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エイミーと旦那さま  作者: トウリン
『伯爵とメイドの攻防』
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エピローグ◇使用人の呟き

「しっかし、ようやく収まるところに収まりましたねぇ。やれやれですよ」

 華やかな祝いの会の片隅で、カルロが大仰な溜息をつく。その隣でゲイリーも相槌を打つが、カルロの台詞はボールドウィン家使用人全員に共通する意見だろう。


「まったく、エイミーが逃げ出した時にはひやひやしました。本当に、社交界で腕を鳴らしたセドリック様が、まさかあんなふうになるとは思いませんでしたからね。ジェシーさんもようやくホッとできるでしょう?」

 ゲイリーがそう振ってきたが、私は肩をすくめるにとどめておいた。


 セディ様とエイミーのことだ。

 ひとまずこの佳き日を迎えることはできたが、まだまだこの先山あり谷ありとなるのだろう。

 ホッとできる日など、あと十年は先のことになるに違いない。

 そう確信しながら、主に目をやった。


 私がボールドウィン家のハウススチュワードとなったのは、先代当主がまだご存命だった時だ。セディ様のことはお生まれになった時からお世話をしてきた。

 今、セディ様のそのお顔は、溢れんばかりの幸せと喜びに輝いている。肩を抱かれて隣に立つエイミーも、然り。

 私が知る限り、これまでで最高の、笑顔だ。


 しばし目を閉じ、熱くなった目頭を治める。


 親バカならぬ使用人バカかもしれないが、私の主は誰に対しても誇れる方だ。

 先見の明があり、公明正大で、常に自若たる態度を崩さない。

 社交界で浮名を流している頃も、それに溺れることはなく、けっして紳士の道にもとるようなことはされなかった。

 そして、先代ご夫妻――ご両親を突然亡くされた時も、成人したばかりでボールドウィン家当主という重責を担うことになった時も、戦地で苦渋を味わった時も、そのお辛い胸の内を露わにせず、淡々と着実にお役目を務められた。


 だが、表に見せなかったからと言って、苦しんでおられなかったわけではない。


 恥ずかしながら、私がそのことに気付いたのは、セディ様がエイミーをこの屋敷にお連れになってからだった。

 彼女が来てから、セディ様にはそれまでよりも明るい笑顔が増え、身にまとう空気は軽くなった。

 小さな手で甲斐甲斐しく主の世話を焼く幼い少女にだけ注がれる柔らかな眼差しに、この方にとって彼女は必要不可欠な存在なのだと確信した。


 ――どういう形であれ、彼女は、この方の傍に置いておかなければならないのだ、と。


 あの頃、私にとってのエイミーは、ただの身寄りを失った少女に過ぎなかった。

 セディ様が義理で世話をしてやるだけの、ただの子ども。

 どうせ他に行く当てもない、セディ様が拾い上げて差し上げなければ、いずれどこかで野垂れ死ぬのが関の山の、孤児。

 だから、生贄さながらに主に彼女を宛がうことに、何の躊躇いも罪悪感も覚えなかった。


 あの時は、それが最善で正しい方法だと信じていたのだ。


 私は、皆の祝福に応えるセディ様と、その隣に寄り添うエイミーを、見つめる。

 セディ様は、今でも、エイミーに他の道を与えなかったことを悔やむようなことを漏らされる時がある。

 幼い時から屋敷から出さず、狭い世界しか見せてこなかったことに、今でも後悔に近い疑念を抱いておられるのだ。


 あの方は、ご自分にのみその責があると思っておられる。

 何も判らないまま、エイミーを自分に縛り付けてしまったのでは、とこぼされる。


 だが――


「私も、同罪だ」

 呟きは声に出て、それを聞き付けたカルロが振り返った。


「今、何か?」

「いや……ああ、ほら、そろそろ披露宴もお開きにする頃だ」

「おっと、確かに。新婚夫婦はさっさと二人きりになりたいですよね。ちょっと行ってきます」

 そう残して去っていくカルロの背中を見送り、また、主とその妻となったお二人に目を向ける。


 周りの者に何を言われたのか、セディ様はエイミーを高く抱え上げ、輝く笑顔で彼女を見上げられた。そうして、エイミーを皆に見せびらかそうとでもしているかのようにグルリと回る。

 セディ様が何かをおっしゃって、エイミーの頬に朱が差した。

 弾けるようなセディ様の笑い声が、ここまで届く。その声に釣られてしまったかのように、エイミーの横顔にもほのかな笑みが浮かんだ。


 幸せに包まれた、お二人。

 喜びに満ち溢れた、お二人。

 そのお二人が、目を合わせて笑顔を交わす。


 あの笑顔は、ほんの少しでも私の罪を軽くしてくれるだろうか……?


 ――エイミー自身のことを考えるならば、彼女に他の道も与えるべきだと、私は最初から気付いていた。セディ様がお悩みになる遥か前から、いくらでもエイミーの未来を修正できたであろう時点から、私は気付いていたのだ。

 まだ幼く未熟な彼女を、この屋敷に閉じ込めるべきではない、と。


 セディ様が後見人になれば、エイミーの前にはそれこそ無数の選択肢が並んだ筈だ。望めば、どんな道でも進むことができた。

 だが、敢えてそれをしなかった。

 一人の少女の未来よりも、主の幸福を、それだけを考えたからだ。

 だから、私は彼女を閉じ込めた鳥籠の扉に、鍵をかけた。

 それが為すべきことだと、信じていた。


 ――エイミーを失い、また『良い主』の仮面を外せなくなるセディ様を、私は見たくなかった。


 私は、私の望みの為に、一人の少女の未来を奪ったのだ。

 一年、二年と、三年と過ぎ、成長していくエイミーを間近で目にし、己の傲慢さに気付かされた時にはもうすでに遅く。

 今はただ、私がしたことで彼女が失った以上のものを、これから先、与えられんことを願うのみだ。


「エイミーを幸せにしてあげてくださいよ、セディ様」

 主のことは信頼している。

 必ず、彼女をありとあらゆるものから守り、この世の誰よりも幸せにするだろう、と。


 だが、もしもほんのわずかでも影が差すようなことがあれば、その時は――


「覚悟なさい」


 低く呟いて、新たな門出を迎える二人を送り出すべく、彼らの元へと足を向けた。

ようやく完結ボタンを押せました。

時には長々空いてしまったことがあるおよそ4年に渡る連載、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

果たして、最初からお付き合い下さっている方が残っていらっしゃるのかどうなのか。

エイミーと旦那さまのお話はこれでおしまいですが、この世界を舞台にしたお話はいくつか考えているので、名前はどこかでちらりと目にするかもしれません。

その時は、ニヤリとしてやってください。


では、重ねて最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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