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議案13:「終わりとは次の始まりだと、信じたいね」

 私立東央学園・学園祭。

 5000人の生徒の自主的運営によって行われる学園最大のイベントであり、金銭こそ動かないものの、関連資材の発注などで一定の経済効果をご近所の商店街等にもたらしていると言うことで有名だ。 

 そしてその学園祭の出し物の中でも、全生徒が熱狂を孕んで迎えるものが3つある。



 第一に、校舎を丸ごと使用して行うサバイバルゲーム「学園戦争」。

 第二に、演劇部・演出部・文芸部・メカ部などが合同で行う大演劇「東央物語」。

 そして第三に、最も小規模かつ大規模な出し物……それが。



『第48回! 東央学園一のバカップルは誰だ!? 大! カップル・コンテストオオォ――――ッ!!』



 オボロは死んでいた、精神的に死んでいた。

 何故なら彼は軽音部がライブで使用するような大講堂の壇上にいて、しかもスポットライトを浴びていて、おまけに目の前には超満員で満員御礼状態な生徒達がズラリと並んでいたからだ。

 左右にも十数人程人間はいるが、正直あまり意味が無い。



『さぁ! さぁさぁさぁ! 今年も例年通りにやって参りましたこの時間が! 今2年生の私は昨年1年生として端から見るだけでした! 悔しかった! 努力した! そして今ここでマイクを握っています! 皆さん! 拍手を! 努力した偉い子な私に拍手を!』



 壇上でマイクを持ったおさげの少女が何やらハイテンションで叫んでいる、確かマイクパフォーマンス部の副部長だったはずだ。

 そして何故か本当に拍手する生徒達、200人からいる人間達の拍手となるとかなり壮観だ。

 なお、オボロは心が死んでいるので何も言わなかった。



『うーん……ありがとう! ありがとう! 皆さんの拍手で私、泣いちゃいそうです! キュンキュンします! でも残念、私の心は部長のものなので皆さんに捧げることが出来ません! ですよねっ、部長!』

『黙れ、早く進めろ』

『もうっ、照れ屋さん♪ というわけで、第48回カップルコンテストを始めます! でもその前にご紹介、毎年恒例、風紀委員会の皆さんです! 毎年ご参加頂いてますが、今年はちょうど男女4人なので、2組に別れてのご参加で――すっ!』

「聞いてませんよ!?」



 ここで初めてオボロが反応した、天性の才が彼にツッコミをさせたのである。

 ちなみに隣でオボロが胸につけているのと同じナンバーの札をつけたレンが、「ははは」と優雅に笑っているのが非常にムカついた。

 背景に星を飛ばした所で、誤魔化されてなどやらない。



「いやオボロ君、これは我が風紀委員会の伝統でね、監視も兼ねているのだよ。何しろミスコンは女性差別的だし、ミスターコンテストはかといって誰も喜ばないし、ならばカップルでと言う紆余曲折を経たこのイベントには、過去の風紀委員会も随分と手を」

「初耳ですよ!」

「それはキミが知らなかっただけだろう、カレル君もユウも知っている。なぁ?」

「ええ、まぁ。我々は昨年からいましたしね」

「……すやぁ……」

「ほらユウもそう言っている」

「寝言は寝てから言ってください」

「……上手いこと言ったつもりかね?」



 殴っていいですかと、オボロは心の中で誰かに聞いた。



「ふむぅ、そこまで不満なのかね? 一応はパートナーなのだから、少しばかり傷ついてしまうよ」

「え、レン先輩って傷つくんですか?」

「キミはこの数ヶ月間、私の何を見ていたんだい……?」



 流石に呆然とした目でオボロを見るレンだが、しかしすぐに気分を変えたのか、笑みを浮かべた。

 そう言う笑みは大体、オボロにとっては良くない何かを持ってくる。

 まぁ、彼女が何か「良いこと」を持ってきたことがあるかは謎だが。



「ま、それはともかく」

「ともかくで片付けないでください」

「ともかくで片付くさ、何しろこれは風紀委員会の仕事なのだから」



 にやりと笑って、レンがオボロを見る。

 艶めいている、と言うよりは、悪戯っぽいと言った方が正しいが。



「だから安心して、私の恋人役を務めてくれ」



 それでいて、妙にドキリとさせられる顔だった。

 ふわりと微笑したわけでも顔を赤らめたわけでも無い、ただ事実を言っただけだ。

 でもだからこそ、「恋人」と言う単語に妙に力が入っているような気がした。

 何らかの、力が。



 ……まぁ、気のせいかとオボロは思った。

 正直に言わずとも柄に合わないイベントではあるが、風紀委員会の仕事となれば無碍にも出来ない。

 だから仕方なく、納得することに……。



『なお、優勝カップルにはこの「学園一のバカップル」タスキで学園祭最後のキャンプファイヤーに来て頂きます、こうご期待!!』

「レン先輩、俺急に腹痛が!!」

「ははは、実は結構乗り気なんだねオボロ君、すでに勝ったつもりかい? うふふ」

「何で急に上機嫌になったんですか!? 何か俺、レン先輩なら引き当てそうな気がするんですよ……!」



 何故か上機嫌になったレンにすがりつくオボロだったが、上機嫌になったレンが止まるはずも無く。

 いつものようにいつもの如く、彼はなし崩し的に流されることになるのだった。

 ――――残り少ない、「いつもの」。



  ◆  ◆  ◆



『バレンタイン――――それは、乙女の一大決心、いや一大決戦、いやさ一大決勝』



 マイクパフォーマンス部の副部長が意味不明なことを言っている、舞台裏でオボロはそんなことを思った。

 ちなみに今は秋、バレンタインなど遥か彼方の話題だ。

 だと言うのに、あの副部長は何を言っているのだろうか。

 しかしそれは、すぐにはっきりすることになる。



『私も乙女です、バレンタイン当日には部長のためにチョコレートを用意しました。チョコフォンデュのチョコだけ用意しました。え、チョコをかけるものが無いだろうって? そんなの目の前にあるじゃないでうすか部長、そう、貴方のめ・の・ま・え・に。きゃっ、言っちゃったぁ♪ みたいなことを全国展開する日、それがバレンタインなのです……だから部長、後頭部を掴んでチョコの中に顔面から突っ込ませる日じゃないんです!』

「俺はお前を見ていると苦味しか感じない」

『ビターなんですね、わかります。と言うわけで、告白3連発第一弾! バレンタインの日に紅白、じゃない告白タァ――イムッ!!』



 わあああぁぁ……と盛り上がる会場、何故か生徒達の手にはプレーンパイがある、アレだ、バラエティなどで顔面にぶち当てて遊ぶ物である。

 何故それがあるかと言えば、あまりにもリア充なカップル、主に彼氏側にぶつけるためである。

 ぶつけられた個数が点数になるのだと言う、何だそのシステムは。



 そして始まる告白大会、オボロは始まる前から胸焼けを感じていた。

 ただ少々盛り上がりに欠ける部分はあったようだ、何故なら参加者はここにいる時点でカップルなのだから、告白と言うイベントを通り過ぎている。

 つまり「慣れ」や「わざとらしさ」が滲んでいて、こう、初々しさや新鮮さが足りないのである。

 なので参加者に投げられるパイの数も、まだまだ良心的な範囲だった。



「ふ……その点、我々は優位にある、何故かわかるかねオボロ君」

「カップルじゃないからだと思います」

「その通り、ふふ、我ら風紀委員会の実力を見せ付けてやろうじゃないかね」

「カップルじゃ無い時点で実力も何も無いと思いますけどね」



 テンションの上がりきらないオボロ、そんな彼にレンはやや唇を尖らせた。

 拗ねているようにも見えるが、オボロはそれを何らかのポーズであると見抜いていた。

 見抜いた上で無碍に出来ないのだから、オボロもなかなかであるが。

 そして、ふとレンが顔を上げて。



「むむ、どうやらついに我々の出番らしいね。まずはカレル君とユウか」

「……ユウ先輩、寝てるんですけど」



 オボロも顔を上げて、壇上に上がったカレルとユウの様子を見る。

 するとどうだろう、カレルはユウをお姫様抱っこしていた。

 美男美女の登場、それもお姫様抱っこに会場が湧いている、まぁ確かに見た目は飛び抜けている。

 だがユウは変わらず寝たままだ、はたしてそれでどうするつもりなのか……。



『む? むむむむ……こ、これは!?』



 その時、マイクパフォーマンス部の副部長がくわっ、と目を見開いた。

 彼女の視線はユウの胸元に注がれており、しかし豊かな肉質を誇るそこでは無く、首元に注がれている。

 何かを思って注視すれば、そこにはピンク色のリボンが巻かれていた。



『こ、これはぁ――……これはっ、まさかのっ、「私を食べて」リボンだああぁ――――ッッ!!』

「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!??」」」」



 講堂が揺れそうなくらいの怒号が響き渡る、オボロは静かに自分の手で耳を塞いでいた。



『何と言うことでしょう、私達は告白と言えば「好きです」と告げることだけが全てだと思っていました。しかしこれは、彼の腕の中で眠ることで安心感を示し! あえて無防備を晒すことで信頼感を示し! しかしてリボンで彩ることでOKを示し! しかもお姫様抱っこ! あ、タカギさんどこへ!?』

「ええ、ちょっとベッドのある所まで」

『そのまま姫始めですねわかります! きゃーきゃー、じゃない、キュンキュンしちゃいますね! チョコ要素ゼロですが、もう2人の関係がマイスィートなのでOKでしょう! と言うか、想像するだけでもう、もう……!』

「レン先輩、俺あの副部長どうにかした方が良いと思います」

「……む? すまないオボロ君。アレを超えるパフォーマンスを考えるのに忙しかった。何か言ったかい?」

「いや、もう良いです……」



 もう、オボロは何も言えなかった。

 しかし彼は忘れていた、この後は自分達が壇上に上がるのだということを。

 それを思い出した時、彼は背を向けて。



「さぁ行こうオボロ君、私達の仲を見せ付けてやろうじゃないか」



 首根っこを掴まれ、引きずられていくのだった。



  ◆  ◆  ◆



 客観的に見れば、そのペアは非常に異色であったと言えるだろう。

 まぁ彼女に引きずられて登場したのはそのペアだけだったし、彼氏側にやる気が見られなかったからだ。

 と言うか、カップルですら無いのだが。



『おぉっと、これまた斬新な登場です。女王様と下僕って感じですね、うちの部長も王様気質で本当に困りますわかります。でもツンデレだと思えば大抵のことは笑って流せます泣きます』



 マイクパフォーマンス部の副部長はともかくとして、オボロは引きずられて離された体勢のままそこにいた、つまり座っていた。

 いざ壇上に出てみるとわかるのだが、会場にいる男達の視線が痛い、かなり。

 レンが高い男子生徒の人気を誇っているのは知っていた、だから出たくなかったと言うのもある。

 ……はたして、彼は明日から校内を無事に歩けるのだろうか。



 そんなことを考えている時、ふと目の前にレンがしゃがみ込んでいることに気付いた。

 睫の数を数えられそうな程近い位置にあった顔に、オボロは数センチ程後ろに頭を傾けた。

 先にも言ったが男子生徒の人気が高いレン、それだけの顔の造形は整っている。

 それは前から知ってはいたが、頬を染め瞳を潤ませると言うオプションをつけるだけでかなり違う。

 何故か、身に纏う雰囲気すら薄くなったように感じてしまう。



「オボロ君」

「な、何でしょう」

「……目を、閉じていてくれるかな?」



 ドギマギするオボロ、しかしレンは何も言わず、ただオボロがそうしてくれるのをじっと待っていた。

 舞台に上がった途端に雰囲気の変わったレンに、オボロは戸惑いを隠せない。

 伏せる瞼、しゃがんだ膝に置かれた震える小さな手、儚げに揺れる髪先。

 その全てが、レンと言う少女にいつもとは違う、「女」の香りを与えていた。

 あのマイクパフォーマンス部の副部長でさえ、生唾を飲み込みながら黙り込んでいる。



「オボロ君」

「いや、あの」

「早く」



 急かす声に艶を感じて、反射的にオボロは目を閉じた。

 真っ暗になった視界の中で、クスリと笑う誰かの声だけが耳に届いた。

 そして空気が揺れる感覚があって、間を空けることも無く。



 ――――ぴとっ。



 唇に何かを感じて、オボロは驚いて目を開けた。

 その瞬間に唇を割り開いて口内に入ってきた何か、そこから感じるのは仄かな苦味を帯びた甘味で。

 取り戻した視界には、チョコレートをオボロの口に押し付けているレンの悪戯っぽい笑顔。

 チョコを押し込む際、僅かに唇に触れた指先の柔らかさが嫌に印象に残った。



「――――期待、したかい?」

「げふっ、いや別にそんな」

「続きは」



 ふ、と耳元に感じた吐息と、鼻腔を擽るチョコのような甘い香り。



「2人きりの、時にね」



 2人きりの時には、何だというのだろうか。

 いつもなら身の危険を感じる所なのだが、しかし今のレンは妙に艶めいていて、レンも何も言えなかった。

 そしてその時の彼の顔を見て、初めてレンはいつもの雰囲気で笑った。

 その微笑みは、妙にレンの視界に焼きついて――――そして。



「……おや?」

『おおっと、これは今までで一番の得点だああぁ――――ッ!!』



 そして、顔と言わず全身に降りかかったパイによって、真っ白に染め上げられたのだった。

 と言うか、どうやってレンを避けてオボロにだけパイをぶつけることが出来たのか。

 東央学園の、永遠の謎だった。



  ◆  ◆  ◆



 まぁ、実際は謎でも何でも無く、単純にからかわれただけだろう。

 オボロがそう結論付けたのは結局、学園祭の最後のイベントの時間になってからだった。

 つまり学園祭で使用した木材や資材を燃やして行うキャンプファイヤーと、その周囲を回って行われるフォークダンスの時間だ。



 定番と言えば定番だが、しかし実際にやっている学校は案外少ないのでは無いだろうか?

 まぁしかし、そんなことを考えて現実逃避しても仕方が無い。

 何故なら今、オボロは極めて危険な状態にあったのだから。



「オボロ君、私は常々思うのだよ。この男女同権の世の中にあっても、ダンスとは殿方がリードする物だと。何しろ作法は変わらないからね、パーティ会場でもシャルウィダンスと誘うのは男性からだ。女性には待つことしか許されていないのだよ」

「そ、そうですね」

「気持ちはわかる、何しろ我々は今カップルコンテストチャンピオンの証である『学園一のバカップル』タスキをかけている。つまりかなり目立っているわけだが、しかしそれを勘案してもだね」



 チラリ、と後ろを振り向いて、レンは深く溜息を吐いた。

 煌々と燃えるキャンプファイヤーの火に顔を照らされながら、2人は今限りなく近くにいる。

 周囲には共に輪になっている他のペアもいる、同性同士も何組かあるようだ。



 つまり、カップルコンテスト優勝の副賞(罰ゲーム?)でフォークダンスに参加しているのである。

 そしてフォークダンスで輪になって踊る場合、普通は女性の背中と男性の胸が触れるか触れないか程度に近付くはずである、互いの手を握るのは当然だ……が。

 ――――オボロは手を握りつつも、腰を思い切り引いて触れ合う面積を可能な限り減らしていた。

 正直、かなり不格好である。



「……オボロ君、キミは今の自分の姿に疑問を感じないのかね?」

「大丈夫です、問題ないですから」

「はぁ……カレル君を見たまえ、見事にユウをエスコートしているでは無いか」

「ユウ先輩寝てますよレン先輩」



 と言うか、何故カレルはお姫様抱っこでフォークダンスの輪に加わっているのか。



「……はぁ。オボロ君、流石に私も恥ずかしい。くっつけとは言わないが、少しはまともにやってくれないか」

「う、す、すみません」



 これは流石に自分が悪いと感じたのか、オボロはようやく腰を前に戻した。

 おかげでレンの背中や腰から感じる温もりが増して、しかもその際にオボロの手に触れるレンの指の力が僅かに増して、オボロは思わず甘い香りから逃れるように息を止めた。

 それも長くは持たずに、むしろぶはっ、と息を吐いて、レンがびくりと肩を震わせることになったのだが。



「ひゃっ……お、オボロ君、耳元に息を吹きかけるのはやめてくれないか」

「す、すみませんすみませんすみません!」



 周囲でパイを手に整列し始めた男子生徒達のことはあえて無視して、オボロは何とも情けない腰つきでダンスを続ける。

 慣れてないのもあるが、それ以上にドギマギしているのだろう。

 触れ合うには、気恥ずかしさが勝ってしまう年頃だから。



「ふぅ……いや、何とか今年の学園祭も上手くいって良かった。歴代の委員長が上手く繋げてきたものを、私の代で終わらせるわけにはいかないからね」

「ああ……レン先輩達は、去年も風紀委員会でしたもんね」

「私は1年生の頃からだがね。まぁ、昔の話だよ」

「去年と一昨年の話ですけど」



 でも確かに、そこにはオボロが感じられない感慨と言うものがあるのだろう。

 そんなことを思って、オボロは何とも言えない心地になった。

 共有できない思い出がある、それを自覚すると、何だか胸の奥に空虚さを感じてしまうのだ。

 人はそれを。



「寂しさと呼ぶのだよ?」

「勝手に変なナレーション入れないでもらえます?」

「はは、すまないね」

「うお、ちょ……ちょっと、レン先輩?」



 ぐい、と背中を押し付けられて、オボロは慌てた。

 背中を押し付けられた拍子にややヨロめき、そしてその拍子にレンの豊かな黒髪が顔に触れる。

 背中越しに伝わるオボロの慌てた鼓動に、レンはクスリと笑う。



 これが映画なら、振り向くようにキスの一つもするのかもしれない。

 そんなことを思って、思うから、レンはそんなことをしなかった。

 甘さと苦さと、切なさと照れくささと、嬉しさと苦しさがない交ぜになった心のままに目を閉じる。

 そして。



「――――カップルコンテスト、優勝したのは今年だけだよ」

「……っ」



 囁くように告げた言葉に、相手が息を呑んでくれたことに安堵する。

 照れてくれることに、恥ずかしがってくれることに安堵する。

 嬉しくなる。

 こんな小さなことで、飛び跳ねたくなるくらいに嬉しいだなんて。



 我ながら、何とも簡単な女だ、と思う。

 別に将来が欲しいわけじゃない、そこまで重いことを言うつもりは無い。

 ただ、今日が欲しい。

 それくらいのことは、許されて良いはずだ。



「オボロ君」

「はい?」



 だから彼女は、夢見るように。



「明日からも、よろしく頼むよ」



 そう言って、オボロの匂いに包まれていることを感じたのだった――――。

 パイの、甘い香りと共に。



  ◆  ◆  ◆



 そうして文化祭が終わり、また幾許かの時間が過ぎた頃。

 赤城漣――レンは、ほう、と形の良い唇から吐息を漏らしながら呟いた。

 窓の向こうに見える青空を見て、太陽の眩しさに目を細めながら。



「あれから、もう5年か……」

「経ってませんからね」



 5年の歳月などもちろん経っていない、と言うか5日も経っていない。

 故に何の変化があるでもなく、風紀委員会の一同はいつも通りであった。

 レンは風紀委員長の椅子の上で携帯ゲーム機――レースゲームらしく、身体を左右に振っている――を手に持っていて、カレルは書類の壁の向こう側、ユウは定位置ですやすやと眠っている。



 いつもと変わらない、風紀委員会の風景。

 当たり前の日常がそこにあって、誰も彼もが緊張を感じることも無く時間が過ぎていく。

 彼ら彼女らにとっての、当たり前の時間が。



「いやしかし……ふっ! カップルコンテストで優勝したからと言って……ぬおっ! 何かが変わったりは……ほっ! しない、ああコースアウトした!?」

「レン先輩、ゲームするか喋るかどっちかにしてください」

「……………………」

「……すみません、ゲームやめて喋ってください」

「まぁ、アレだね。ユウに職を譲るまではまだ少し時間があることだし、つまり私の仕事は減らないわけだね。いや大変だ」



 この際、8割以上の仕事をカレルをこなしていることや、次期風紀委員長であるユウが年がら年中寝ていることはノータッチであった。

 次期風紀委員長を指名できるのは現委員長だけだ、そこに他者が介在する余地は無い。

 だとしても、来年は随分と変り種の委員長が誕生しそうだが……。



 ふふ、と微笑んで、レンはオボロを見つめた。

 そしてオボロは、何だかバツが悪そうな、それでいて気恥ずかしそうな顔で目を逸らした。

 それを見て、レンが首を傾げるように笑みを見せる。

 何も変わらない、しかし、変わる何かもある。

 それが。



「……さぁ! 今日も風紀委員会を始めようか!!」

「仕事してないのレン先輩だけですけどね」

「ユウさんはいつの間にか自分の分はやってしまいますからねぇ」

「……すぅ、すぅ……」

「キミ達、もう少し私のことを敬ってくれても良いんじゃないかね!?」





 ――――それが。

 私立東央学園、風紀委員会である。


 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。

 学園祭後編です、今話がとりあえずのラスト。

 13と言う、考えうる限りでぴったりの話数の完結。


 長編としてはやや短めかもしれませんが、初のオリジナルを無事に完結できてほっとしています。

 ただヤマもオチも無いので、少々盛り上がりに欠ける所はあったかもしれませんね。

 でもその分、日常っぽさが出て良かったかなと思っています。


 ……ちゅうの一つも、入れれば良かったか(え)。

 と言うわけで、健全な甘酸っぱさが出ていればな、と思います。


 それでは、メッセージや感想で応援いただいた方々に最大限の感謝を。

 ありがとうございました。

 またどこかで、お会いしましょう。

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