四十一.閑話
明くる日、遥平の工房を訪れた泰輝とレディは遥平より使用している術式の解除を申し入れられる。
「元の大きさで修理せねば的確な修理になりませぬ故に」
「ごもっともなお話ですね。承知しました」
レディは素直に頷き、致遠投影を解除した。擬胴程の大きさであった機体がみるみるうちに倍ほどの大きさになっていくのを見た桐乃は驚きをあらわにする。
「こんな術が世に存在していたなんて……!」
「まぁ誰しもが使える訳ではないですからね」
「……狐か何かに化かされているみたい」
目の前の光景が未だに信じられず頬をつねりたくなりそうな衝動に駆られる弟子とは対照的に師の方は淡々と亜夏全体の点検に入った。
「いかがですか、川津殿?」
「いやはや、これは中々の酷使ぶりですな……今までは術でごまかして使っていたのでしょうが、このまま使い続けていたら遠からず不調をきたしていたでしょう」
「面目もありませぬ」
工匠の遠慮ない指摘に対し泰輝はやや沈んだ表情で頭を下げるが相手の方は「戦い続けでは手入れも行き渡りませぬでしょう」と慰めの言葉を添えたうえで話を続ける。
「今の機会をこの先の保険としておけばよろしいかと」
「お気遣い、痛み入ります」
「今日の夕方には工期の見積もりをまとめて書面にてお伝えいたします」
遥平はそう言うと点検に戻っていき、桐乃やレディとやり取りをしながら細部に目を光らせていった。やることの無くなった泰輝は夕方にレディを迎えに来ると伝えて、工房をあとにする。
滞在場所に戻ると陽向が軒下で近隣に住んでいる男性と世間話に興じていた。
「では、港では物資が滞留状態にあると?」
「このところ何やら良からぬ動きがあるようでして、連合府も動いているらしいのですが、果たしてどうなることやら……」
男は嘆息すると泰輝に会釈をして帰っていき、入れ替わる格好となった泰輝は陽向より会話の内容について説明を受ける。理由は不明ながら先月末から東西にある水盟の船便に遅れが生じるようになっていると言う。
「ほぼ普段の半分になっている、か」
「特に蒼司向けの物資が手続きに時間をかかるそうですよ」
「今更蒼司をけん制してどうするつもりか……」
訝しむ。紅城と蒼司の戦いについて他国は静観を貫いているが両国の物資調達に規制をかけていた形跡はなく、黄路のように内心で蒼司贔屓の傾向だった例もある。侵攻以来、不利な状況で抗戦し続けていた紅城としては「今更何を」と誰しもが思うに違いない。
「鳴徳殿が健在であるならばそれを許しはしなかったでしょうが……」
「いや、それは恐らく理由の半分であろうな。もうひとつ、紅城の顔を立てねばならぬ理由が出来たのではないか?」
「あの子……ですわね」
今頃は真胴の修理に勤しんでいるであろう少女のことを思い浮かべる陽向に、泰輝は小さく頷く。
「これも今更の話になりますけど、天海の使者というあの子の言葉には偽りはなかったようで」
「だが謎はまだある。前にも使者が送られてきていながら、その使者のことをレディは完全に把握しているようには見えぬ」
使者が他にもいたのだとしたら今の今まで天海は何故それを放置し、結果をレディに教えぬのかと首を傾げざるを得なかった。その一人一人がレディと同じ程度の力を振るえるのなら、諸国に真胴や擬胴が増える前に事態を沈静化する事も容易いように見える。白華も回りくどい手筈を取らずとも力尽くで不二を武力によって統一することもできたに違いないが、現実では大国として君臨していながら各国の争いを傍観し、技術発展と経済的利益にのみ注力しているように見えている。
「分からないことだらけ、ですわね」
「そうだな。黒荘どものこともある。ただ単に白華を訪れただけでは事は終わらぬ……」
泰輝が言葉を締める前に陽向が唇に指を当ててそれを止め、自身はそのまま外に飛び出していった。ややあってから、陽向はひとりで戻ってくる。
「……逃げられたか?」
「はい……並みの腕ではないですわね」
「考えてみれば、里長殿も我々のことを詮索しないとは言っておらなかったしな」
泰輝は頭を掻きつつ苦笑いを浮かべた。注意を怠ったと言われればそれまでだが、気の緩めすぎも良くないのも道理であろうか。
「明日からは俺も工房に夕刻までおることにしようか。その方がおまえも動きやすかろう?」
「まあ! そのようなことを言って、内心はレディと桐乃さんのことが気にかかって仕方がないのではありませぬか?」
「おいおい、そのような事など思うはずもないのだが……」
「冗談ですわ。お気になさらず」
泰輝様は嘘が下手ですものね、と陽向が言うのをしかめっ面で受け止めるしかない。
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