第60話 暗闇での修行
「一旦、修行を切り上げて、野営と夕飯の準備をしましょう。」
夕刻、ジンは弟子達に、野営の準備をするよう言う。
「切り上げるって・・・飯を食った後も修行するのか?」
「はい。当然です。」
「でも、夜の森は真っ暗だ。光源があってもかなり暗い。そんな中で修行なんてできるのか?」
「大丈夫です。寧ろ、その暗さを修行に使います。」
「・・・。」
困惑する弟子達が多い中、ケンドと一部の弟子は、ジンの考えている修行の予想が付いた。
「さあ、予め決めておいた人と組んで用意してください。」
ジンの言葉に、弟子達は野営と食事の用意を始める。
そんな中、弟子の一人がケンドに話しかけてきた。
「・・・ケンドさん。ジンの様子、見ましたか?」
「・・・ああ。たった一日だというのに、私達はかなり体力を消耗した。弟子の中には、準備するのでさえ辛そうな者もいる。だが、ジンはそれ以上のことをしているのに、あんなに余裕がある。おまけに、回復力も並外れている。私達より休んでいないはずなのに。」
ケンドの言葉通り、ジンは誰よりも元気に野営の準備をしていた。修行内容は、ケンド達のものより過酷で、休憩時間も少なかったにもかかわらず。
「・・・体力も回復力も、俺達と比較にならないってことですか?」
「そうなるな。・・・益々、頑張らなければな。」
改めて、ジンの底知れなさを感じたケンド達は、更に身を引き締めるのだった。
「・・・では、これから夜の修行を行います。」
夕食後、ジンと弟子達は、夜の森を歩いていた。手には、松明を持ち、それなりの光源を確保していたが、それでも夜の暗さの前には弱々しく見えた。
「・・・ジン。こんな暗闇で、どんな修行をするつもりだ?」
フィアは、ジンに夜の修行の内容について尋ねた。すると、ジンは足を止めると、彼らの方を向く。
「夜の修行は、とてもシンプルだ。俺と稽古をする。」
「なんだ。それならいつもやっている。簡単じゃないか。」
予想位以上に簡単な内容に、フィアは安堵する。だが、話はまだ終わっていなかった。
「ただし、松明は消す。つまり、暗闇で俺と稽古してもらう。」
「何だと!?」
ジンの条件に、フィアは驚愕する。松明の火があってもなお、離れれば隣にいる人間の顔どころか存在すら分からなくなる暗さだというのに、その火を消して稽古をするなど不可能に思えたのだ。
「・・・ジン。それは、心眼を鍛えるためのものだな。」
予め、ジンの修行内容を予想していたケンドは、修行の目的をジンに言う。
「さすがはケンド先輩。その通りです。」
「心眼?・・・目ではなく、心で相手の動きを読むというあれか?暗闇で修行すれば、それが身に付くのか?」
「一般的に言われている心眼はそうだけど、さすがにそこまでは行かない。そこまでできれば、師匠クラスだ。今回鍛えるのは、視覚以外の五感だ。」
「視覚以外・・・。聴覚や嗅覚といったものか?」
「ああ。見えない状況で修行することで、視覚以外の感覚が研ぎ澄まされる。夜の稽古は、それを鍛えるのにもってこいなんだ。」
ジンは、暗闇での修行のメリットをフィアに話す。それを聞いたフィアは、目を輝かせていた。
「なら、早くしよう!まずは、私からだ!」
「分かった。じゃあ、皆さん。松明を消してください。」
「・・・分かった。」
ケンド達は、松明の火を消す。辺りは一瞬で闇が広がり、隣の人間の顔すら見えなくなっていた。
(な・・・何だこれは!?全く見えない・・・!)
想像以上の暗さに、フィアは混乱した。暗いのは覚悟していたが、暗所での修行など行ったことがないフィアにこの暗さは想定外だったのだ。
「じゃあ、いくぞ!」
混乱するフィアに、ジンは容赦なく仕掛ける。フィアは、抵抗どころか、防御すらできず、ジンに打ちのめされてしまう。一分も経たぬうちに、フィアは地面に倒れ込んだ。
「ま・・・参った・・・!」
「では、次の人。前へ。」
「あ・・・ああ・・・。」
弟子の一人が、不安そうな面持ちで前に出る。だが、彼もまた、フィアと同様に、何もできないまま倒されていた。
(・・・この修行を現状できる弟子は、私を含めて三人ほどだな。それ以外、心眼の修行なんてやったことがないからな。)
ケンドは、次々と弟子が倒されている状況を冷静に観察していた。
この修行自体は、ケンドや彼が頭で思った弟子も似たようなことをやったことがあった。道場の中と森の中という違いがあったが。
(暗所での修行は、明るい場所での修行とは違う。見えないということは、様々な悪影響がある。
人間、一番情報を得るのは視覚だ。これを封じられるだけで、動きがかなり制限される。どこに何があるのか分からないのだから、動きが鈍って当然だ。それに、心理的な影響もある。見えるのが当たり前の人間にとって、見えないということによる不安や恐怖は相当なものだ。訓練を受けた人間でも、慣れていなければマトモに動くことはおろか、冷静に対処することさえできないだろう。・・・なのに、ジンはまるで見えているかのように動いている。あの歳で、暗闇で活動することに慣れているというのか?)
ケンドは、ジンと弟子達の稽古を見、彼が暗所での活動に慣れていると感じていた。
それは、事実であった。ジンは、故郷にいた時から、大人達に秘密で暗い森の中での修行をしていた。そもそも、明るい都会とは違い、森の傍にあるジンの故郷は、日が暮れれば簡単に暗くなるため、皆が寝静まれば、森に入らなくても暗所修行ができた。おまけに、逆行前にジンは、暗闇での訓練も行っていれば、戦闘経験もあった。だからこそ、ジンはこの暗闇の中でも動くことができたのだ。
「さあ、次の人。」
「・・・ケンドさん。俺が先に行きます。」
ケンドの傍にいた弟子が、ジンの前に出る。他の弟子と違い、彼は、ジンがおおよそどこにいるのかは把握していた。
(・・・俺とケンドさんは、暗所修行の経験者だ。簡単にはやられはしない。)
「いくぞ!」
弟子は、ジンに向かっていく。ジンも、彼が真っ直ぐ自分に向かってくるのを感じ取っていた。
(もらった!)
弟子は、ジンを捉えたと確信する。だが、ジンのその攻撃を悠々と躱す。
(!?馬鹿な!)
「・・・。」
回避したジンは、今度は攻撃に転じる。弟子は、ジンの攻撃を受け止める。今までの弟子は、回避も防御もできなかったのだから、彼が他の弟子より優れていた証だった。
だが、そこまでだった。そのまま連撃に持ち込まれると、弟子は防御できずに打ち据えられていた。
(だ・・・駄目だ・・・!一発ならともかく、こう何発も続けられれば防ぎ切れない・・・。)
「・・・次は俺だ・・・!」
もう一人の暗所訓練経験者の弟子が、ジンに挑む。彼もジンの居場所を正確に捉えており、前の弟子同様にジンに攻撃を加える。しかし、その攻撃は、先ほどの弟子の攻撃同様、当たることはなかった。
(一度で駄目なら・・・!)
しかし、そこで諦める彼ではなかった。再度、ジンに攻撃を加える。まるで、ジンが見えているかのように、ジンに攻撃を加える弟子。だが、そのことごとくを、ジンは回避してしまう。
(そんな・・・!どうして躱せる!?明るい時ならいざ知らず、こんな暗闇で・・・!)
その焦りが判断を誤らせた。いつの間にか、ジンは移動していた。だが、冷静さを欠いたため、それに気付くことができず、移動していたジンの一撃をもろにくらい、弟子は倒された。
そして、残る弟子は、ケンドだけになっていた。
「・・・私で最後のようだね。」
「はい。ケンドさんが最後です。それで、今日の修行は終了です。」
「そうか。・・・なら早く終わらせるとしよう。君を倒すことで。」
ケンドはそう言うと、ジンと対峙する。そして、二人は激しく激突するのだった。




