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1.恋に落ちました

新しいお話です。

のんびり更新ですが宜しくお願いいたします!

※2015/3/15に大幅な加筆を行いました。

 マージェリーはオウルフォートレス国から他国にも進出している大手商家【ベンソン商会】の長女だ。

 ベンソン商会は1つ下の弟が将来継ぐ事が決まっており、マージェリーは幼い頃から「父の知り合いの商人にでも嫁に出されるのかなあ」「女って面倒だなあ」と思っていた。なので自分に魔道の才があって、オウルフォートレス魔導養成学校からお誘いがあったとき、マージェリーは一も二もなくその話に飛びついた。

 オウルフォートレスの魔導士になれば、魔物と最前線で戦う事はこの国の大人も子供も分かりきっている職業である。


 厳しい訓練?

 魔物との戦闘?

 怪我をするかもしれない?

 下手をすれば殉職するかもしれない?

 どんとこいだ!


 好きでもない男と結婚して何となく過ごす人生なんて最初から死んでいるも同然だ! 私は自分自身の力で生きたい!


....19歳になったマージェリーは魔導養成学校を無事に卒業し、現在はオウルフォートレス魔導士団に所属する新人の魔導士である。魔導養成学校へ入学を決めた時の勢いはどこへやら、現在は引退後の老後生活の心配や貯金やらを計算しているどこか現実主義の枯れた乙女であった。

 そんな彼女ではあるが、【恋】という手におえない感情の魔物に遭遇した。好きになった相手はハノーヴァー・ホランドという名の騎士だった。


 オウルフォートレス騎士団に所属するハノーヴァー・ホランドという名の男は、まるでの童話の中から出てきたような見目麗しい優雅な騎士だった。

 歳は23歳、瞳は美しい青緑色ターコイズブルー、髪はクセのある柔らかな淡黄色、陽に透けるとキラキラと白銀に見える。そして容姿だけではなく、性格も思慮深く穏やかな気性、その美しい容姿に反して鍛えられた引き締まった体躯を持ち、剣の腕も騎士団内で10指に数えられる腕前だった。質実剛健を旨とする騎士団において、彼の華やかな存在はある意味異質であった。


 絵本の中の王子様なんてないわー。誰にでも優しいとかないわー。うわあ天然八方美人とか無自覚最強。絶対にあれは競争率が高いわー。まあ好みじゃないからどうでも良いけど。

 マージェリーはハノーヴァーを初めて見た時になんとなくそう思った。まあ興味の対象外だったのだ。


 それがどうしてこうなった。

 頭をかかえてマージェリーは甘いため息をついた。



・□・□・□・



 この大陸…ロゼックス大陸には大小合わせて現在は8つの国があり、その大陸の南東にオウルフォートレス、別名【賢者の要塞】と呼ばれ、建国から1000年以上経つ大陸でも最古の王国がある。

 周りの国々が戦で滅び、新たな国が建国されても、オウルフォートレスを統治する国王は代替わりをしても安定した治世を行い、また広大で肥沃な土地を有し積極的に交易も行い、変わることなく現在でもその存在を知らしめている。

 この国が長く栄えている理由には、代々の賢王の安定した統治ともう一つ理由がある。それは【黒の森】と呼ばれる針葉樹の森を保有している事である。


 【黒の森】はオウルフォートレスと隣接する国々を遮る山脈に沿うように広がる広大な針葉樹の森だ。

この森周辺は強固な魔物の出現率が他所より高く、オウルフォートレスが建国される以前は溢れ出した強大な魔物達が大陸全土を脅かしていたとされる。実際山脈を越えた魔物によって他国が甚大な被害がもたらされる事が数十年に一度や二度は起こる。山脈に隔てられている他国はそれで済むが、オウルフォートレスはそうはいかない。隣接している部分が全て森であるため、魔物の脅威に常に警戒しなければならない。オウルフォートレスはその森の監視を騎士団および魔道士団で行い、常に最前線で魔物達と戦い、森に封じ込め、それが1000年以上続いている。故に、オウルフォートレスに攻め入ろうとする侵略者はない。この森の扱いの難しさとオウルフォートレス騎士団、魔道士団の強さを知っているためだ。


 騎士団と魔道士団の【黒の森】への監視巡回はよくある日常だった。そして新人を連れての実地演習も日常だ。

 オウルフォートレス騎士団と魔道士団は混合で5名~10名程の隊をそれぞれ組み、森を監視するのが常だ。森の中では大人数で行動することは適しておらず、隊を細かに分け、あらかじめ各隊の場所が把握出来るように陣形を組んで森を監視している。


 新人の内は様々な隊に所属し適正場所を見極められる。マージェリーも学院を卒業したばかりの魔導士見習い・・・新人であり、この日は第2師団第3連隊に配属された初日だった。騎士6名、魔導士2名の総勢8名。そのうちマージェリーと少年さを残す騎士のイネスが新人である。


 ザクザクと歩き定められた場所にて魔物の痕跡や異変はないか等を確認し、魔導士によって魔法結界を補強する。この結界があれば、魔物がこちら側へ侵入した場合、即座に近辺の魔導士及び魔導士団へ通達が行くようになっている。この結界はオウルフォートレスに隣接する黒の森全てに廻らされた広大なもので、隊の配置された各々の箇所で魔導士達が補強を繰り返している。

 結界補強を終えたマージェリーともう一人の魔導士のラタンはほっと息をつく。いつもなら、この結界はかなりの頻度で警鐘を鳴らすのだが、今日の黒の森は存外に静かだった。


「平和なのが一番だよねえ」

 第3連隊隊長のリカオンは己の武器である弓をいつでも構えられる姿勢を取りつつも、口調はのんびりとしている。リカオンはオウルフォートレス騎士団隊長格の中で唯一弓を扱う隊長であるせいか、他の屈強な隊長たちとは違い、小柄で引き締まった体躯の穏やかな騎士だった。そんな隊長故か、この隊の空気はどこかアットホームな雰囲気を醸し出している。所属する騎士や魔導士も他の隊よりも穏やかな顔ぶれなのは気のせいではないだろうとマージェリーは感じた。

「まあそうですね、俺らはもれなく食いっぱぐれますが」

 肩をすくめつつも軽い口調で長身の騎士グレンが返事をする。マージェリーの身長よりも長いであろう槍を片手で簡単に持っている。

「平和が一番ですが、無職になるのは困りますね」

 恐ろしいほどに見目の麗しい騎士であるハノーヴァーが笑いながら会話に加わる。

「ハノーヴァーはきっと食いっぱぐれないぞ。綺麗なご婦人方がここぞとばかりに世話を申し出て来るからな!」

 立派な髭を蓄えた大柄の騎士クワットが「がはは」と笑いながら体をゆする。

「ぷぷ! 実際にありそう!」

 ムードメーカーでお日様のように元気で明るい騎士のゼイトアードが同調する。マージェリーも声には出さなかったがうんうんと同意した。

(本当にいるんだなあ、こんな絵本の中の王子様みたいに綺麗な人・・・)


「そんな事あるはずないでしょうが!」

 少し頬を赤らめた困り顔すら絵本の挿絵の一幕のようである。

 どうりでこの隊に決まった時、他の女性陣から羨ましがられたハズだとマージェリーは思った。柔らかな淡黄色の髪色や長い睫、整った鼻梁、優しげな目元、そこに輝く青緑色ターコイズブルーの瞳、無骨に見えるグレーの騎士服すらすらりとした長身に似合い優雅に見えるとは、美形は恐ろしい。ただマージェリーからすればハノーヴァーに感じる驚きはそれだけだ。キャーキャー騒ぐ彼女たちの気持ちはいまいち理解できない。それよりも貯金額のチェックの方が大事だった。


 そんな時だ、キン!と結界が揺れる音にマージェリーと魔導士ラタンが即座に反応する。すぐさま隊長であるリカオンに視線をやれば、緊迫した空気をすぐに察知したリカオンや騎士たちが真剣な顔つきで武器を引き抜き体制を整えた。

「周辺で一部結界に反応があります!」

 タイミング良く東方向先で地響きと低い咆哮、赤い色をした狼煙のろしが立ち上り、炸裂音が響き渡る。即座にリカオンが判断する。

「第4連隊応戦中! 援護に向かう!」

「「「「はい!」」」」


 応戦しているであろう第4連隊がかすかに森の奥から見えた時、第3連隊全員が息をのんだ。

「あれは・・・」

「ラタンとマージェリーは後ろに下がって支援開始、イネスは二人を守れ。他はいつも通り行くが、第4連隊を援護しつつ後退する。無駄に突っ込むな。あれはなかなか骨が折れるぞ」

 リカオンの言葉に頷いた隊員たちが布陣を組んでいく。

「あれじゃあ食いっぱぐれは当分なさそうだよ」

 前を見てゼイトアードが笑う。

「オレ達が生きてればな」

 先頭に立ったグレンが盾を構えながら苦笑いを零す。

「あれは黒の森からは一歩も出さない」

 ゼイトアードの隣にいたハノーヴァーが生真面目に呟いた。


深淵アビス黒髭蜥蜴ブラックビアード!!」

 マージェリーは前方に見える巨大な蜥蜴の魔物の姿に息をのみつつも、彼らの落ち着いた会話に驚いた。あれは黒の森の魔物の中でも上から数えた方が早い高位の魔物だ。人々は畏怖を込めて【深淵、奈落、闇、黒】等を強力な魔物の名前にしている。騎士団全体でも年に1度遭遇するか、しないかレベルの魔物だ。少人数で対峙できる敵ではない。

(よりにもよって遭遇とかさ!!)

 マージェリーは覚悟を決めた。もちろん絶対に生きぬ行く覚悟だ。


 ・・・


(生きている、めっちゃ頑張ってるよ私)

 ガリガリと削られていく魔力に引っ張られるように、マージェリーの体力の限界も近づいていた。ここで意識を失ったら最後だと分かる。深淵アビス黒髭蜥蜴ブラックビアードの不意を突いた遠距離魔法によってマージェリーとラタンは体中のあちこちに裂傷を負っていた。魔力耐性の低いであろう新人騎士であるイネスにおいては、よく剣を持っていられるなという有様である。

 支援魔法特化のラタンと違い、補助と攻撃魔法が得意なマージェリーは心の底から支援魔法をもっと覚えようと誓った。


 第4連隊に合流した第3連隊は、深淵アビス黒髭蜥蜴ブラックビアードによって壊滅しかかっていた第4連隊の隊員らを回収しつつ、他の隊との合流の時間稼ぎを行っている。近距離の尻尾と鋭い口と手足の攻撃、そして魔法を扱う高度な知能を持った深淵アビス黒髭蜥蜴ブラックビアードは、予想通りの強敵だった。地響きのような咆哮は一時体が竦むほど。

 前衛の動きは的確であったが、第4連隊を庇っての行動は分が悪かった。


「イネス!!」

 深淵アビス黒髭蜥蜴ブラックビアードの咆哮によって現れた魔物と対峙していたイネスが、魔物を屠った後ついに地面に片足を付く。

「私が回復します! ラタンは前衛の回復を!」

 頷いたラタンがマージェリーとイネスの傍を離れる。イネスの一番酷い脇腹の傷へマージェリーが回復魔法をかけるが、この傷ではすぐには戦えないだろう。

「マージェリー伏せろ!!」

 響き渡るリカオンの声で、マージェリーは咄嗟にイネスを抱えて地面に伏せる。倒れた瞬間、頭上の空気が振動しすぐ側でドスっと響く音、魔物の怒り狂った唸り声。マージェリーが顔を上げると、今にも襲いかかってきそうな魔物の腕に矢が突き刺さり暴れていた。

(マズイ)

 一瞬はリカオンの矢で助かったが、この矢傷は致命傷ではない。マージェリーに向かって怒り狂った魔物が矢傷のない腕を振り上げる。・・・けれどその魔物はマージェリーには襲いかかってはこなかった。一瞬でその魔物の首と胴体が離れたためだ。緊迫した場面にも関わらずマージェリーはあっけにとられて大きく目を見開く。

「間に合った・・・っ!」

 ギラギラと輝く青緑色ターコイズブルーの瞳とマージェリーの瞳がかち合う。ハノーヴァーの片手がぎゅうとマージェリーを引き寄せ抱きしめると、すぐに剣を構え新たに現れた魔物へ向かう。マージェリーが見たハノーヴァーの横顔は、普段と全く違う表情であった。

・・・冷めた表情、青緑色ターコイズブルーの瞳を細め、酷薄な笑みを浮かべる。

「根絶やしにしてやる」

 ハノーヴァーに意識を持っていかれていたマージェリーだが、すぐさまハノーヴァーの剣に属性付加の呪文を唱え、立ち上がりかけているイネスへと肩を貸しリカオンやラタンのいる場所へと足を向けた。

(あれが、ハノーヴァー・ホランド・・・?)

 振り返ったマージェリーが見たものは、魔物の急所を的確に狙うハノーヴァーの姿。

 そのすぐ後に、後方より他隊が合流し、深淵アビス黒髭蜥蜴ブラックビアードを森の奥へと追い払い、マージェリー達は九死に一生を得たのだった。



・□・□・□・



「生きてるって素晴らしいなグレン! もうマジでっ!!」

 ゼイトアードがグレンの肩に腕をかけ笑い、リカオンが横になっているイネスの頭を撫で、クワットとラタンがやれやれと頷き合う。マージェリーはほっとしながらもなぜか気持ちがソワソワと逸り、キョロキョロと周りを見渡す。ハノーヴァーに助けてもらった礼をしたかった。

(それに何故、あの時私を抱きしめたのか。それに思慮深く穏やかな気性と評判のハノーヴァーのあの変わり様が気になる)

 すぐにハノーヴァーの姿は見つけられた。

 鞘に納めた剣の柄をぎゅっと握り締め、森の先、山脈や空を見つめているのだろうか。穏やかな表情とも違う、戦闘時の冷酷な表情とも違う、凪いだ風のような・・・どこか哀しい表情をし、ハノーヴァーは静かに佇んでいた。

(どれが、本当の、ハノーヴァー・ホランド・・・?)

 美醜ではない、ハノーヴァーの感情にマージェリーはストンと心を囚われてしまった。

 ハノーヴァーの事をもっと知りたいと思った。話したいと思った。その表情の意味を教えてほしいともマージェリー思った。

(私、彼に惹かれている。苦しい。)


 まんまと吊り橋効果に引っかかっている気がする。

 気がするけれどあの態度や表情が忘れられない。

 相手は競争率の高い天然八方美人な騎士。


 この日から、ハノーヴァーへのマージェリーの涙ぐましいアタックが始まったのだった。

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