生贄の避雷針と、古代遺跡の管理者
「おい、ゴミ。お前が先に触れ。呪いや罠があったらお前の身体で受け止めろ」
勇者に首根っこを掴まれ、ハヤトは遺跡の広間の中央──不気味な光を放つ古代の台座の前へ引きずり出された。
このSランクパーティで、ハヤトは罠の肉盾であり、強力な魔法の反動(魔力の淀み)を吸い出して逃がす「生きた避雷針」として搾取されていた。
拒否権はない。ハヤトは震える手を伸ばし、台座にそっと触れた。
──バチィィッ!!
「がぁっ……!」
強烈な高圧電流がハヤトの腕を駆け上がり、心臓を跳ねさせる。
死ぬ。そう思った瞬間、ハヤトの体内に生来備わっていた微弱な静電気が、致死の電流と反発し、奇妙な「回路」を形成した。
『……生体電流の異常入力を検知。起動閾値をクリア』
『マスター認証。……システム、再起動します』
脳裏に直接、老人のような掠れた「声」が響いた。
直後、ハヤトの目の前の空間にノイズが走り、青白い光の粒子が収束して、一冊の分厚い『本』の姿を形作った。
表紙には『電気回路入門』と書かれている。
「な、なんだこれ……本……?」
ハヤトは呆然と呟き、思わずその本に手を伸ばした。
だが、指先はホログラムの映像に触れたように、空しく本をすり抜けてしまう。重さも手触りもない。
「本だと? 何を寝言を言っている」
背後で、勇者が苛立たしげに舌打ちをする。
「……え?」
ハヤトが振り返ると、勇者と雷魔術師は、不可解なものを見るような目でハヤトを睨みつけていた。
「台座には何も起きないじゃないか。ハヤト、貴様、恐怖でおかしくなったか?」
『当然じゃ。儂は実体を持たず、マスターであるお前の網膜と聴覚にのみ直接干渉するよう設計されておる。あの猿どもには、儂の姿は見えんし声も聞こえん』
視界の端でフワフワと浮遊しながら、本の中から声が響く。
実体のない、自分にしか見えないしゃべる本。
理解の及ばない事態だが、何もない空間に向かって独り言を呟くハヤトを見て、勇者は忌々しげに剣の柄に手をかけた。
「気味が悪い。罠の解除もできず、狂ったのならもう用済みだ。おい、そのゴミを処理しろ。俺たちは先へ進む」
「了解です、勇者様。せっかくだから、跡形もなく消し炭にして差し上げましょう」
雷魔術師が残忍な笑みを浮かべ、杖を構える。
バチバチと紫電が奔り、致死量の雷撃が練り上げられていく。
『マスター。死にたくなければ、儂の言う通りに動け』
「……どうすればいい!?」
ハヤトが空に向かって叫ぶ。傍から見れば完全に狂人の振る舞いだ。
『お前の左斜め上。壁に埋まっている“古代の発光体(ガラス管)”が見えるか』
視線を向けると、ひび割れた透明な管が壁に這っていた。本が視界の中で移動し、その管を指し示すように青く点滅する。
『あの中にはまだ、発光用のガスが残っておる。お前のありったけの静電気を、あの管に叩き込め!』
ハヤトは床を蹴り、壁のガラス管に向かって右手を突き出した。
「死ねぇ、ゴミめぇっ!」
雷魔術師の極太の雷撃が放たれる、その直前。
ハヤトの静電気が古代のガス管に流入し、密閉された空間内で絶縁破壊を引き起こした。
──バチィィィィィィィンッ!!!!
「「「ぎゃあぁぁぁぁっ!?」」」
遺跡の広間を、太陽が爆発したかのような強烈な『閃光』と轟音が包み込んだ。
完全に網膜を焼かれ、視界を奪われてパニックに陥る勇者一行。
彼らの放った魔法は狙いを外れ、壁に当たって虚しく四散した。
『今じゃ、マスター! そのまま遺跡の深部へ走れ!』
「くっ……!」
ハヤトは目を細め、視界の端をフワフワと追従してくる「見えない本」と共に、未踏の深部エリアへと続く暗闇の通路へ飛び込んだ。
「逃がすな! 追え! そのゴミを殺せぇっ!」
背後から響く勇者の怒声が、やがて遠ざかっていく。
最弱の魔力しか持たない少年の、知識と法則による反逆が、暗闇の中で静かに起動した。




