50話
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拙作ですが、ご笑覧いただければ幸いです。
詩音が事務所へ帰って来てから1ヶ月が経っていた。
退院後、初めての定期検査を受けたが異常は見られていない。
体力も少しずつ戻ってきており、そろそろ便利屋家業も再開しようと話を進めていた。
「では、来週から仕事を再開するということで良いでしょうか?」
「ああ、そのつもりだ。‥‥‥まあ、直ぐに依頼が来るとは思えないが‥‥‥」
「でも、四条さんからの依頼もまだ終えていませんし‥‥‥先にそちらから着手するのも良いかもしれません」
詩音が退院してから間もない頃。
四条からバリオスで働く事を打診されていた。それが難しければ、他に適した人材を紹介してほしい、と。
四条も話していた通り、急ぐ依頼ではない。そのため、詩音が復帰するまでは本腰を入れて探すことはしていなかったが、今後は他の依頼と並行しながらでも、人材探しに勤しむことが望ましいだろうと考えていた。
「‥‥‥結局、眞は受けなかったんだな、その話」
「ええ、考えてみましたが、俺にはあんな器用な真似は出来ません。‥‥‥それに、バリオスでは詩音さんと一緒に、四条さんの提供するお酒を飲む‥‥‥それが好きなんですよ」
店主としてではなく、あくまで客として。
酒と煙草に溺れながら、大切な人達とゆったりとした時間を過ごす。
‥‥‥眞にとって、理想的な夜の過ごし方だ。
「‥‥‥‥‥‥なら、眞はどうするんだ?」
「詩音さんが良ければ、これからも、ここで働かせてほしいです‥‥‥簡単な依頼であれば、俺もお手伝いが出来そうですし‥‥‥迷惑でしょうか?」
「いや、そんな事はない‥‥‥今後とも宜しく頼む」
「‥‥‥ありがとうございます」
‥‥‥今迄と変わらない日々を過ごす。
それが、眞の人生の中で最良の選択であった。
「ところで、眞‥‥‥今日の夜‥‥‥話しがある」
「‥‥‥話‥‥‥ですか?」
「ああ‥‥‥大事な話だ。‥‥‥良いか?」
‥‥‥既視感を感じる遣り取り。
詩音の復讐を知り、その共犯者となった夜を思い出す。
(‥‥‥復讐は終わった、それに病気の心配も無い筈‥‥‥‥‥‥だが、詩音さんから話したいことがあるのなら)
眞は一息つく。
「‥‥‥分かりました。では、夜は空けておきます」
やや緊張しながらも、詩音の申し出を受ける。
「‥‥‥話をするに当たって準備がいる‥‥‥悪いが‥‥‥21時まで、何処かで時間を潰してもらえないか?」
「ええ、以前から進めていた仕事を進めるつもりなので、構いませんよ」
「‥‥‥そうか」
同じく詩音からも緊張している様子が窺えた。
それほどのものであるなら、それなりの覚悟をしておこうと眞は心に決めていた。
◇
眞は詩音からの話に備えて、心を落ち着かせようとしていた。
具体的にいえば、喫茶店で黒羽便利屋のHPを作ったり、バリオスの従業員を探す、といった行動で。
(以外に集中できたな‥‥‥)
詩音から伝えられていた時間近くまで粘っていたが、残念ながら人材は見つからなかった。
しかし、人材募集のビラ作成やHPの作成などについては、思っていたよりも仕事がはかどっていた。
仕事に一段落つけた後は適当なカフェに入り、時間を潰していた。
(度胸がついたのか‥‥‥それなら良いんだがなぁ)
ここ最近まで様々な経験をしていた。それが眞の血肉になり、少しの事では動じることの無い精神を作り上げていた。
時刻は21時10分前。
少し早いが、事務所に戻ってきた。
「詩音さん。少し早いですが、ただいま戻りました」
「眞か‥‥‥いいぞ。入ってきてくれ」
詩音の声を確認し、事務所に入る。
デスクに置いてある照明のみが室内を照らす。
薄暗い空間の中、詩音が静かに出迎える。
「‥‥‥詩音‥‥‥さん。その格好は‥‥‥?」
‥‥‥驚きで足が止まる。
眞の視線の先。ソファに座る詩音は、いつものシャツとパンツ姿では無かった。
柔らかい生地を使用した白いシャツに黒のワンピース。丈は長いが、首元から肩に掛けて自然に肌が露出しているもの。
詩音の体型に合わせてサイズ感や組み合わせを考えられているため、子供っぽくなく、かといって華美に走らず。適度に落ち着いた服装であった。
服装から目を離すと、黒と白のコントラストが特徴的な髪が見える。
こちらもいつもとは違い、肩くらいできちんと整えられており、髪質も艷やかでしっとりとしている。‥‥‥明らかにプロの手が入っていると分かる。
顔にも薄っすらと化粧がされている。
カジノへ潜入した時と同様に、元の良さを活かしている印象を受けた。
「‥‥‥‥‥‥変か?」
頬を赤らめながら、上目遣いで眞を見つめる。
不安気な表情も相まって、妙な気分になってしまいそうになる。
「いえ、そんな事は決して。寧ろ、似合っています」
凛々しさと渋さを感じさせる普段の服装とは違い、年相応の女性らしい格好をしている詩音に戸惑いを覚える。
‥‥‥無論。好意的な方向で。
(‥‥‥‥‥‥これは、反則だろ‥‥‥)
「‥‥‥なら、良いんだ」
詩音の方も、慣れない格好に戸惑いを覚えているようだ。
「‥‥‥葉月や比奈、朱鷺に相談をしてな‥‥‥髪は、葉月から紹介してもらった美容師に頼んだ‥‥‥服も‥‥‥無難なものを選んだつもりなんだが‥‥‥普通に、見えるか?」
“普通”と言う言葉を意識している事は分かっていた。
‥‥‥今の詩音が一番意識しているものだ。
「‥‥‥ええ、普通、です。‥‥‥とても、似合っていますよ」
「そうか‥‥‥」
眞の言葉に安堵する詩音。
言葉の選択は間違ってはいなかった。
「‥‥‥‥‥‥いつまでも突っ立っていないで、そこに座れ」
「はい••••••あ、それは」
ソファに促されて気が付く。
テーブルの上には、詩音の共犯者になると決めた時に飲んだ酒と葉巻が置いてあった。
復讐が終わったら、詩音と一緒に愉しみたいと思っていたものが目の前に並んでいる。
「••••••••••••詩音さん」
「野暮な事は言うな••••••今日くらい、良いだろう」
先手を打たれる。元より、止める気もないのだが。
「先に酒でも飲むか••••••」
「頂きます••••••」
詩音から酒を注いでもらう。
代わりに詩音のグラスに注ごうとするが、それを軽く制される。
「••••••これから話す事は、私からの依頼••••••いや、相談、でな••••••」
「••••••••••••」
詩音は酒の入ったグラスを眞に差し出し、眞はそれに応える。
‥‥‥安っぽいガラスの音が小さく響く。
「••••••••••••」
「••••••••••••ふぅ••••••美味しいですね」
グラスを傾けた2人は、口に広がる多層的な甘みに思い馳せる。
記憶の中の味に近いが、以前よりも奥深さを感じていた。
「ああ、まったくだ••••••」
詩音も同じ感想を抱いてる様だ。
一口をゆっくりと愉しんだ後、詩音はグラスを置く。
‥‥‥短い沈黙。
そして、詩音が口を開いた。
「‥‥‥‥‥‥どうしたらいいいのか、わからないんだ」
「‥‥‥‥‥‥」
顔を伏せながら呟く。
道に迷ってしまった子どものように、途方に暮れている。
「父さんと母さん‥‥‥そして私の復讐は終わった‥‥‥そして、そこで私も終わる筈だった」
「でも‥‥‥そうはならなかった。私は今も生きている‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
復讐を遂げることが出来ずに、短い生涯を終える‥‥‥筈であった。
だが、眞と出会った事で、その運命が変わった。
‥‥‥復讐は終わり、詩音も生きている。
大団円、と言っても良い結果だ。
だからこそ、その後のことを考えることが出来ない。
考えることが出来るほど、普通の人生経験がないからだ。
「私にはもう‥‥‥何も無い‥‥‥‥‥‥」
「祖父も‥‥‥眞も‥‥‥これからも生きろと言っていた‥‥‥幸せに‥‥‥と。‥‥‥でも、どうしたらいいのか」
「‥‥‥‥‥‥」
「だから、教えてくれ‥‥‥‥‥‥普通の人生って‥‥‥?幸せって‥‥‥何だ?」
宗次郎が死に際に願っていたこと、眞が詩音に願ったこと。
―――幸せに生きる。
幸せが分からない詩音にとって、今の状況は暗闇の中に、独り投げ出されている事と同じであった。
「‥‥‥‥‥‥詩音さん‥‥‥俺も、誇れるような人生を送っているわけではありません」
「ですが、人並みの生活、という事はしてきました‥‥‥だから、1つだけ言えることがあります」
「‥‥‥それは?」
眞の言葉に、期待を込める詩音。
‥‥‥詩音の命題に、1つの答えを示す。
「‥‥‥今のままで、良いんです」
「なっ‥‥‥?!」
‥‥‥今のままで良い。
現状が異常と認識している詩音は、変化しなければならないと考えていた。
だが“それは違う”という予想外の答えに困惑する。
「今の仕事を続けて、知り合った人達と交友を深めて‥‥‥こうして酒を飲み交わすことも良いのかもしれません。ただ、何も特別なことは必要ないと思います。‥‥‥詩音さんが、楽しいと‥‥‥生きていて良かったと‥‥‥そう、感じられる日常を過ごすことさえできれば、それで良いんですよ」
「‥‥‥だが、私は‥‥‥」
普通とは言い難い世界で、後ろめたい仕事を続けている。
それが詩音の枷となっていた。
「良いんです。生きる場所が普通とは違っていても‥‥‥決して日の当たる場所に出てはいけない、なんて事はありません‥‥‥詩音さんの手は‥‥‥汚れていませんから」
「‥‥‥」
「詩音さんのお祖父さんが話していた通り“人を殺さない”‥‥‥それは後悔や負い目を持たない、と言う意味だけではなく、普通の人生を送るためにも‥‥‥“人を殺す”という選択肢を持たない、ということにもなると思います」
「‥‥‥どういうことだ?」
眞の答えを待つ。
「人を殺してしまったら‥‥‥何かの解決策の1つに‥‥‥殺人という項目が追加されるからです」
人としての禁忌に対し、寛容になってしまう。
‥‥‥それも、当たり前のように。
「それは‥‥‥普通ではないんです」
「普通では無いことを選択し続けていたら‥‥‥自分もそこに囚われてしまう」
「お祖父さんの話していた“復讐の輪廻”とはその事ではないかと」
「それでは‥‥‥天城悠生と同じです‥‥‥」
「詩音さんは‥‥‥そうはならないで下さい」
いつかは自分に返ってきてしまう。
天城悠生のように、自分が犯した罪によって身を滅ぼすことになる。
「‥‥‥そうか」
「‥‥‥すみません。纏まりの無いことを‥‥‥」
「いや、眞の口から言ってもらえた事で、すっきりした」
グラスを持ち、口に含む。一口目よりもやや多い。それを時間を掛けて味わい、嚥下する。
眞を見据える詩音の顔。
そこには憑き物が落ちたかのような、晴々とした表情が浮かんでいた。
―――変わらなくても良い。そのままでも良いと。
‥‥‥それは、詩音が一番欲しい言葉であった。
「それは良かったです‥‥‥」
眞も釣られて一口飲み進める。
伝統的な洋菓子のような風味と甘さが口に広がる。
‥‥‥その甘さがとても心地よい。
酒を堪能している間、詩音はグラスの代わりに葉巻とライターを手に取り、眞の隣に座る。
一瞬、眞は驚くが、詩音の意図は直ぐに分かった。
「‥‥‥ほら、これを」
詩音は以前と同じ葉巻を眞に手渡す。
カット済みだが火のついていないそれを受け取ると、そのまま咥えろと詩音が促す。
「‥‥‥‥‥‥」
促されるまま咥えると、詩音が火を付ける。
じっくりと炙られる先端。少し時間を掛けて、赤みを増していく。
「‥‥‥‥‥‥ありがとうございます」
火のついた葉巻を深く吸い、その薫香を味わう。
口の中の甘みが、煙の香ばしさと苦味と混じり合う。
‥‥‥もう一度味わいたいと思っていたものが、そこにはあった。
「‥‥‥私にも寄越せ」
「‥‥‥えっ?」
事務所の中に紫煙が広がった頃、詩音が眞の口元から葉巻を奪う。そして、そのまま堪能する。
「‥‥‥えふっ‥‥‥ごほっ‥‥‥前みたいにはいかないが‥‥‥やはり美味いな‥‥‥」
「‥‥‥ふふ」
咳き込みながらも、実に美味そうに葉巻を愉しむ詩音を眺めていて、自然に笑みが溢れてしまう。
病気のことを考えると、喫煙は止めるべきであるとは思う。だが、この経験は詩音と共有しておきたかった。
―――“独裁者”という名の酒を呑み、“復讐者”の名を冠する葉巻を味わう。
全てが終わった今だからこそ味わえる、至福の味。
(この時の為に、俺は‥‥‥)
‥‥‥自分の選択に間違いは無かった。
万感の思いを、酒と煙とともに飲み干していた。
◇
夜の気配と紫煙が漂う、事務所内。
静かに酒と煙草を愉しんでいた中、詩音がグラスを置き、口を開く。
「‥‥‥‥‥‥ところで、今の私は‥‥‥どうだ?」
詩音が眞の肩にしなだれかかる。
快い重さと、さらさらとした髪から漂う芳香に鼓動が跳ねる。
「‥‥‥‥‥‥どう、とは?」
「‥‥‥‥‥‥眞にとって、好ましく見えているか、ということなんだが‥‥‥」
「それは‥‥‥ええ、とても綺麗ですよ」
「‥‥‥そうか‥‥‥なら、良かった」
眞の言葉に安堵した後、居住まいを正して言葉を続ける。‥‥‥ここからが本番、とでも言うかのように。
「‥‥‥‥‥‥それと、な‥‥‥うぅ‥‥‥その‥‥‥眞‥‥‥?」
「‥‥‥はい」
赤みがかった顔を伏せながら、やっとの思いで言葉を振り絞る。
「‥‥‥私の共犯者として、今迄に何度も助けてくれた‥‥‥感謝しても、しきれない」
「天城悠生を目の前にして諦めかけた時‥‥‥眞の覚悟を知って‥‥‥私は‥‥‥その」
顔を上げる。
眞の瞳を真っ直ぐ見据えて、告げる。
「‥‥‥好きに‥‥‥なってしまったみたいだ」
「‥‥‥ありがとうございます。俺も‥‥‥同じ気持ちです」
詩音の思いに衝撃はあったが、狼狽えることは無かった。
関係が変わっても、詩音の傍にいることにはなんら変わりはない。
「‥‥‥良かった」
眞の返答を聞き、自身の思いが伝わったことを実感する。
そして詩音はグラスの中身を一口含む。
酒精のせいか、それ以外か‥‥‥薄っすらと頬が上気しているように見えた。
「‥‥‥んっ‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥?!?!」
眞の顔を両手で抱え、そのまま唇を重ねる。
鮮やかで、滑らかな一連の動作。
‥‥‥眞には反応が出来なかった。
しっとりと瑞々しいものが、僅かに乾燥している眞の唇を通じて心地良い感触を与える。
‥‥‥眞の口内に、甘い液体がゆっくりと注がれた。
酒と煙草で麻痺していた味蕾を叩き起こすほどの衝撃と鮮烈さ。
思わず詩音から受け取った液体を嚥下してしまう。
別れを惜しむ互いの唇から、蜘蛛の糸のように煌めくものがゆっくりと垂れる。
「‥‥‥詩音さん‥‥‥?!」
「‥‥‥‥‥‥最期まで、傍にいると‥‥‥約束してくれただろう?」
唇を離した詩音は、優しい表情でいつか交わした約束を呟く。
眞は動揺しながらも、その問いに真っ直ぐ答える。
「‥‥‥‥‥‥ええ、そのつもりです。今も、変わりはありません」
「‥‥‥ありがとう、眞」
凛々しいと思っていた詩音の柔らかな笑顔。
心底嬉しい‥‥‥そう、思っていることが、はっきりと分かる。
「‥‥‥‥‥‥」
「あっ‥‥‥‥‥‥ふふっ‥‥‥いいな、これ」
詩音の可愛らしさに我慢が出来ず、頭を撫でてしまう。
一瞬、失礼かと思い、手を引っ込めようとしたがそれは杞憂であった。
気持ちよさそうに目を細める詩音の表情を見て、安堵する。
ひとしきりゆったりとした時間を過ごした後、詩音は、はっ、とした表情を受かべ、眞の手をそっと下ろす。
少しの間、目が泳いでいたが、小さく息を吸って吐いた後、更に頬を赤らめながら、呟く。
「‥‥‥‥‥‥前に話した‥‥‥報酬についてだが‥‥‥‥‥‥少し待っていて欲しい」
「‥‥‥それは」
詩音の言う‥‥‥『報酬』
詩音の態度と雰囲気から、思い当たるものがあった。
眞の想像を裏付けるかのように、詩音は言葉を続ける。
「‥‥‥‥‥‥眞も知っている通り‥‥‥私は男が嫌いだ‥‥‥」
「ええ、知っています」
「‥‥‥眞であっても、それは拭いきれない‥‥‥特に‥‥‥その‥‥‥すまん」
仇の息子という、詩音の中に根付く嫌悪感。
それは今もなお、確かに存在していた。
「だが、それ以上に‥‥‥眞の事が大切なんだ」
‥‥‥一度は死を覚悟した身。
その時に何かが変わった事を、詩音は自覚していた‥‥‥嫌悪感を越える、何かを。
「‥‥‥そのうち私の方から‥‥‥求める事になると‥‥‥思う」
「‥‥‥」
意外にも積極的な言葉に内心、狼狽する。
だが、そんな事はおくびにも出さない。
眞の‥‥‥男としてのプライドが、それを許さなかった。
「‥‥‥面倒くさいと思ってくれても構わない‥‥‥だが、近い内に覚悟は決めるから‥‥‥少しだけ‥‥‥待っていてくれ‥‥‥お願いだ‥‥‥」
「‥‥‥はい、いつでも構いませんよ」
「‥‥‥ありがとう」
眞の返答に詩音は胸を撫で下ろす。
眞の中に流れる血に対しての嫌悪感に加え、詩音の性格と性的嗜好を考えると、その決断は非常に重いものであることを知っていた。
「‥‥‥よし。‥‥‥なら、最後に一杯飲んだら寝るか‥‥‥明日から仕事の準備がある‥‥‥来週からまた、宜しくな?」
「‥‥‥こちらこそ、宜しくお願いします」
どちらともなく酒を注ぎ、グラスを手に取る。
「これからも私の共犯者‥‥‥いや、相棒として、傍にいて欲しい」
「‥‥‥喜んで」
2人の間で、赤みを帯びた琥珀色が波紋を作る。
だらしのない復讐者と共犯者になった男が、今夜最後の‥‥‥そして、新たな門出を祝う一杯を飲み交わす。
詩音が新たな人生を歩み始めた日であると同時に、眞にとっても、人生の岐路となる一夜であった。
◇
とある街。
その中でも特に治安の悪い区画に、長い間続いている便利屋の事務所があった。
暫く休業状態であったが、最近になって再開したらしい。
代表は、ちっこくて、気怠げで、だらしのない女性。
事務所唯一の従業員は、至って普通の男性。
だが、何をするにしてもその女性と一緒。お互いに信頼し合っている事が分かる。
‥‥‥まるで共犯者のように。
そんな2人がいる便利屋は、今もひっそりと依頼人を待ち続けていた。
※本作品における『本編』はこの最終話を持ちまして完結となります。
※【小説家になろう】系列の別サイトにて、同じタイトルの“別作品”として『後日談』を掲載する予定です。
※『後日談』について。本サイトでは描写の難しい表現を使った内容となります。
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