1️⃣ 採用試験編
そろそろ就職せなアカンかなぁ‥
大学を卒業して3年以上経過した。
時はミレニアムの2000年。
就職氷河期の中でも、特に厳しいと言われた超氷河期時代だ。
大学時代の女友達に
『家の近くに消防署があって、よく訓練してるのを見かける。ホンマ、尊敬するわぁ。三太も消防士になったらエエんちゃう?』
あっ、申し遅れました。俺の名前は三太。大学を卒業してからも定職に就かずに過ごしていました。
消防士か〜今まであんまり考えたことがなかったけど、エンジニアとか営業とかよりは向いてるかもな〜
特に深く考えた訳ではない。『何かを売る』とかより『誰かを助ける』方がモチベーションが保てそう、『何かを作る』とかよりは向いてそう。それに特にスキルもなく大学を出て数年フラフラしてる男を雇ってくれる会社なんて、言ったら悪いがブラック企業か、給料の安い企業だけやろう。
いつも暇つぶしで行く本屋で消防士試験の問題を立ち読みで解いてみる。1問目正解、2問目も正解。パラパラ見てみるとそこそこ解けそうだ。その日はその本を買って家に帰った。
その本によると6割が合格最低ラインらしい。なんとなく取れそうかな?そう思って募集している自治体を調べてみる。もう秋になっていたのでほとんどの自治体で試験が終了していた。でも1つだけ募集している自治体があった。その自治体がラッキーなことに、今住んでいる自治体だった。なんでも各消防署や出張所で願書が貰えるらしく、自転車で5分ほどの小さな出張所に取りに行った。
玄関をノックしてみたが応答はない。恐る恐る扉を開け、
『すみませ〜ん』と声を掛ける。
『あ〜い』奥から面倒くさそうな声が聞こえる。
『なに?』中年のおじさんが聞いてくる。
『あの〜願書をいただきたいんですけど‥』
『願書?ん?ああ、試験を受けんの?』
『はい』
『君は高卒か?』
『いいえ、大卒です』
『えっと、えっと‥願書、願書‥』
おじさんがいろんな書類が置いてある棚から願書を探している。
『ああ、これかな?一部でいい?』
『はい、ありがとうございます』
願書を受け取りお礼を言って帰る。
市民接遇が出来てるとは思えないおじさんやったなあー。あんなおじさんと一緒に仕事できるかな?一抹の不安は感じながらも家で願書を確認する。
大卒も高卒も同じ願書だった。あの質問はなんやったんや?
まあ、ええか。
募集要項や待遇を確認する。
年齢的には来年まで受けることができるようだ。初任給は20万程度。消防学校を卒業したら少し給料がアップして各種手当もあるようだ。まあまあ、当時のご時世では随分恵まれていると言えるだろう。
去年の倍率を確認してみる。
50倍近いんかぁ‥そら就職超氷河期やもんなぁ‥合格するために何年か専門学校に通う人も多いぐらいやし、思いつきで受けて合格なんて甘い考えかぁ‥
という不安もよぎる。
まあまあ、不安になっても仕方ない。試験前にいろいろあって忙しかったので直前の10日ほど公務員試験の傾向をチェックして試験に挑む。
最終的に前年より多くの人が受験しており、前年と同じ採用者数なら50倍以上の倍率だ。その頃は昼夜逆転のめちゃくちゃな生活を送っていたので徹夜明けで試験に挑むことになる。
試験は近くの大学で行われ、家からだと電車の便が悪いので車で向かう。大学校内には駐車できず、事前の下調べもしてなかったので、危うく遅刻しそうになった。
なんとかギリギリ間に合って席に着く。問題用紙が配られる。
ん?めちゃ簡単。
さらに周囲の回答用紙も楽々見えてしまう。他人の回答を見るのは罪悪感こそ大して感じないが、倍率が50倍だとしたら98%の確率で落ちる人だと思うとカンニングするメリットを感じない。
時間も余ったので何度か見直す。
これでよし。
合格の可能性は分からないが、今の力は出した。。
倍率から考えると合格する訳ない気もするが、手応え的には合格してても不思議じゃない気もする。そんな気持ちもありつつ、そんなに努力もしてない分、そこまで気になっていなかったが、結果が速達で届き、合格だった。おっ!
たまたま試験会場で会った大学の部活の後輩も合格。2次試験の日程が発表されたが、その日は青年海外協力隊の試験の日だった。実は青年海外協力隊にも興味があり、応募してたのだ。応募してたのはウズベキスタンに逮捕術を教えに行くというものだった。消防ではなくウズベキスタンに行っていれば、その後の俺の人生は大きく変わっていたに違いない。ひょっとしたら今頃はウズベキスタン人と結婚し、ウズベキスタン人になっていたかもしれないし、死んでいたかもしれない。人間、さまざまな分岐点でどちらに行くかで人生、大きく変わってしまう。それは誰にとってもそうだが、俺にとってそこそこ大きな分岐点であったように思う。
話は戻って迎えた2次試験。作文試験と体力試験だ。
まずは作文。試験会場に時計を持って行き忘れたことに気がつく。さすがに時間が分からないのは不安なので、母親にテスト終了5分前に1コールだけして切るよう依頼する。これでよし。
文章を書くのは苦手ではない。作文は簡単なテーマが出題された。
調子良く書く。字は汚いが頑張って書く。横の受験者が消しゴムをよく使い、机が揺れて描きづらいが何とか書く。ほぼ完成した時に携帯の着信音が流れる。1コールで切れず慌てて止める。購入したばかりの携帯電話だったというのもあり、マナーモードに出来ていなかったのだ‥
一瞬、試験官がこちらを見る。お咎めは受けなかったが大丈夫だろうか?不合格確定か?まあまあ、気にしても仕方ない。作文自体はそこそこの出来だった。
その後は体力試験。体力には自信があるので淡々とこなす。人数は少ないが女子も受験しており、割と好みの子もいる。公務員というと面白味のない人間が多そうだが、女子は素朴ないい子が多いのかな?とその時、思った。
まあまあ、そんなことはさておき、体力試験はおそらくトップクラスだろう。作文も上出来だったので合格してそうな気がする。もし、携帯電話の着信音が見逃されるのならば‥
クリスマスぐらいに合格発表が、これまた速達で届く。部活の後輩も合格しているだろうと思って電話したが、まだ届いていないとのこと。不合格の場合は普通郵便で届くらしい。専門学校まで行ってたらしいのに何故?一瞬、気まずい空気が流れる。まあ、仕方ないか。
年明けに身体検査と面接の最終試験がある。大学時代も就職活動なんてしなかったので面接のやり方もあまり分からない。髪型が丸坊主なのも良いのか分からない。まあまあ、そんなに勉強もしてないし落ちても仕方ない。出たとこ勝負で挑もう。
まず先に身体検査が行われる。まあ、異常はないだろう。続いて面接。3人1組で面接官も3人の面接。志望動機や助けた市民に文句を言われたらどうするか?等を聞かれる。一緒に面接を受けた1人はベラベラ饒舌に語る。余計なことを言ってた個人的には印象が良くないように思う。もう1人は口下手すぎて何を言っているか分からない。俺は不器用ですが頑張ります!って高倉健スタイルで勝負。高倉健が功を奏したのか、結果は合格。あとの2人は不合格だったようだ。
合格発表までは3週間ほどあった。面接だけなのに何故そんなに時間がかかるのか?固い仕事なので身辺調査でもあるのか?身辺調査があったら引っ掛かるかもしれんなぁ‥と心配していたが、先ほども書いたが結果は合格。大学を出て定職についていない息子を心配していた母親はとても喜んでいた。
俺も少しは嬉しかったが、果たしてこのまま消防士になっていいのか?少し考えた。もっとやるべきことがあるような気がしたし、まだ安定なんてしたくない、という思いもあった。でも母親も喜んでいるし、高倍率を突破したのを捨てるのも勿体無い気がするけど、他の可能性が減る気もするなぁ‥
などと悠長なことを考えていたら手続きの期限が過ぎてしまった。あっ!
と思ったが、いつもの『まあええか』と思い直した。でも友達と遊んでて夜遅く帰ったら母親から『市の人事の人から電話があったよ。遅くなってもいいから掛け直してって言ってたよ』と言われた。
う〜ん、と思ったが電話してみた。『手続きの期限が過ぎてますが、どうしますか?』と聞かれ、こんな俺みたいなもんはほっといたらいいのに‥とは思ったが、『じゃあ、入ります』と答えた。
『では手続きをしてください』と言われ電話を切る。これは後で聞いたことだが、ギリギリの人数しか合格させてなかったので入って欲しかったのだ。
かくして、俺の消防への就職が決まったのである。
つづく




