五十六.動き出す役者たち
所変わって白華の本拠、董源京。
領主の伶は懸案のひとつについて、家宰の越智博邦からの報告を受けていた。
「そう……水盟の奉行たちは無難に事後処置を終えたようですね」
「しかしながら、出どころについては不明のままでございまして……」
「構わぬ。あの付近に泥が自然発生するはずもない。黒荘らの悪戯が過ぎたのであろう」
伶はそれ以上の詮索は無用、といった佇まいを崩さず、話題を次に移す。
「宇野泰輝たちの様子は?」
「こちらから手配した品は素直に手を付けたと報告が届いております。川津遥平の技量を思えば、手間取ることもないか、と……」
「我が妹はどう過ごしている?」
「は……いささか顔色は冴えないご様子ながら、川津の手伝いに徹している模様でございます」
それは結構、と満足げに口元を緩めた。彼女にとって現在最優先にすべきなのは、己の次に使者の役割を背負った妹との接触である。
「信喜めの独断は良き方に向いたでしょうか?」
「元々あれに咎はありません……ですが、これもよい休養になったでしょう」
黄路に派遣されていた観察使、御名方信喜の謹慎を解除し、次の派遣先を指定した伶は執務の間から離れようと立ち上がったところで、不意に博邦の顔を見下ろしながら冷たい表情で言葉を投げた。
「北上防人のこと、なぜ伏せていた?」
「そ、それは……」
「彼を抑えておきたい気持ちは汲むが……お前たちの意図をいちいち問うのも煩わしい」
二度と隠すな、と言い終えた伶は傍らの侍女と共に離れていく。残された博邦は苦しげな表情で「やはりあの時に始末しておけば……」とつぶやき、自身も立ち上がり場を去った。
同じ頃、藍掛の山奥にある黒荘の里。
鵜珠来喜都は長老の久納末吉と密談をしている。
「水盟の小役人どもは役に立たず、でしたが」
「元々、彼の地は伶の手が回って久しい……とはいえ即席で次代のナナイロを削れたのなら、上出来か」
ご苦労だった、と久納は頷きながら労いの言葉をかけ、喜都も恭しく一礼した。
紫建での戦いのあと、機体を相方の地井直騎に任せて藍掛へ先行させた喜都は、蒼司の臣を装っていた時分から仕込んでいた「物質を泥へと帰す術式」の実験体で構成された盗賊もどきたちに「果取周辺で窃盗を繰り返せ」と指示を与えている。
果取に泰輝たちが来るのを見越して仕掛けた罠だが、成功する・しないは問わない捨て駒でもあった。上手く戦力を削げれば良し、出来なくとも自陣の戦力が整うまでの足止めくらいにはなるだろうという程度の期待しかしていない。
それが彼らの予想を上回る成果を出したのだから、首尾は上々と言えた。
ただ、不確定要素の介入があったのは見逃せない。久納は無表情のまま言葉をつなぐ。
「……遂に出たな」
「はっ、これまで所在をくらませておりましたが……」
「奴の持つ空閃光は神器のひとつ……我等の目的に利用出来る」
「奴は陸路で白華へ到るようですが」
「既に手配は済ませてある」
久納はそろりと立ち上がると「次の機会までゆるりと休んでおれ」と告げるとその場から立ち去り、平伏してそれを見送った喜都は「万全を期す……このままでは終われん、宇野泰輝よ」とつぶやき、自身も立ち去っていった。
一方、紫建の東風谷館では家老の字村愛左史が佐倉喜央斎と面会している。
白華から転がり込んできて以来、一貫して老人との窓口を任されてきた彼は相変わらず筋道が感じられぬ一方的な話し口に辟易していたものの、ただ一点だけ注意すべき事柄を的確に捉え、真顔で質した。
「時を超えた、と、そう申すのか?」
「うむ、ようやく時の神髄に最接近したでのう」
「そんなこと言って、下手すれば死ぬところだったじゃないですか……いたた」
喜央斎が今一の頭をはたく見飽きた光景を前にしながら、字村は冷静に老人の言葉を確かめる次の一手を打つ。
「証拠は?」
「む?」
「何かしら物証がなければ話にならぬ……いきなり突拍子もない事柄を申しても、法螺話と判別出来ぬな」
言葉を聞いた老人は普段の異様な高揚ぶりを感じさせない冷静な口調で応じた。
「当然の質疑じゃな……確かに何かしら証拠を示せれば信用は出来ぬじゃろうて」
「示せるのか?」
「無論よ……今から五分ほど待つが良い」
喜央斎が乗る蜘蛛型の真胴は一瞬で姿を消す。それだけならば白華で用いられている空の概念と差はない。今回も与太話か、と思いながら律儀に五分経つのを待っていた字村は信じ難い光景を目のあたりにした。
「な……奥屋敷が!」
主君である義詮が政務を行っているはずの奥屋敷が何の兆しもなく、突如として崩壊したのだ。そして、背後から響く聞き慣れてしまった笑い声。
「うひょひょひょ、どうかな字村殿?」
「いったい何をした喜央斎!」
「五分前のわしがあれを破壊した」
「正気か!貴様ぁ!」
激昂して刀を抜く字村に対し喜央斎は笑顔のまま彼に告げる。
「逸るな字村。あれは五分前のわしがやったこと……じゃからの、五分前のわしが思いとどまれば……ほれ!」
字村の首根っこを真胴の手でつまみ上げ再び転移を行うと、そこには何事もなかったかのように健在の奥屋敷があった。
「こ、これはいったい……?」
「ふふふ、時の流れを渡ったのじゃよ。お主の頭では到底理解出来ぬであろうがのう」
喜央斎は字村を機体から降ろすと、改めて彼へと暗い言葉をささやく。
「今なら、先程の時間へ戻ることも出来るが、どうじゃな……字村愛左史殿?」
彼はその言葉を聞いて無意識に息を飲んだ。




