怪盗クックロビンからの予告状 ⑯
「無事今回も一件落着ということで。」
「あぁ。青の警察手帳の動機や犯行手順も解明に向かっているらしい。」
「クックロビンも無事に逃げられたことだしね。」
現れた時同様、重力を感じさせない動きで空へ飛び立ったクックロビンを見送った後。
三つ椅子の増えた特務係の部屋で、柊野君がお茶を淹れてくれている。
今日は僕たちも、そして特務係も他に仕事は無いらしい。
あれだけ大勢の警官を配備して尚逃げられたって、上層部はカンカンだよと椋折さんが笑う。
怒らせておけばいいと興味なさげに蓮月さんが言って、それもそだねと椋折さんが頷いた。
僕は念のためにと医務室に運ばれて、問題なしと肩と手首に治療を受けて戻ってきたところだった。
「桜庭さん、帰りに色紙サイズの額縁買ってもいいですか?」
「もちろん。ヒロ、近くに額縁屋あったっけ?」
「はい。五十年続く額装店があります。」
「じゃあそこ寄って帰るか。」
不可解そうな顔をしながらもクックロビンが書いてくれたサインは、きっと生涯僕の宝物だ。
どこに飾ろうかな、と部屋を思い浮かべながら、柊野君が渡してくれるお茶を受け取る。
「そう言えば、先生。」
「ん?」
「クックロビンが落とした仮面は、どうなりましたか。」
僕の隣の椅子に座った柊野君の言葉に、桜庭さんがぱちぱちと目を瞬かせた。
蓮月さんを見上げて首を傾げるのに、いや、と短い返事。
……クックロビンの仮面は、直接顔を覆っていた。
汗や皮膚片が付着している可能性は高いし、もしそれでDNA検査でもすればおのずと正体はばれてしまう。
今からでも探しに行こうと立ち上がったところで、椋折さんがじゃーん、と左手を掲げた。
そこに握られている、鳥を模した仮面。
「クックロビンの!」
「優秀なので回収しておきましたー。けどこれどーしよ? 今度クックロビンに会う予定の人いる?」
「いるわけないだろ。」
「まあ、捜査で出会う可能性はゼロじゃないから、一応うちで内密に保管しておくか。」
「そだねー。じゃあこっそり隠しとこっと。」
ニコニコと笑う椋折さんが、自分の机の引き出しにそっと仮面を片付ける。
かちゃりとその引き出しに鍵をかけたところで、外から幾人かの足音が近付いてきた。
おーい特務係ー、と誰かがドアを叩くのに、蓮月さんが立ち上がる。
がちゃりと開いた向こう側に、朝蓮月さんを呼びに来た人の顔。
「笹岡? また会議か?」
「俺はお前の呼び出し係じゃありません。」
「第一オレもここにいるんだから会議なわけないじゃん?」
「椋折は会議の時に蓮月を置いていくのやめてくれ。」
「オレが連れてく義理ないもん。」
「俺が呼びに来る義理もないんだわ。」
「それはさておき、何しに来たんだ?」
「お前がさておくな。」
ぱしりと肩を叩きながら突っ込んで、笹岡さんはひょいとこちらを覗き込んだ。
その目が桜庭さんを捉えて、おぉと嬉しそうな声が上がる。
「良かったまだ帰ってなかったか!」
「え、俺に用?」
「おう! って言っても俺が、じゃないけどな。入っていいか?」
最後の言葉だけ向けられた蓮月さんが、不思議そうにしながら道を譲る。
悪いね、と言いながら入ってくる笹岡さんに、ぞろぞろと続く人。
緊張したような面持ちで、時折ひそひそと近くの人と交わされる声に、覚えがあった。
確か朝、ここに来る前。それから屋上でクックロビンを待っているとき。
桜庭さんを見ながら聞こえない音量で何かを囁き合っていた人たち。
だけど間近で見るその顔は、どうにも印象とは違うもので。
「こいつらさ、桜庭のファンなんだ。お前が今日来るって知ったら色めき立っちゃって。」
「……俺?」
きょとんと桜庭さんの目が丸くなる。
笹岡さんの後ろできゃあきゃあと小さく叫ぶ声は、どう聞いても喜びのそれで。
「丁度色紙いっぱい余ってるだろ? サイン書いてやってくれよ!」
「……ちょっとかっこいいやつ考えてもいいですか……!」
二人とも手伝ってくれと桜庭さんが手招きする。
お茶を置いて立ち上がりながら、今日は額縁屋さんがもうかりそうだなぁなんて、そんな平和な予想に笑みがこぼれた。
「ご苦労様。一時はどうなることかと思ったけど、丸く収まって良かったわね。」
「……駒鳥。そうだね、お疲れ様。」
警視庁を見下ろせる屋上の縁に座って、ぶらぶらと足を泳がせる傍に腰を下ろす。
驚いた様子もなくこちらを向いた百舌は、ゆっくりと頷いてまた警視庁に視線を戻した。
あんまり役に立てなくてごめんね、なんて謝るのに、何言ってるのよと言い返す。
何を気にしてるのかは知らないけど、百舌の働きがあったからうまく運んだことだってある。
少なくとも百舌はリスクになりそうなことはきちんと伝えていたわけだし、責める謂れなんてどこにもないわ。
あぁ、だけど……一つ、気になることがあるとすれば。
「桜庭碧、って言ったかしら。」
あたしと共に逃げようとした、爛々と光る青い目をした男。
軽く調べてみれば、その名前はすぐにわかった。
かつて警察にいたらしいと、それ以外が謎に包まれていることも。
綺麗な名前よね、と呟けば、隣の空色の目がじっとあたしを見つめていて。
彼でしょう、と問いかける。
「警視庁にいる知り合い、って。」
「……よくわかったね。」
一度目を瞬かせて、百舌はまた下を見る。
丁度玄関から、話題の彼が出てくるところだった。
二人の助手と一人の警察に囲まれて、楽しそうに笑っている。
「にいさんだよ。」
「え。」
同じように彼を見下ろしていた百舌の、空気に溶けるような小さな言葉に、思わず声が漏れた。
兄と、いわれて思い返してみれば、確かに顔立ちが似ているような気も、するような。
だけどそれより……そう口にした百舌の顔が、とても寂しそうに見えて。
「……会わなくて、よかったの?」
尋ねるのは、無粋。
わかっていたけど、気付いた時にはそう問いかけていた。
一度瞼を下ろした百舌が、やがてゆるりと唇に笑みを浮かべる。
いいんだよ、とその口が動くのを見ているだけなのに、どうしてか目が離せなかった。
「僕を捕まえたら、にいさんは警察に戻るでしょう。警察に戻ったら、にいさん……」
音もなく髪を撫でる風が、彼の言葉を攫っていく。
薄い笑みは、にじみ出たものなのだろうか。それとも。
「処分されちゃうからね。」




