第10話 「この世界で、生きると決めた日」
夜の闇が森を包む中、私はルゥと手を繋ぎ、影のように動いた。王都から逃げ出してから数日――疲労と緊張の連続だったが、心は不思議と軽かった。
「アリア、少し休もうか」
ルゥが私の腕に顔をうずめて囁く。月明かりに照らされた金色の髪が揺れ、彼女の小さな吐息が伝わってくる。
「……うん、ちょっとだけ」
私たちは森の奥にある安全な小屋で休息を取ることにした。燃え残る焚き火の横、身体を寄せ合い、沈黙の時間を共有する。
思い返すと、この数日間は濃密だった。
追跡者から逃げ、王都の権力者たちの目をかわし、命を懸けて互いを守る日々。
でも、そのすべての瞬間が、私たちの絆を深めていったのだ。
「ねぇ、ルゥ」
「ん?」
「……私、もう元の世界には戻らないかもしれない」
「……ふふ、わかってたよ。だって、ここがあんたの世界になるんだもんね」
ルゥの瞳に映る私の姿は、どこまでも優しく、そして力強かった。
ふたりの距離がさらに近づく。胸の奥のざわめきが、静かに熱に変わっていく。
唇が触れた瞬間、世界のすべてが消えて、残るのは彼女のぬくもりだけだった。
「アリア……」
「ルゥ……」
互いの名前を囁く声が、夜の森に溶けていく。
その夜、森の静寂を破るように足音が迫った。
黒衣の騎士たち――王都の追手だ。
「……ここまで来るか」
息を呑むが、もう恐怖はない。私の中にあるのは、ルゥを守る強い意志だけ。
「ルゥ、覚悟して!」
剣を構え、魂リンクの力を最大に発動させる。
光が二人を包み、追手の攻撃を防ぐ防壁が生まれる。
ルゥも私の手を握り、共鳴するように力を合わせる。
圧倒的な力で追手を退けたあと、息を切らしながらも私は笑った。
「……ふぅ、これで、もう大丈夫」
「ええ、二人なら、どこでも大丈夫」
互いに見つめ合い、安堵と愛情が心を満たす。
そして数日後、私たちは森の奥の小さな村に落ち着いた。
ここは誰もが自由に生きられる場所――獣人も、人間も、種族を問わずに暮らせる村。
ルゥは森での生活に戻り、私は村人たちに剣術や魔法の手ほどきを始める。
村には他にも異世界から来た仲間が集まり、自然と“私たちの居場所”ができていた。
ある日の夕暮れ――
ルゥと私は丘の上で手を繋ぎ、沈む太陽を見つめていた。
「ねぇ、アリア。ここに来てよかった?」
「うん。ルゥと一緒にいるためなら、どこだって」
「ふふ、あんたのその顔、ほんとに女の顔になったね」
「……元は男だったけどね」
「だからって、今のあんたを嫌いになる人はいないわ」
笑いながら肩を寄せ合う。太陽の残光が、二人を柔らかく包んでいた。
そして、数年後――
村は穏やかに繁栄し、私たちの生活も落ち着きを見せていた。
ルゥは森で育った獣人たちと共に、子供たちに狩猟や自然の知識を教えている。
私は村の防衛と教育に力を注ぎながら、時折ルゥと寄り添い、互いの存在を感じ合う日々。
ある日の夕暮れ、丘の上で小さな手を握る。
「アリア、見て。子供たちが楽しそうに遊んでる」
「うん、平和だね」
振り返ると、私たちを取り巻く仲間たちの笑顔が広がっていた。
男性も女性も獣人も、皆が自然に溶け込み、互いを尊重している。
思わずルゥに寄り添い、肩を重ねる。
「ねぇ、ルゥ」
「ん?」
「……ここで生きるって決めて、本当によかったね」
「うん。アリアと一緒だから、幸せ」
小さな村の丘で、沈む太陽が二人を黄金色に染める。
世界がどう変わろうとも、どんな試練が訪れようとも――
私たちは互いに手を取り合い、愛し合い、そして自由に生きる。
それは、元男だった私が異世界で女性として生きることを選び、
恋と絆と、ハーレム以上の“真実の居場所”を見つけた、物語の結末だった。
エピローグ
村の朝。
子供たちの笑い声が森に響き、ルゥと私は並んで散歩していた。
「アリア、今日もあの子たちに剣を教えるの?」
「うん。でも、ルゥと一緒にいられる時間も大事だから、あとで一緒に森を散歩しよう」
「ふふ、楽しみ」
手を繋ぎ、ゆっくりと歩く。
森の風が、私たちを優しく撫でる。
もう恐怖も逃亡も、過去の痛みもない。
あるのは、自由と、愛と、穏やかな日常だけ。
そして、森の奥の丘の上。
太陽が輝き、私たちを包み込む。
「ねぇ、アリア」
「ん?」
「ずっと、こうして生きていこうね」
「うん」
ルゥと私の影が重なり、森と太陽と風の中で、永遠に続く幸せの物語が静かに幕を下ろした。
✨ 完




