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第七話:深窓の令嬢、エリス・ヴァレンシュタイン

「よう、シオン。元気そうだな。相変わらず冴えない、安心するほど地味な面構えだ。ここでも俺のために働いてもらうぞ。光栄に思え」

「殿下。不本意極まりないお言葉です。僕は今すぐ領地に帰って、父の仕事を手伝いたい気分ですよ」

「ははっ、相変わらずだな。お前のその可愛げのなさが、王都の腐った空気にはちょうどいいスパイスだ」

 アルベルト殿下は、入学早々すでに学園のスターだった。だが、その隣には、さらに輝きを放つ「美しき爆弾」が控えている。

「アルベルト様! 王都の空気は、私たちの愛をさらに激しく燃え上がらせてくれますわね!」

 男爵令嬢のリナ姉さんだ。

 彼女は入学初日から、学園で最も注目される美少女として名を馳せていた。天使のような微笑みで高位貴族の令息たちを骨抜きにしつつ、本命の殿下には「重すぎる愛」を全力でぶつけ続けている。

 僕は、そんな二人の背後で、彼らが撒き散らすであろう「嫉妬」や「政治的摩擦」を必死にフォローする日々を予感し、遠い目をした。……前途多難なんてレベルじゃない。

 そんな時だった。

 学園の奥まった場所にある、静かな温室のそば。

 喧騒から逃れるように、一人の令嬢が佇んでいた。

 透き通るような肌。伏せられた睫毛の先に宿る、微かな寂寥。

 エリス・ヴァレンシュタイン公爵令嬢。アルベルト殿下の正統なる婚約者だ。

 本来なら学園の女王として君臨すべき彼女だが、今、その身に纏う空気はあまりに重い。父公爵の肥大化した政治的野心が、彼女の細い肩にどれほどの重圧を与えているのか……同じ「苦労人」である僕には、それが痛いほど分かってしまった。

「……あ」

 ふいに、目が合った。

 彼女は、突然現れた見知らぬ男爵令息――背景の一部のような僕を、不思議そうに見つめている。

 やがて、彼女はわずかに微笑み、小さく会釈を返してくれた。

 その微笑みは、僕が今まで見てきた「リナ姉さんの太陽のような笑顔」とも、「アルベルト様の不敵な笑み」とも違う。

 どこか消えてしまいそうな、けれど気品に満ちた、静かな灯火ともしびのような光だった。


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