象。きっと、あれこそが『魂』を保管している全ての『魂食い』なのであろう。

「フン。ようやくフィナーレってわけかよ」

 それを鼻で笑ったのは、右手を黒い魔力で包みながら歩き寄ってきた夜来初三だ。鉈内は彼が全てを壊すことが可能な漆黒の魔力を操っていることから、彼のしようとしていることを察知する。

 なので。

 ゆっくりと秋羽に振り返り、

「いい、んだね? もう、二度と悪党を裁くことはできなくなるよ? もう二度と、今までしてきたことはできなくなるよ? いいんだね?」

 尋ねられた秋羽伊那は。

 今までしてきた『無意味』すぎる『悪党殺し』の数々を思い返し、それがいかにバカバカしかったかを実感し、納得し、自覚し、自分自身に苦笑して、

「うんっ!!」

 何かが、心の中に住み着いていた何かが吹っ切れたような、邪気のない綺麗な笑顔を咲かせてくれた。

 彼女が頷いたその瞬間に、

「ンじゃまぁ、本人の確認も取れたことだし―――破壊決定だなクソッたれ」

 悪魔の右腕から放たれた魔力の閃光。

 轟音が鳴り響いた。

 しかし、その轟音すらも壊してしまう絶対的な魔力の一撃は、七色夕那と雪白千蘭を元に戻すための役割をしっかりと終えるために、『魂』を保管している『魂食い』の全てを文字通り粉々にぶち壊した。

 後に残ったのは、破壊されたことで生まれた欠片の雨。

 キラキラと輝くそれは雪の結晶のようだ。

 しかし欠片の一つを手にとった秋羽伊那は、それを観賞して楽しむのではなく、ぐっと握りつぶした。今まで犯した馬鹿な真似の象徴であるような欠片を、全力で握りつぶしたのだ。

 そして一言。

 悔やむどころかアホらしさを実感したように、

「本当、何やってたんだろう……私」




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