2話
夜更けの繁華街。
喧騒から離れた路地にある古いビルの一室。
『BALIUS』と書かれた看板の掛かった扉の前に立っていた。
「バー‥‥‥だな」
見るからに重そうな扉。
飲んで騒ぎたいだけの人間には足を運びにくい雰囲気を感じる。
ただ、赤城はどちらもいける人種であったため、気にせず扉を開けることが出来た。
(••••••ん?煙草)
事務所で嗅ぐ匂いよりも濃い。
それが、扉一枚を挟んだ向こう側まで充満していた。
(カウンターは••••••)
扉を閉めながら、辺りを見渡す。
客はいないようだが、人の気配はある。
「いらっしゃい、何名かしら?」
バーテンダーが顔をだす。
やや長い髪を後ろで纏めている。
女性、と見紛うほど女性らしい顔つきだが、声や体格から男性であることは分かった。
「‥‥‥1人です」
「1人••••••ああ、お客さんね」
お客さん、バーテンダーとの遣り取りの中では違和感の無い言葉だが、ニュアンスがやや違う様子だ。
「カウンター席へどうぞ」
「すみません、実は人を••••••」
「こっちだ」
カウンターの奥から電話口で聞いた声がした。
「は、はい」
赤城は促されるまま、カウンター席へ座る。
「赤城、といったか?」
「そう、ですが••••••黒羽さん、ですか」
「黒羽詩音という••••••依頼は?」
「‥‥‥‥‥‥」
「何だ‥‥‥?」
言葉が出ない赤城とそんな赤城を訝しむ黒羽。
そんな2人の遣り取りを見て、バーテンダーが助け舟を出す。
「そりゃびっくりするでしょうね。こんなちっちゃい子が相手だなんてね」
「‥‥‥失礼な言い草だな?」
軽口を叩くバーテンダーへ冷静に、かつ淡々と言い返す。睨んではいるが悪意は無いようだ。
それを分かっているため、バーテンダーも軽く流している。
「‥‥‥あ、いや、その。驚いてしまって。すみません‥‥‥」
赤城は謝罪しながら、改めてその姿を見る。
(ちっさい‥‥‥)
黒羽詩音という女性で、まず目を引くのがその体格。
見た目150cm無いくらいの痩躯。
カウンターの椅子から足がぷらぷらしている。床に届いていない。
子どもと見間違えそうだが、そんな彼女の前にはグラスに入った琥珀色の液体と、紙と葉っぱの死体がうず高く積み上がった灰皿が置いてある。
一見、アンバランスではあるが、妙に堂に入っている。
黒に白のメッシュ?が混じる髪は、ミディアムのシャギーカットで、首元くらいまである。
••••••禄に手入れをしていないのか髪質はパサパサでややとっちらかっている。
顔つきは整っているが、とにかく化粧っ気がない。
眠そうな目元にブラウンの瞳。やや垂れ目気味だが、優しい印象は全くない。目の下にははっきりとした隈があり、不摂生この上ないことを示している。
つんとした鼻梁に、体格に見合った小さな唇。
肌は荒れているが、見苦しいほどではない。元々の体質なのであろう。
全体的に気怠げな印象だが、それは服装にも現れている。
年季の入ったベージュ色のロングコートに、よれよれの白いシャツ。泥跳ねのある黒のパンツとブーツ。
それよりも気になるものは、ワイシャツを内側から押す膨らみ。
開けた隙間から僅かに黒い布が見えているが、黒羽は全く気にしていない。
(‥‥‥身長の割には‥)
余計なことを考えてしまう程度にはある。
「胸に依頼を頼むつもりか?」
「っあ!いや、申し訳ありません‥‥‥」
赤城の視線に気が付き、声を掛ける。嫌悪感や怒気はなく、ただ事実を述べるような声色。
不快にさせてしまったか、と再び謝る。
「まあまあ、そんなに意地悪を言わないであげて頂戴。男ってのは皆そうなのよ?‥‥‥特に詩音ちゃんのは目立つんだから」
またまた、助け舟を出してくれる。
心無しか赤城にウインクをしているようであった。
「男色家のマスターが言っても説得力はない‥‥‥別に怒っているわけではない。要件を言え」
怒っていないのは良いが、聞き捨てならない事を言われた気がする。
赤城はそう思いつつも、要件を述べた。
「あ‥‥‥電話で話したとおりです。この写真の鞄を探しているんです。場所は、残念ながら分からなくて」
「‥‥‥‥‥‥中身は何だ?」
黒羽の視線がやや強くなる。
「いえ、それは分かりません。中身も確認する気はないです。‥‥‥上司から頼まれたんです。取引先に返さなければいけないと」
黒羽は赤城の瞳を覗き込むように見つめる。
何かを見定めている、そんな雰囲気を赤城は感じた。
「‥‥‥」
「嘘は付いていないみたいよ。お客さん、知らないみたい」
「‥‥‥そうだな。‥‥‥改めて聞く。これを探せば良いんだな?」
意味深な様子で確認する。
赤城は依頼を受けてくれるかもしれないという期待で、その真意に気が付いていない。
「はい、依頼料は書面に書いて頂ければ助かります」
「‥‥‥分かった受けよう。これなら‥‥‥明日。同じ時間にここに来い」
「あ、明日ですか?」
赤城が思っていたよりも依頼の完遂が早い。
「不満か?」
「い、いえ。予想以上に早くて‥‥‥」
「このくらいなら直ぐに終わる」
なんてことの無いように返す。
そしてコートのポケットから紙巻き煙草を取り出し、口に咥える。
小さな手に不釣り合いな程、無骨なライターで火を付ける。硬い金属の弾かれる音がした後、紫煙がたなびく。
黒羽は紫煙を肺に入れ、白煙をゆっくりと吐く。
(‥‥‥俺も吸いたくなるな)
あまりにも自然な動作で煙草を吸う黒羽を見て、そう思った。
「‥‥‥何だ?もう用はないだろう?」
「あ、はい。すみません。俺も1杯頂いても宜しいでしょうか?」
「はーい、何をお出ししましょうか?」
「ゴッドファーザーを」
「かしこまりました」
赤城はこの雰囲気に合ったカクテルを頼み、店内を漂う煙を肴に1杯楽しむ。
いつの間にか黒羽は店内から消えていた。
「まーた、あの子。お金も払わず帰っちゃったわね」
もうっ、とぷりぷりしながら呟くバーテンダー。
「‥‥‥知り合い‥‥‥なんですか?」
「ツケを許す程度には知り合いね」
「そうですか‥‥‥」
黒羽にしろ、バーテンダーにしろ謎が多い人物だが、悪い人ではないと思った。
「‥‥‥また、明日、か」
黒羽の言葉を反芻し、差し出されたカクテルを飲み干す。
身体にまとわりつく煙に合うくらい、甘く、苦い味であった。




