四十二.相互依頼
夕刻になり、泰輝が約束通り工房を訪ねていくと遥平より費用の見積書を手渡される。中身を一見したその表情は少し曇りを帯びた。
「……流石に安くはならぬな」
「機神経質は安価でも良いものはありますが、殻格や装甲はそうも行きません。これでも可能な限り安く済ませたつもりではありますが」
確かに丸ごと交換する見立てであった右肩部分を一部の入れ替えで済ましたり、機神経質も紅城では手に入りにくい安価なもので代用するなどの手は講じられているのだが、それでも先日紅城本国から追加で贈られたばかりである手持ちの財貨をほぼ使い切る形になってしまう。
「レディ、お前はこれをどう思った?」
「部品調達の費用一覧を見せていただきましたけど……これ以上惜しむと、今後に差し支えると思います」
「そうか……」
レディに他の手はない、と言われてしまえば泰輝に否定できる材料は見つからない。これから白華にたどり着くまで波乱が全く起きないとも言い切れず、財を惜しんで命を失っては本末転倒である。
仕方ない、と割り切りを済ませた泰輝であったが、それに対し遥平は「資金にお困りのようでしたら……」と話を持ちかけた。
「川津殿?」
「宇野様の腕を見込んで依頼したいことがございます」
「……ほう」
泰輝は表情を正して遥平の眼を見る。
「何か荒事でお困りと仰るか?」
「桐乃、宇野様にご説明を」
「あ、はい……昨日も少しだけ触れましたけど、付近に廃材を狙った窃盗団が出没するようになりまして、里の集積所にも被害が及んでいるんですよね」
動きが確認されるようになったのは半月前のことで、水盟の奉行所にも訴えを出したもののまだまだ情報を集めきれておらず正式な討伐隊の派遣も定まっていない。里ではそれまでの繋ぎとして自警団を結成して夜毎に番をしているのだが、相手は数機の擬胴をもって武装しており、即席の自警団では不安が拭えないという。
「……滞在の間、協力を求めたいということか」
「流石でございますな。ご理解が早い」
「その自警団に実戦経験のある操縦手は如何ほどおられるかな?」
「一人だけ、たまたまお立ち寄りなされた方がおられまして」
その人物は黄路や紅城よりさらに北の茶渡から特に当てもなく旅をしてきたとの触れ込みで、里を訪れたのも目当てだった船便が使えなくなったことから陸路から藍掛を目指す方針に変えたのだと話しているらしい。
「それは興味深いお方ですな。茶渡では擬胴すら満足に普及してはおらぬと聞き及んでいたが」
「私は工匠故に操縦についての論評は控えさせていただきますが、普通のお方とはちょっと毛色の違う人ではあります」
「ちょっと無愛想な人ですけどね」
遥平の言葉に桐乃が相槌を打つように一言添えた。レディは既にその話を聞いているからか、黙ったままやり取りを眺めている。
「……少々話はそれましたが、お引き受けいただけますか、宇野様? 了解していただけるのならば活動費分を修理代から差し引きさせていただきます。おおよそ一割ほどですが」
「擬胴はお借り出来るのですか?」
「里で保有している角翠がありますので、それをお使い頂ければ。里長には私から話を通しておきましょう」
「分かりました。お引き受けいたしましょう」
泰輝が頷くと、遥平は笑みを浮かべながら一礼した。話がまとまったあと、泰輝はレディを連れて仮家へと向かう。
「ご苦労だったな、レディ」
「いえいえ、私も術に頼らないやり方があるのならそっちを選びたいですし」
「ナナイロは無敵ではない、と以前も申しておったな」
泰輝がそう言うとレディも苦笑いして「今更ではありますけどね」と応じる。理を曲げるような大術は既存の存在にも大きな負担がかかり得る、明らかな過負荷には違いないと続けた彼女に対し、泰輝は小声で問うた。
「今回の修理でどれだけ延命できる?」
「……希望的な見込みで白華に入るまでが限界でしょうね。以前に御名方さんが乗っていた真胴……来獏というのですけど、あれは和夏より二世代ほど後発の機体です。単純な性能比較でも亜夏を大きく上回っていまして」
ナナイロ込みでも互角より少し上を狙えるかどうか、とレディは淡泊な口調で説明する。
「天海を出るときまでに把握できていたのはそこまでですけど、ここまでの状況を加味すると白華の技術発展はもう少し先へ進んでいるでしょうね」
「……お前、黄路では虚勢を張っておったな?」
「あそこで弱気を見せるわけにはいかないじゃないですか」
少女は口を尖らせて反発するが、泰輝は「分かっておる。そうでなければ駆け引きにならぬわ」と返して話題を切り替えた。
「ときに、茶渡から来たという人物のことだが」
「茶渡については無警戒でしたね。白華からは遠いですし、国力に余裕があるとも言えません……要するに未知数です」
「分かった。お前は何も心配せず修理に専念しておれ」
予備知識などないほうが良い、と笑ってみせる。旅の途中で出会う相手のことが最初から全て分かっているという方がおかしい話なのであり、そういう時こそ己が問われると泰輝は気負わずに構えていた。レディもその様子を感じたのか「お土産話を期待してますね」と微笑みを浮かべて家路を急ぐ。空は既に茜色から夜空へと移り変わっていた。
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