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黒狼さんと白猫ちゃん  作者: 翔李のあ
story .08 *** 異能力と世界を形創るモノ
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scene .2 貧しくとも

「お帰り、私のかわいいプリンセスたち」


 二人が家に戻ると、二人と目元のよく似た男性が出迎えてくれた。二人はその男性に飛びつくように抱き着く。


『ただいま、お父さん!』


 見事に台詞が重なるところは、さすが双子と言ったところだろうか。


「お父さん今日も美味しい香りがする!」

「はは、そうか?」


 二人の父親はブドウ畑で働いていた。そして、この地で労働者と呼ばれる者たちの中では知恵が回る方だった。

 これまでは出荷する規格に合わず今まで廃棄するか自分たちで消費せざるを得なかったブドウを、潰して糖類や他の果物の果汁と混ざ合わせ煮詰めることでジャムを作り、村の収入に転じさせることに成功したのは彼のお陰と言っても過言ではない。

 にもかかわらず、彼や彼と共に寝る間も惜しんで開発を行った者たちの賃金が上がることはなかった。この地を治める領主は、初めこそ調子のよいことを言っておだてたものの、無理な納品頻度を言い渡し、出来ないのならと賃金を上げなかったのだ。

 お陰でこの村の者たちの生活は全く変わらず、それどころか無駄な仕事を増やしたと発案者である彼に後ろ指をさす者すらいた。

 それでも、仕事から帰ってきた時に最愛の娘たちが感じるのが、汗と土の匂いから美味しい香りになったのは良かったのかもしれないが。


「あらやだ、ヴィオレッタったらまたスカートで手を拭いたわね」

「あっ」


 台所からお盆を持ってこちらを向いた母親の指摘にヴィオレッタと呼ばれた紫色の髪の少女が自分のスカートに目を落とすと、先程家に帰る前に手をこすった場所に緑色と茶色の汚れがついていた。拭いたということは汚れているという認識があったはずだが、また、と言われるということは毎度無意識にしてしまっているのだろう。ヴィオレッタは母に視線を戻すと、ばれちゃった、そう言うように舌を出す。

 お盆を食卓に置くと、母親は腰に両手を当て呆れたようにふぅ、と息を吐いた。


「もう、仕方がないわね。後で洗っておくから寝る前にそこにかけておくのよ」

「はーい! ありがとうお母さん!」


 良い返事をしたヴィオレッタに、母親は目を細めて、はい、と返事をすると、両手を広げた。そして、


「おかえりなさい、二人共」


 そう言って二人をぎゅっと抱き締めた。


「さぁ、夜ご飯にしようか」


 父親はそんな三人を愛おしそうに見つめながら、母親の持ってきたお盆から器とスプーンを椅子のある場所に並べてそう言う。

 子どもたちの元気な返事と共に、家族は食卓に着いた。

 器には少量の豆と細かく刻まれた野菜の切れ端のようなものが入ったスープが入っているだけだが、それに文句を言う者はおらず、全員手を胸の前で握り目を閉じる。そしてこれっぽっちの食事、されど食事をすることができる感謝を神に伝えると、ようやく食事が始まった。


「そうだ」


 スープに口をつけ出した家族を見ながら、父親がポケットを探る。テーブルの中央に置かれたのは、小さな入れ物だった。

 口にすっぽりと入ってしまいそうな大きさのその入れ物は、ヴィオレッタとローシャもよく知っている。それが目を輝かせるのに十分な贈り物であることも。


「わぁ、久しぶりのお父さんのジャム!」

「前は満月の日だったから……十日ぶり?」

「朝が楽しみ!」

「早く食べたいね」


 食事の手を止めてワイワイと話しだす二人を見て、夫婦は顔を見合わせ笑う。

 ジャムを持ち帰ることはもちろん禁止されている。だが月に数回、品質の確認のため、という名目で管理者である父親のみに許された小さな特権だった。


「あ、でもね、夜はお母さんの作るスープが一番!」

「間違いないわね!」

「そう? ありがとう」


 スプーンを持って嬉々とするヴィオレッタの言葉にローシャも同意すると、質素ながらも賑やかな食事が再開した。




*****

****

***




「――に申し出てみた」

「でもアナタ、そんなことして……」

「あぁ、わかってる。でも誰かが言わないと俺たちの生活は一向に良くならない」

「そうだけど……」


 隣の部屋、と言ってよいものか、薄い布を隔てただけの向こう側から父と母の声がする。

 自分たちの前ではいつもニコニコと笑っている二人だが、度々こうして深刻な声色で話をしているのをヴィオレッタは知っていた。体の弱いローシャは薬を飲んでいるためかよく眠れているようだが、健康なヴィオレッタは空腹でたまに目が覚めてしまうのだ。


「ジャムごときであんなに喜んで……もう少しお洒落や甘いものくらい楽しませてやれたら……少しだけでいいんだ。もう少しだけでも……」


 父親の悔しそうな声色に居ても立っても居られなくなったヴィオレッタは、布の端を少し捲る。


「あぁ、ヴィオレッタ。目が覚めてしまったのかい」

「お水かしら? 今入れるから待ってね」


 悲しそうな顔を急に取り繕ったその笑顔には、まだ寂しさが残っていた。

 そんな父親の元にヴィオレッタはゆっくりと近づく。


「お父さん……」


 ヴィオレッタは父の目をじっと見つめると、その視線を捉えた。

 自分に向けられた愛情と家族を守らねばと言う義務感、これからの生活への不安……いろいろな思考や感情を一気に吸い込み、処理し切れなくなったヴィオレッタは足をもつれさせるようにしてよろめく。

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