土の天才テラと、野外演習の罠
魔法薬学の授業での一件以来、ハヤトを取り巻く学園の環境は少しずつ変化し始めていた。
「Fランクの落ちこぼれ」という評価は相変わらずだったが、暴走した水柱を『雷の網』で優しく包み込んだあの不可解な魔法を目の当たりにした生徒たちの中には、彼を見る目が畏怖へと変わっている者も少なくなかった。
何より、四極の一人であるアクアが、廊下ですれ違うたびに顔を真っ赤にして小走りで駆け寄り、嬉しそうに話しかけてくるようになったのだ。それがまた、他の男子生徒たちの凄まじい嫉妬を買う原因にもなっていたのだが。
「……イメージだ。結果だけを世界に刻み込む」
ハヤトは放課後の訓練場で、自分の右手をじっと見つめていた。
物理法則という『計算式』を完全に放棄し、ただ「こうなれ」と世界に命じる。その感覚を掴んでから、ハヤトの魔法は見違えるように自由になっていた。
直進しかしないはずの雷を曲げ、弾け飛ぶはずの雷で包み込む。かつての自分なら絶対に不可能だった現象が、いとも簡単に引き起こせるのだ。
「よっ! アンタがハヤトだな!」
突然、背中をバンッ!と力強く叩かれた。
「うわっ!?」と振り返ると、そこには健康的な褐色の肌と、ピンと立った獣の耳、そして制服のボタンが弾け飛びそうなほど豊かに実った胸を持つ少女が、ニカッと白い歯を見せて笑っていた。
「アタシはテラ! 明日の野外演習、アンタと同じ班になったんだ。よろしくな!」
彼女こそ、学園の四極が一人、土の魔法を極めた獣人族の美少女『大地のテラ』だった。
シルフィのようなツンとした冷たさも、アクアのような気弱さもない。まるで太陽のように明るくボーイッシュな雰囲気の少女だ。
彼女はハヤトの右手を両手でガシッと握り、ブンブンと上下に振った。
「テ、テラさん。よろしく……って、俺みたいなFランクと同じ班でいいんですか?」
「あははっ、ランクなんてただの飾りだろ! アクアの奴を助けた時の魔法、アタシも見てたぜ。雷を網みたいにして水を包むなんて、すっげー面白かった! アンタ、絶対ただの落ちこぼれじゃないだろ!」
テラは気さくに笑い、距離感ゼロでハヤトの顔を覗き込んでくる。
その度に、彼女の豊かな胸の谷間が制服の隙間から見え隠れし、ハヤトは慌てて視線を泳がせた。
翌日。
学園の裏手に広がる広大な『魔の森』で、野外演習が開始された。
課題は、森の奥に生息する指定された魔物を討伐し、その証を持ち帰ること。
「ハヤト、アンタはアタシの後ろに下がってな! 面倒な魔物は、アタシが全部土に埋めてやるからさ!」
テラは先頭を切り、弾むような足取りで森を進んでいく。
獣人族特有の鋭い嗅覚と聴覚、そして大地と共鳴する土の魔法によって、彼女は森の地形や魔物の気配を完全に掌握していた。
「――そこだっ!」
テラが地面を蹴り、拳を地面に叩きつける。
すると、前方の地面が突如として隆起し、土の槍となって木陰に隠れていた魔物(ゴブリンの群れ)を一瞬にして串刺しにしてしまった。
詠唱もなし。ただ「土よ、貫け」という彼女の強烈なイメージが、そのまま物理的な破壊力となって顕現しているのだ。
「すごいな……。地形そのものを、自分の手足みたいに操ってる」
「へへっ、アタシの土魔法はちょっと特別でね! 大地と波長を合わせれば、地面の下に何があるかだって――」
テラが誇らしげに振り返った、その時だった。
ゴゴゴゴゴォォォォッ……!!
突如として、二人の足元の地面が激しい地鳴りとともに崩落を始めた。
単なる地盤沈下ではない。森の地下に眠っていた古代遺跡の罠、あるいは巨大な魔物の巣穴の落とし穴が、テラの魔力振動に反応して作動してしまったのだ。
「な、なんだこれ!? 地面が……ッ!」
「テラさん、危ないッ!」
ハヤトは咄嗟に地面を蹴り、足場を失って落ちていくテラの腕をガシッと掴んだ。
だが、崩落の規模が大きすぎた。周囲の岩盤ごとすり鉢状に崩れ落ち、ハヤトもまた、テラと一緒に底知れない地下の暗闇へと真っ逆さまに飲み込まれていった。
「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」
ハヤトは落ちながら、真っ暗な縦穴の壁面に右手を向けた。
(物理法則なら、電磁石の原理で壁面と反発力を生み出して落下を相殺する計算を……いや、違う!! 理屈は捨てるんだ!)
ハヤトは頭痛の呪いをすり抜けるように、直感的な『願い』だけを右手に込めた。
雷は感電するだけのものではない。光の糸となり、網となる。ならば、自分たちを受け止めるクッションにもなるはずだ。
「――雷よ、光の網となって俺たちを受け止めろッ!!」
バチィィィィィィィィッ!!!
ハヤトの指先から放たれた無数の青白い稲妻が、崩れ落ちる縦穴の壁と壁の間に瞬時に張り巡らされた。
空中で幾重にも交差した雷撃は、まるで巨大なハンモックのような形をとり、落下してきた二人の身体を「ふわり」と柔らかく受け止めたのだ。
「うそ……雷が、トランポリンみたいに……!?」
テラが驚きに目を見開いた直後、雷の網は役目を終えて光の粒子となって消滅し、二人は勢いを完全に殺された状態で、地下洞窟の柔らかい土の上にコロンと転がった。
「いっ……てて……。テラさん、無事ですか……?」
ハヤトが身を起こそうとして、自分が置かれている『最悪にして最高の状況』に気がついた。
ここは、崩落した土砂で塞がれた、わずか数メートル四方の狭い地下洞窟。
そしてハヤトは、テラの豊満でしなやかな身体の上に、完全に馬乗りになるような形で覆い被さっていた。
「あ……ぅ……」
暗闇の中でも、ハヤトの放つ微かな放電の光に照らされたテラの顔が、林檎のように真っ赤になっているのが分かった。
ボーイッシュで元気だった彼女の口から、今まで聞いたこともないような、女の子らしい微かな吐息が漏れる。
「ハ、ハヤト……アンタ、アタシを庇って……」
土砂の崩れる音が静まり返った密室に、二人の重なった心音と、荒い吐息だけが異常なほど大きく響いていた。




