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魂帰還

 世ノ華雪花は七色寺の内部に存在する部屋の一つで、意識を取り戻すことのない雪白千蘭と七色夕那の傍らに座り込んでいた。まるで病人のそばから離れないようにしている彼女の姿から、とても二人を心配していることが察せる。

 その近くでは速水玲がそんな彼女の様子を頬杖をついて眺めていた。

 まるで心配などしていないように。

 まるで必ず七色達を夜来達が救うと確信しているように。

 そんな表情を浮かべて小さく笑っていた。

「大丈夫だ。そう心配するじゃない。絶対に夜来たちがなんとかするはずだ」

「……そう、ですね」

 少しだけ世ノ華の顔に安心の色が浮かぶ。

 しかし根本では、腹の中では、心ではまだ全ての不安を取り除けていない。未だに彼女の中では安堵という感情が芽生えていないだろう。

 しかし、

 そんな状態の彼女を、一瞬で安堵で一杯にさせるような事態が発生する。

 もちろんその事態とはただ一つだ。

 そもそもの問題の解決―――つまり。



 魂が戻ったことで生き返った七色夕那と雪白千蘭が、ようやく下ろしていたまぶたを持ち上げたからである。



「っ!? 雪白! 七色さん!! 目が覚めたの!?」

 絶叫に近い大声で迫り寄っていった世ノ華。

 対して、覚醒したばかりの二人は寝起きのように頭をおさえながら体を起こしていく。

「あ、ああ。ここは……七色寺、か?」

「そうよ!! まったく心配させんじゃないわよこの白髪ババァ!!」

 攻撃的な口調とは裏腹に、彼女は雪白のことを全力で抱きしめていた。一方の雪白も少々驚いたような顔を見せていたが、溜め息を吐くように笑って体を引き離す。

「珍しいじゃないか。貴様が私の心配をするなんて」

「うっさい!! あんたが死んだらこっちは張り合う相手いなくてつまんなくなるからよ!! 勘違いすんな馬鹿!!」

 そんな二人の様子をやや呆然とした表情で眺めていた七色夕那にも、背後から一つの声がかかった。正体は腕を組んで宿題が終わりきったような顔をしている速水玲だ。

 仕事が片付いたような雰囲気もまとっている彼女を見上げた七色は、

「迷惑をかけたのう。ちょっと死後体験してきたのじゃ。なかなかあの世も悪くはなかったぞ」

「おいおい、俺は親友が死んじゃって泣きそうになってたっていうのに、随分ひどいことをいうな」

 苦笑した速水に対して、七色は先ほどの発言を撤回するように首をぷるぷると横に振った。

 そして静かに立ち上がって、

「確かに、あの世にはまだ旅立てんのう。儂にはまだ、あのヤンキー息子とチャラ息子の手間がかかる子供がおる。育て上げるまでは死ねぬからのう、まだまだ人生謳歌しなければなるまい」

 長い黒髪を揺らして踵を返した彼女の金色の瞳は美しく輝いていた。その瞳には、これからすべき親として当然である『するべきこと』を実行する合図のようにも見える。

 彼女は雪白達に振り返って、

「さて、では儂は手間がかかる不良息子とチャラ息子を『迎え』に行ってくる。お主達もついてくるならさっさと支度をせい」

 その言葉に大きく頷いたのは。

 確認するまでもなく、彼女達全員だろう。



 ようやく全てが終わったはずだった。

 もう戦う必要はなくなったはずだった。

 だというのに、夜来初三も鉈内翔縁も目の前に現れた新たな敵に視線をロックさせていた。いや、もしかしたら一番その敵を悲しげな顔で睨みつけているのは―――『死神の呪い』を過去に宿していた少女、唯神天奈かもしれない。

 彼女の眼光が光った。

 瞳の中に新たな絶対的な鋭さが浮上した。

 しかし敵であるその者は、真っ黒な烈風に身を包んでいて、未だにその姿をはっきりと見せてはいない。故に黒い風をまとっている敵の正体は不明なはずなのだが……唯神天奈だけは、ソイツが一体だれなのか分かっていた。嫌でも理解していた。察するのではなく確信を持って敵の正体を暴いていた。

 近くでは息を荒くして倒れ込んでいる秋羽伊那がいて、そんな体調が見るからに優れていない彼女の傍には鉈内が守るように立っていた。

 唯神天奈は静かだが、それでいて恐ろしいほどに冷たい声で言い放つ。



「久しぶりだね、死神」



 その瞬間。

 甲高い音と共に、敵を覆っていた黒い烈風が霧散するように晴れていった。その中からようやく姿を現したのは一匹の怪物。黒いローブを着用していて巨大な大鎌を持ち、骸骨の顔と骨だけの体を持つ、いかにも死神と言った風の格好をした―――本物の死神だった。

 彼はゆっくりと、その骨のみの口を開き、

「ああ、オマエと会うのも久しぶりだな―――唯神」

 恐ろしい程に身が竦む声だった。まさしく『死』を与えられるような謎の感覚に背筋が凍る。並みの人間ならば、脊髄を鷲掴みされた感覚に負けて固まって動けなくなっていたかもしれない。

 しかし、唯神天奈は目の前の死神とはかなり関係が深いのも事実。

 なぜなら、かつては自分と彼は一心同体だったのだから。

「私から離れたと思ったら今度はあんな小さな子供に憑くとはね。君にはプライドのプの字もないの? あまりにも滑稽。大爆笑」

 視線だけで、鉈内に介抱されている秋羽伊那を示す。

 死神は吐き捨てるように言い放った。

「相変わらずムカつく喋り方すんなァオマエ。まぁいい。俺はただ、俺と同じ『悪』に染まってる奴と出会えたから憑いただけだ。かつてはオマエもそうだったろ―――オマエも人殺しと変わりねぇだろ」

「……反論はしない」

 自分が犯したテロリスト共の大量殺害。

 それは確かな事実だ。故に彼女は反論なんてしない。

「でも、君と最後に話せて良かった。どうせすぐに消滅するんだろうけどね」

「……まぁな」

 その通りだ。

 死神が秋羽伊那の中から『突然』飛び出してきた理由とはいたって単純な理由。秋羽伊那が己の『生死を分ける』という『悪』を捨ててしまった故の結果だからだ。鉈内の言葉に『悪い人を殺し良い人を生かす』という心が、悪が、がらりと変えられてしまったからこそ、死神は秋羽伊那から必然的に引き離されてしまったからだ。

 死神と秋羽を一つにしていた『生死を分ける』という『悪』は断ち切れられた。

 もう、死神は自然消滅する運命を辿るだけ。

 しかしそんな状態の怪物にさえ警戒心を解かずにいた夜来は、ついに口を開いた。

「つーかよぉ、結局テメェは何してやがったんだ? 結局テメェは『どういう基準』で『生死を分ける』っつー、くそスケールのデけぇ『悪』なんて背負ってやがんだ? テメェにとって『生かすべき人間』と『殺すべき人間』っつーのはどォいう風に分けられるんだ?」

「……俺は『そこまで』の濃密な考えはしていない。ただ、『憑依した人間の生死の分け方』に従うだけみたいなもんだ。俺はただ―――『生死を分けるための道具』にしかすぎない。生死さえ分けられれば何でもいいんだよ」

「チッ。くっだらねぇ存在価値だな。ようはただのクソってことか?」

「さぁな、あながち間違ってはいねぇんじゃねぇの」

 そこで、ゆらりと立ちがる影が見えた。

 ゆっくりと、足音を鳴らしながら歩いてくるのは、秋羽伊那の傍にいたはずの鉈内翔縁だ。

 彼の姿を視界に収めた死神は、感心するような声をあげた。

「ほぉ。たしか、オマエが秋羽の『生死を分ける』考え方を覆した野郎だったな。見た目に似合わず格好いいセリフ吐いてて格好よかったぜ?」

「……僕から言うことは何もないよ。僕は君に用はない。さっさと消えて」

「おいおい、随分とつれねぇこと言うなァ茶髪のあんちゃん。ああ、そうそう。確かに俺はもうすぐ消える。ぶっちゃけ俺はそんな強大な存在の怪物でもねぇから、あと数分か数十分で消えるだろう。だがなぁ茶髪のあんちゃん。オマエは俺に用はねぇだろうが―――俺はオマエに用があるんだぜ?」

 次の瞬間。

 ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!! 莫大な量の轟音と共に、死神が振るった大鎌の軌道に従ったような衝撃波が地面を真っ二つに切断しながら鉈内のもとへ突っ込んでいった。

 ぎょっとした鉈内だったが、すぐに緊急回避をするように真横へ転がってそれを避ける。回避したさいに服は汚れて擦り傷が体のいたるところにできたが、それだけで終わったのだから良しとしよう。

 もしもあの一撃を『サタンの呪い』どころかひ弱な呪いの力さえ所有していない、ただの人間である鉈内が食らっていたならば、今頃天国への永久旅行へ出発していたはずだ。

 鉈内は死神を思い切り睨みつける。

 しかし相手は気にしていないようで、

「つーかオマエさぁ、なに俺と戦う理由はねぇみたいな顔してつったってんだよ。俺とオマエが戦う理由ならもうすでに出来上がってんだろ? オマエら、特にオマエは俺と秋羽伊那を引き離した張本人だ。だったらそれだけで俺がオマエを殺す純粋な理由にはなんじゃねぇのかよ? ならないとは言わせねぇぞ」

「……オーケー。ぶっ飛ばしてやるよゴミ野郎」

 どうやら彼と自分は戦うべき理由が現在の状況そのものだったようだ。

 確かに戦うべき理由はあった。ならば戦うしかない。全力であのクソ野郎を殺すしかない。倒すしか道はない。倒さなければこっちが先に殺られてしまう。

 なので鉈内はポケットから御札を取り出し、

「『武器変換―――夜刀』」

 一本の愛刀を取り出した。

 それを固く握りしめて腰を落とす。いつでも突っ込める戦闘態勢をとったのだ。

 覚悟を決めて最後の戦いへ挑もうと足を動かした―――そのとき、隣から聞こえた足音に意識を向けてみる。

 そこには、一人の少年が面倒くさそうな顔をしていた。

 当然、鉈内は声をかける。

「どういうつもりかな、やっくん。これは別に君が首突っ込む問題じゃないでしょ。もう愛しの雪白ちゃんは助かったはずなんだから、おとなしく迎えにでもいってあげなよ。―――そんで死ね。もげろゴミ」

「寝ぼけたこと吠えてんじゃねぇよクソボケ。あのクソ野郎だって俺の身内に手ェだした共犯みてぇなモンだろ。だってのに、この俺に対して土下座の一つもしねぇ舐めた態度取ってっから、ちっとお灸をすえてやるだけだ。―――テメェが死ね。死んで朽ち果てろクソ」

 言葉を交わしあった彼らは歩き出す。

 夜来初三は右手から魔力を生み出し、鉈内翔縁は夜刀を低い位置で構えて。

 共に走り出して死神のもとへ飛びかかろうとした。

 はずだったのだが、

「兄様!!」

 聞きなれた少女の声が頭に叩き込まれた。それだけで夜来も鉈内も意識を死神から声を発生方向に向けてしまう。走り寄ってこようとしてるのは、七色寺で保護されていたはずの世ノ華雪花だ。

 さらに、

「夜来! 大丈夫か!」

 白髪を揺らして近づいてくる少女や、落ち着いて歩を進めてくる七色夕那や速水玲の姿までこの場にはあった。

 どうやら無事に七色夕那も雪白千蘭も助かったらしい。いや、正確には生き返ったというべきか。

 しかし夜来が破壊したのは『魂を保管していた「魂食い」』だけなので『新たに生産された「魂食い」』でまた前の二度まいになる可能性だってある。さらに単純な理由として、戦場に顔を出されても夜来からして見ればいい気分はしないのは事実。

 なので彼は近寄って来た世ノ華に開口一番。

「失せろ。ぶっ殺すぞ」

「ええ!? いきなり殺すってええ!?」

「あれ見りゃ分かんだろ。まだ終わってねぇんだよ」

 顎で死神を示してい言うと、世ノ華は納得したように頷いて、

「なるほど。つまり兄様は私が心配で心配でしょうがないから、危険なこの場から早く逃げて欲しいということですねっ」

「……マジで殺すぞガキが」

 と、ついいつもの調子で会話をしてしまった故のミスだったのか。

 彼らの茶番劇を待たずに、死神は再び大鎌を地面を削るように振るって烈風を作り出し、それを夜来達のもとへ全力で放った。

 スガガガガガガガガガガガガガガガガ!! と襲いかかってくる風の塊を、夜来は世ノ華の腕を引いて真横に回避する。しかし、通過していったその攻撃は―――

「っ!? 雪白!!」

 何と、夜来のもとへ向かおうとしていた雪白の体へ直撃しようとしていた。

 あの場で回避するのではなく、呪いの出し惜しみをせずに『壊して』やっていれば、現在の状況も変わっていたかもしれない。しかし夜来に時を巻き戻すような能力は宿っていない。

 故に。



 彼は全力で雪白のすぐ傍へ回り込み、彼女を襲おうとしていた風の塊を今度こそ確実にぶち壊してやった。

 


 突如現れた少年の後ろ姿。

 その見覚えのある背中を雪白は凝視していた。

 しかしすぐに我を取り戻し、

「っ! 夜来、大丈夫か!?」

「ああ大じょ―――っ!?」

 短い返答を返そうとした夜来だったが。

 再びぎょっとする事態が発生する。

 それは、死神のターゲットである夜来と一直線上に立っていた世ノ華が、死神が間髪いれずに放った先ほどと同じ攻撃の被害にあいかけていることだった。

 死神の攻撃は夜来にぶち当たる前に世ノ華のもとへ直撃する。

 誰もがそう思った状況だったが、夜来は雪白の守備に入ったばかりで即座に動ける時間はなかった。世ノ華も『羅刹鬼の呪い』を使用していない丸腰の状態。

 さらには夜来以外で世ノ華を一瞬で助けられるような力を持つ者はこの場にいない。

 結論を言えば。

 

 世ノ華雪花はあと一瞬でぐちゃぐちゃの肉塊に変えられてしまう。


 ―――はずだったのだが。 

 バッキイイイイイイイイイイイイイイイイン!! と、死を覚悟した故に目を閉じていた世ノ華と、まわりの者たちの耳に轟音が鳴り響いてきた。 

(あ、れ……私……)

 気づけば怪我の一つも負っていない 

 致命傷なんてもってのほかだ。

 ゆっくりと、閉じていたまぶたを上げていき、視界を明るくしていく世ノ華。そうしてようやく映った光景とは。


 身代わりになるように自分の前に立っていた―――茶色いローブのような毛布のような布を頭から被っていた『何者』かだ。


 

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