四十三.旅の武芸者
翌日、里長の家へと赴いた泰輝は先日には姿の見えなかった男と出会う。やや茶色がかった髪をしており、身体はいくらか痩せているがその割に良く鍛えられた様子もうかがえ、総じて武芸に秀でた人間であるというのがひと目見た印象だった。
「長殿、こちらにおられる方が?」
「おお、宇野様か……ちょうど良い時にお出でになられた」
「貴殿が宇野泰輝か……俺は北上防人」
修行のために各地を巡っている、という彼の言葉に泰輝は小さく頷く。
「宇野殿の噂はいくらか聞き及んでいる……此度のこと、あと一人ほど戦力があればと思っていたが……あなたがお味方となれば心強い」
「いや、それがしもまだまだ至らぬ点が多い。あなたの足を引っ張らぬようにしたいものだ」
「……謙虚ですな」
防人は口の端にかすかな笑みを浮かべた。泰輝はその中に込められた含みを無視するように心がけながら、里長に問いかける。
「大まかな話は川津殿より伺っているが、改めて賊共の動きについてお聞きしたい」
「うむ。彼奴らの根城については良くわからぬが、我ら果取の隣にある狭州でも似たような連中が出没しているが、それでいて紫建領内までは進出しておらぬらしい」
「確かに……我らが紫建の領域にいる間に賊が出るなどと言う話は聞いていなかった」
「いろいろと思い浮かぶこともあるが、無闇に動くよりも相手に現れてもらったほうが合理的であろうよ」
防人の簡潔な意見に泰輝も頷いた。彼のほうが先に来ているからには、状況の把握もできているのだろう。通り一遍の武芸者ではないように見えた。
「あまり褒められたものでもないが、我々が果取に入ったことは賊どもの耳に入っていよう……おびき寄せる材料はある」
「……そうか、ならば話も簡単だ。今夜から夜番に入るとしよう」
「うむ……ときに里長殿、お借りする擬胴のほうを拝見させて頂きたいのだが?」
三人は席を立ち、すぐ近くの駐機場へと向かう。そこには無骨な印象を与える角張った形状の淡い青の擬胴が細身で薄茶色の擬胴と並んで置かれていた。
「青い機体が角翠として、こちらは……?」
「無論、俺の擬胴だ。名は沙硫」
「見事なものだ……こうしているだけでも俊敏さが伝わってくる」
泰輝は率直な感想を口にする。隣にある角翠がいかにも防御に力点を傾けている様子であるから、細身の機体から想像できる機動力は並大抵のものとは思えない。同時にそれを操る防人の技量も人並み以上に感じられた。
「はは、宇野殿にそう評されるとは上々なことだ……貴殿も角翠の慣らし運転が必要であるからには、ここで模擬戦などは如何かな?」
「……機体に未習熟の段階でいきなり剣戟など、それがしには考えにくい」
軽めに否定してみせるが、相手は「一合わせで構わない」と譲らない。何かしら裏があるのかと思えたが、戦いで背中を預ける相手の手腕を見定めるのも悪くないと考え直した泰輝は、呆れを表情に表した上で「一合わせだけですぞ」と申し出に応じる。
「いや、無理を聞いていただき感謝の言葉もありませぬ」
「なに、肩を並べる相手のことを知りたいのは当然のことでありましょう」
言葉を交わし合いつつ、二人は擬胴に搭乗した。
角翠に乗り込んだ泰輝はまず操縦席の配置を確認する。基本的な構造は他の擬胴と変わりはないものの踏圧板はなく操縦桿も一本きり、その代わりなのか右手側に鍵盤が置かれていた。そこにはどう動くのか簡潔な説明も書かれており、操縦桿を動かすことで指定した行動を取るという仕様らしい。民生用の擬胴にはよくある話だが、指定された行動しか取れないのは足かせをはめられているに等しく、実戦では不利に出る可能性が極めて高かった。
ひとまず左右と前進後退、物を持ち振り下ろすという最低限必須の行動を確かめると、長巻を持たせて槍を構えた防人の沙琉と向き合う。
「考えるまでもなく、一合で決着するだろうな」
「はは、そうお堅く考えまするな」
言葉を交わしつつ、お互いに一歩前へと出た後、やや間を置いてから先に仕掛けたのは泰輝であった。
相手から見て左手側へと踏み込ませて、長巻を振り上げる。沙琉はそれを見て素早く角翠の正面へと突きを入れた。もっとも泰輝もそう出るのは織り込み済みであり、動きを止めず長巻を振り下ろす。がら空きの胴体に突きが決まるかと思われた瞬間、角翠は空振りし地面に刺さった長巻を支点にくるりと機体を回転させて突きを回避、そのまま前のめり気味に相手へと機体を寄せ、機体同士がぶつかると思われたところで動きを止めた。
「……これでよろしいか?」
「渋っていた割に躊躇なく動きましたな」
「慣らし運転ですからな。どこまで動くか限度を見極めなければ意味がない」
里長様には心配させてしまいましたが、と苦笑混じりに話す。その通り、里長は険しい表情をしていた。
「中々に肝が冷えましたぞ、宇野殿」
「申し訳ありませぬ。ですが、戦うからにはこれ以上の酷使を用いることもございます故」
「それはそうですが……ほんの一合わせでそんな荒っぽく動かれてはたまりませぬ」
大きくため息をつく里長に再度「本当に申し訳ない」と詫びた泰輝は防人に話しかける。
「満足頂けましたかな?」
「十分ですな。しばらくの間であるが、改めてよろしくお願い致しまする」
擬胴から降りた二人は握手を交わした。
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