学内ランキング戦、開幕
王立ルミナス魔法学園が、一年で最も熱狂に包まれる季節がやってきた。
学園の全生徒が己の魔力をぶつけ合い、翌年の階級を決定する一大イベント――『学内ランキング戦』の開幕である。
学園の敷地内にそびえ立つ巨大なコロシアムには、全校生徒だけでなく、王都から視察に訪れた貴族や魔導騎士団のスカウトたちも詰めかけ、異様な熱気に包まれていた。
「いよいよランキング戦か……」
ハヤトは、コロシアムの地下にある選手控え室で、自分の出番を待っていた。
周囲を見渡せば、高価な魔石をあしらったローブを着た貴族の生徒たちが、自身の魔力を誇示するように詠唱の練習をしている。
「おい見ろよ、あのFランクの落ちこぼれ。本気で出場するつもりか?」
「静電気しか出せないくせに、恥晒しにもほどがある。せいぜい怪我しないうちに棄権することだな」
ハヤトの姿に気づいた数人の男子生徒たちが、クスクスと下劣な笑い声を上げる。
ハヤトは彼らを完全に無視し、自分の右手を見つめて静かに目を閉じていた。
(……魔力は充実している。イメージも、完全に身体に馴染んだ)
物理法則の『理屈』を捨て、純粋な『願い』で世界に事象を命じる。その感覚を掴んでから、ステラの呪いによる頭痛はすっかり鳴りを潜めていた。
今の自分なら、あの巨大な雷を自在に操ることができる確信があった。
「――静かにしなさいッ!!」
控え室に、冷たく透き通るような一喝が響き渡った。
生徒たちが驚いて振り向くと、そこには学園の四極が一人、風の天才シルフィが腕を組んで立っていた。彼女の背後には、オロオロと周囲を気にする水のアクアと、ニカッと笑う土のテラの姿もある。
「シ、シルフィ様……!?」
「それにアクア様に、テラ様まで……! 学園のトップが揃って、なぜこんな下位ランクの控え室に?」
貴族の生徒たちが慌てて道を空ける。
シルフィは彼らを一瞥もせず、真っ直ぐにハヤトの元へと歩み寄った。
「あんた、まさか初戦で無様な負け方をしないでしょうね? 私と戦う前に負けたら、タダじゃおかないわよ」
シルフィはツンと顎をそらして厳しい言葉を放つが、その翠緑の瞳の奥には、確かな期待の色が揺れていた。
「ふふっ、シルフィってば素直じゃないんだから。ハヤト、頑張ってね。アタシ、特等席から応援してるからさ!」
「ハ、ハヤト君……。あの……怪我だけは、気をつけてくださいね。お守り、作ってきたので……」
テラがハヤトの背中をバンと叩き、アクアが顔を真っ赤にしながら、不格好だが一生懸命に縫われた小さな小袋をハヤトの手に押し付けた。
「お、おい……嘘だろ。なんであのFランクに、四極の三人があんなに親しげに……!?」
「何か卑劣な手を使って、彼女たちを騙しているに違いないッ!」
控え室の男子生徒たちの間に、驚愕と、殺意にも似た凄まじい嫉妬が渦巻いた。
ハヤトは冷や汗を流しながら、アクアから貰ったお守りを大切にポケットにしまった。
「ありがとうございます。三人とも、絶対に見苦しい戦いはしませんから」
ハヤトが真っ直ぐな瞳で力強く頷くと、シルフィは「ふんっ」と顔をそむけ、テラは嬉しそうに笑い、アクアは胸の前で両手を組んで祈るように微笑んだ。
やがて、コロシアムにファンファーレが鳴り響いた。
開会式が終わり、下位ランクの予選から順次試合が開始される。
『第一試合! Cランク、ライオネル・フォン・ガウス! 対するは、Fランク、ハヤト! 両者、闘技場へ!』
実況の魔導拡声器が響き、ハヤトは地下通路を抜けて眩しい太陽の下――闘技場の中央へと足を踏み入れた。
歓声が渦巻く中、コロシアムの最上段にある貴賓席では、シルフィ、アクア、テラの三人が、身を乗り出すようにしてハヤトの姿を見つめていた。
そしてその貴賓席の最も端の暗がりには、常に分厚い魔導書を読みふけり、誰とも関わろうとしない闇の天才・ノクスもまた、本から視線を上げて闘技場のハヤトを静かに見下ろしていた。
「さあ、見せてみなさいハヤト。あんたのあの雷を」
シルフィが、手に汗を握りながら呟く。
ハヤトの対戦相手として闘技場に現れたのは、派手な赤いローブを着たCランクの貴族生徒、ライオネルだった。
彼はハヤトを見ると、鼻で笑って杖を突きつけた。
「フン、運の悪い平民だ。よりにもよって、この俺の灼熱の炎の最初の生贄に選ばれるとはな。静電気しか出せないFランクなど、試合開始と同時に消し炭にしてやる。棄権するなら今のうちだぞ?」
ライオネルの杖の先に、ボウッ、と高温の炎の球がいくつも浮かび上がる。
Cランクとはいえ、並の冒険者なら一瞬で焼き尽くされるほどの威力だ。観客席からは、ライオネルを応援する歓声が上がった。
だが、ハヤトは背中の大盾を外すことすらしない。
ただ自然体で立ち、ライオネルの炎を見つめながら、静かに、そして確かな自信を込めて口を開いた。
「棄権はしません。……俺の雷は、もう静電気じゃないんで」
物理の檻から解き放たれた少年が、ついにその真の力を全校生徒の前で解放する。
審判の教師が右手を高く上げ、そして、力強く振り下ろした。
「――試合、開始ッ!!」




