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『豊臣秀吉、異世界で商人になる ~天下を取った男、今度は銭一枚から成り上がる~』  作者: あちゅ和尚


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第1話 天下人、銭一枚から始める

 伏見城の奥で、豊臣秀吉は自分の死が近いことを知っていた。


 息を吸うだけでも胸が重い。かつて一日中馬を走らせても尽きなかった身体から、力という力が抜け落ちている。


 枕元には人がいた。


 医師、小姓、近習。少し離れた場所には、秀吉の一言を聞き漏らすまいと控えている者もいる。


 天下を取り、大名どもを従え、城を建て、黄金を集めた。海の向こうへまで兵を送り、この国で自分より上に立つ者などいなくなったはずだった。


 それでも、死にかけた身体一つはどうにもならない。


 秀吉は薄く目を開いた。


 残していく秀頼は、まだ幼い。


 自分が死んだあとも、今と同じように皆があの子へ頭を下げ続けるなどとは、さすがの秀吉も思っていなかった。


 人は動く。


 銭でも動く。恩でも動く。恐れでも動く。


 そして利がなくなれば、昨日まで笑っていた者が背を向けることもある。


 それを誰より知っているのは、自分ではないか。


 秀吉の脳裏を、いくつもの顔が通り過ぎた。


 信長。


 秀次。


 利休。


 異国へ渡った兵たち。


 もっと上へ、もっと先へと手を伸ばしているうちに、ずいぶん遠くまで来てしまった。


 後悔だけで人生を片づける気はない。あの時にはあの時なりの理由があり、天下を取ったことまで悔やむつもりもなかった。


 ただ、もう一度同じ人生をやりたいかと問われれば、御免だった。


 乾いた唇が動く。


「露と落ち……露と消えにし、我が身かな……」


 近くにいた小姓が身を乗り出した。


「殿下」


 秀吉はその声には答えず、途切れそうな息で続きを口にした。


「浪速のことも……夢のまた夢……」


 あれほど欲しかった天下さえ、持っていけぬ。


 なら次があるとしたら、もう少し気楽にやりたいものだ。


 城もいらぬ。天下もいらぬ。


 面白い者を集め、うまいものを食い、自分の才覚で銭を稼ぐ。そんな生き方も悪くない。


 最後にそう思ったところで、豊臣秀吉の意識は途切れた。


     ◇


「ユアン! いつまで寝てるの!」


 女の声が耳に刺さった。


 秀吉は目を開けた。


 見覚えのない板張りの天井がある。


 太い梁から乾燥させた草が吊られ、部屋の隅には木箱と麻袋が積まれていた。伏見城の香の匂いではなく、干した果物と穀物、それに古い木材の匂いが鼻に入ってくる。


「……どこじゃ、ここは」


「どこって、自分の部屋でしょう?」


 入口に少女が立っていた。


 栗色の髪を後ろで束ね、茶色い前掛けをつけている。抱えているのは帳面らしい。


 知らない。


 そう思った瞬間だった。


 ――リゼ・ハルナ。


 名前が頭に浮かんだ。


 十七歳。バルガス商店の帳場見習い。


 秀吉は少女を見たまま黙った。


「何?」


「いや……おぬし、リゼか」


「そうだけど」


 リゼの眉間に皺が寄った。


「おぬし?」


「ん?」


「それに今、『どこじゃ』って言った?」


「言うたかの」


「それ。それよ」


 リゼが帳面で秀吉を指した。


「昨日までそんな喋り方してなかったでしょう。何よ、その年寄りみたいな喋り方」


 秀吉は少し考えた。


 身体を起こす。


 軽い。


 腕が簡単に持ち上がり、膝も痛まない。


 掌を見れば、老人の手ではなかった。多少荒れてはいるものの、若い男の手だ。


「昨日のわしは、どう喋っとった?」


「わしって……」


 リゼはますます怪訝な顔になる。


「普通に『俺』って言ってたわよ。朝からどうしたの?」


「そうじゃったか」


「だから、それ!」


 秀吉は思わず笑った。


 五十年以上使ってきた口が、若い身体へ入ったからといって急に直るものでもないらしい。


「妙な夢を見たせいかもしれんな」


「どんな夢を見たら一晩でお爺ちゃんになるのよ」


「長い夢じゃった」


 答えながら立ち上がる。


 自分の名も自然と分かった。


 ユアン・ロッツ。


 十八歳。


 両親はすでになく、小さな商店へ住み込みで働いている。


 それだけではない。


 この街はローデン。


 西にはセラ河の河港があり、東門から王都へ続く街道が伸びている。中央には市場、北側には商業ギルドと大きな商会が集まっている。


 文字も読める。


 銅貨、銀貨、金貨の違いも分かる。


 店までの道も、昨日何を運んだかも知っている。


 だが、不思議なことにユアン本人の気持ちは何一つ浮かんでこなかった。


 残っているのは、暮らすために身体が覚えていた事柄だけらしい。


「ユアン?」


 リゼが心配そうにこちらを見ている。


「大丈夫じゃ。腹も減っとるし、身体もよう動く」


「喋り方以外はね」


「そこはそのうち何とかなるじゃろ」


「直す気ないでしょう」


 鋭い。


 秀吉は答えず、壁際にあった小さな鏡へ向かった。


 そこには見知らぬ若者が映っていた。


 黒に近い茶色の髪。少し痩せた頬。整っているとは言い難いが、愛嬌のない顔でもない。


 十八歳の身体。


 秀吉は頬を撫でた。


「若いのう」


「十八歳なんだから当たり前でしょう」


「そりゃそうじゃ」


 リゼがますます変な顔をする。


 どうやら口だけでなく、振る舞いそのものにも気をつけた方がよさそうだった。


 とはいえ、死んだと思った次に十八の身体を与えられたのだ。


 少しくらい楽しんでも罰は当たるまい。


「で、わしは何をすればええ?」


「裏の梨を選り分ける仕事。オルドさん、もう二回呼びに来たわよ」


「なら三回目が来る前に行こうか」


「……やっぱり変」


 リゼの小さな呟きを背中に受けながら、秀吉は階段を下りた。


     ◇


 バルガス商店は、中央市場の西端にあった。


 表には豆、芋、小麦、干し肉、乾燥させた薬草が並び、奥の棚には果物が積まれている。


 小さい店だが、汚くはない。


 品物の並べ方にも無駄がなく、売れる物が客から見やすい位置へ置かれていた。


 店主のオルド・バルガスは四十八歳。


 秀吉が下りていくと、太い腕で麻袋を持ち上げながらこちらを睨んだ。


「ようやく起きたか、ユアン」


「すまんかった」


 オルドの動きが止まった。


「……お前、どうした?」


「何がじゃ」


「その喋り方だ」


 やはりこちらも気づく。


「妙な夢を見ての。まだ少し引きずっとるようじゃ」


「夢でそんな喋り方になるか?」


「なったものは仕方あるまい」


 オルドはしばらく秀吉の顔を見ていたが、やがて鼻を鳴らした。


「熱がないなら働け。裏に傷梨が残ってる。腐ってる物を除いて、まだ売れるやつだけ分けろ」


「分かった」


 店の裏へ回る。


 木箱が三つ積まれていた。


 中身は黄色い梨に似た果物だ。


 一つ取って匂いを嗅ぐと、甘い香りがする。


 表皮に傷がついた物や形の悪い物が多いが、腐ってはいない。


「これはいくらで売っとる?」


 ついてきたリゼが答えた。


「傷物なら八個で銅貨六枚。きれいなのはもっと高いわよ」


「一個では?」


「ここではほとんど売らない。家で食べる客が多いから、皆まとめて買っていくもの」


「港ではどうじゃ」


「河港区?」


 リゼは少し考えた。


「果物を扱う店はあるけど、中央市場より高いわ。河港区は店賃も場所代も高いから」


「一個売りは?」


「あるにはあると思う。でも高いわよ」


 なるほど。


 別にこの街の商人が馬鹿なわけではない。


 中央市場は家庭向けだからまとめて売る。その方が一度に数が動き、店員一人あたりの売上も大きくなる。


 河港では場所代が高いぶん、売値も上がる。


 それぞれに理由がある。


 秀吉は梨を選り分けながら、店の表を眺めた。


 昼が近づくにつれ、市場へ入ってくる客の数が減っている。


 代わりに、西へ向かう男たちが増えていた。


 肩に縄を掛けた者、腰に革手袋を差した者、服に木屑や土埃をつけた者。


 河港で働く荷役人夫だ。


 何人かは市場へ寄るが、多くはそのまま西へ抜けていく。


「リゼ。ここから河港まで歩いてどれほどじゃ」


「十五分から二十分くらい」


「昼休みに往復すれば、それだけで半刻近く潰れるわけか」


「そうね」


 男たちの一人が、通り沿いのパン屋で小さなパンを一つだけ買った。


 籠など持っていない。


 その場で齧りながら歩いていく。


 秀吉は手元の梨を見た。


 二十四個。


 今日中なら十分食える。


 明日まで置けば、さらに値を下げねばならない物もあるだろう。


 木箱を抱えて表へ戻った。


「オルド」


「今度は何だ」


「この梨二十四個、わしに売ってくれんか」


 オルドが眉を上げる。


「お前に?」


「八個で六枚なら、二十四個で十八枚じゃな」


「そうだが、お前、十八枚も持ってないだろう」


「持っとらん」


「じゃあどうやって買う」


「売ってから払う」


 オルドの顔が露骨に険しくなった。


「それは買うとは言わん」


「なら、わしに一日だけ貸しを作ってくれ。二十四個を十八枚で買ったことにする。今日売れなんでも、十八枚はわしが払う」


「何で払うんだ」


「これから稼ぐ。足りなんだら給金から引いてくれてええ」


 横にいたリゼが口を挟んだ。


「ユアン、本気なの?」


「本気じゃ」


 オルドは梨と秀吉を交互に見た。


「どこで売るつもりだ」


「河港じゃ。一個ずつ売る」


「河港は場所代がかかるぞ。それに店を一人抜けさせてまで、傷梨を売りに行くほど儲からん。だから俺もやってない」


「道理じゃな」


 秀吉は素直に頷いた。


 オルドはまともな商人だ。


 店員一人を一日河港へ張りつかせ、運搬の手間までかければ採算が薄い。それならこの店で夕方に値下げした方がいい。


「じゃが、今日は昼の荷運びも一段落しとる。わしが二刻も三刻も向こうにおる必要はない。一箱だけ持っていって、売れたら戻る。売れなんだら今日の給金から引け。それなら店の損は十八枚より増えんじゃろ」


 オルドはすぐには答えなかった。


 計算している。


 その顔を見て、秀吉は内心で少し嬉しくなった。


 話が通じる相手はいい。


「一刻半だ」


 やがてオルドが言った。


「それまでに戻れ。十八枚は必ず店へ入れろ。売れ残った梨はお前の物だ」


「十分じゃ」


「それから河港の規則を破って店の名前を汚すなよ」


「心得た」


 木箱を抱える秀吉に、リゼがまだ納得できない顔を向けた。


「一個いくらで売るつもり?」


「銅貨一枚」


「二十四個全部売っても二十四枚。そこから十八枚返したら六枚しか残らないわよ」


「そうじゃな」


「場所代だってあるのに」


「それを確かめに行くんじゃ」


「儲からないかもしれないでしょう」


 秀吉は足を止めた。


「なら次から行かん。それだけじゃ」


 大層な理屈ではない。


 一度やって、合わなければやめる。


 人も商いも、外から眺めているだけでは分からぬことがある。


「行ってくる」


 今度こそ店を出た。


     ◇


 セラ河の河港は、中央市場とはまるで空気が違った。


 岸には大小の船が並び、荷車が石畳を行き交っている。倉庫の前では男たちが木箱や麻袋を運び、船員らしい者が怒鳴り声を上げていた。


 秀吉はすぐに梨を売り始めなかった。


 邪魔にならぬ場所へ立ち、しばらく人の流れを見る。


 荷を運んでいる最中の者に声をかけても買わない。


 仕事を終えた者は手を洗い、倉庫脇の日陰へ集まる。


 食べているのはパン、干し肉、焼いた豆。


 少し先に果物を並べた店もあったが、一個銅貨二枚の札が出ている。


 こちらの傷梨なら一枚でも利益は出る。


 秀吉は休憩へ入った男たちの近くまで箱を運んだ。


 先にこちらへ目を向けたのは、首に布を巻いた大柄な男だった。


「梨か?」


「そうじゃ」


「いくらだ」


「一個、銅貨一枚」


 男が箱を覗き込む。


「傷だらけだな」


「味まで傷ついとるかは、食えば分かる」


「言うじゃねえか」


 男が笑い、銅貨を一枚放った。


 秀吉は熟れ具合のいい一個を渡す。


 男は服で軽く拭いてから齧った。


「……甘いな」


「じゃろ?」


「もう一個くれ」


「腹いっぱい食う気か」


「こっちは持って帰る。娘が梨好きなんだ」


 秀吉は箱の中から、表面の傷が浅い物を選んだ。


「ならこっちにせい。少し硬いから、持って帰るまで潰れにくい」


「同じ一枚でいいのか?」


「食える物を売っとるんじゃ。傷の数を売っとるわけではない」


 二枚目の銅貨が手に落ちた。


 そのやり取りを見ていた隣の男が一個買い、すぐに三枚になった。


「おい」


 背後から低い声がした。


 革の上着を着た男が立っている。腰には青く塗られた木札が下がっていた。


 身体に残るユアンの知識が、河港の監督人だと教える。


「ここで商売するなら許可札がいる」


「ほう。いくらじゃ」


「一日銅貨三枚。本当なら売る前に取る決まりだ。初めてなのか?」


「今日が初めてじゃ」


 監督人は空の手押し車も荷台も持っていない秀吉を見て、それから木箱を見た。


「なら今回は注意で済ませる。続けるなら今ここで払え。払わないなら店じまいだ」


「三枚じゃな」


 秀吉はたった今受け取った三枚を、そのまま渡した。


 監督人が少し意外そうな顔をする。


「素直だな」


「決まりを破って追い出されても得はないからの」


「話の早い奴は嫌いじゃない」


 男は腰の袋から青い小札を出した。


 受け取りながら、秀吉は尋ねる。


「この三枚を払えば、何ができる?」


「何が?」


「売ってよい場所は決まっとるんじゃろ。場所の取り合いになった時は誰が決める。盗みや客との揉め事があった時は?」


 監督人の目が、少し変わった。


「許可札があれば、白線の内側にある空き区画を使える。先に札を掲げた者が優先だ。場所を横取りされたら監督所へ言え。客との金の揉め事も、俺たちが間に入る」


「なるほど」


 秀吉は周囲を見た。


 最初に立った場所より少し先。


 荷役場から休憩所へ向かう男たちと、倉庫から船着場へ戻る船員が交わる角がある。


 白線の内側だ。


 今は誰も使っていない。


「あそこもええのか?」


「ああ。今日は空いてる」


「なら移る」


「好きにしろ。札は見えるところへ出しておけよ」


 秀吉は箱を抱え直した。


 場所代を取られた。


 だが、その三枚で追い出される心配がなくなり、場所まで選べる。


 悪くない。


 新しい場所へ移ると、さっきより明らかに人が通った。


 一人売れると、その隣が買う。


 今食べる男には熟れた物を渡し、家へ持って帰るという男には硬めの物を選ぶ。二人組には無理に二個ずつ売ろうとせず、「一つ食ってみて、足りなければもう一つ買えばええ」と言った。


 残り十個になった頃には、秀吉から声をかける必要もなくなっていた。


「梨の兄ちゃん、一個」


「こっちも二つくれ」


「今日はこれで終わりじゃ。欲しいなら早い者勝ちじゃぞ」


「明日も来るのか?」


「さて、それは今日の勘定をしてからじゃな」


 笑いが起きる。


 最後の一個がなくなった時、木箱の底には銅貨が二十一枚あった。


 最初の三枚は場所代として払っている。


 つまり売上は二十四枚。


 店へ返す十八枚を除けば六枚。そのうち三枚が場所代だから、秀吉の手元に残るのは三枚だ。


「三枚か」


 天下人だった頃なら、落ちていても拾わなかった額かもしれない。


 だが今は、その三枚が妙に重く感じられた。


 誰かが年貢として運んできた銭ではない。


 誰かに命じて集めさせた銭でもない。


 どこで、誰に、どう売るかを自分で決めて作った三枚だった。


 それに、分かったことは銭より多い。


 河港では一個売りの需要がある。


 銅貨一枚なら傷梨でも動く。


 昼の休憩前後に客が集中する。


 場所代は三枚で、許可を取れば売る場所を選べる。


 今日一日で、次に使える材料がいくつも手に入った。


「こりゃ、面白いのう」


 口元が勝手に緩んだ。


     ◇


 バルガス商店へ戻ると、オルドは店先にいた。


 秀吉が空の箱を置き、銅貨十八枚を並べる。


「約束の分じゃ」


 オルドは銭を数えた。


 十九枚目はない。


 十八枚きっちりだ。


「全部売れたのか?」


「売れた」


「二十四個?」


「一個一枚でな。場所代に三枚取られたから、残ったのは三枚じゃ」


 オルドは少し黙った。


「三枚のために往復したのか」


「今日はな」


「今日は?」


「今日は客の数も、売れる時刻も、場所代も知らなんだ。明日は知っとる」


 そこでリゼが帳場から顔を出した。


「本当に全部売ったの?」


「箱を見れば分かるじゃろ」


「だからその喋り方……じゃなくて、どうやって?」


 秀吉は河港で起きたことを簡単に説明した。


 リゼはすぐに帳面を開いた。


「売上二十四。仕入れ扱い十八。場所代三。利益三……本当に残ってる」


「嘘をついてどうする」


「昨日のユアンだったら、こんなこと絶対しなかった」


 その言葉に、オルドも秀吉を見た。


「確かにな」


 二人の視線が重なる。


 秀吉は一瞬だけ考え、肩をすくめた。


「昨日のわしは、よほど商いに興味がなかったらしいな」


「だから昨日は『わし』じゃなかったって言ってるでしょう」


 リゼが呆れた声を出す。


 秀吉は笑ってごまかした。


 だが、オルドは笑わなかった。


「ユアン」


「なんじゃ」


「お前、妙な夢を見たと言ったな」


「言うた」


「何の夢だ?」


 秀吉は少しだけ目を細めた。


「ずいぶん高いところまで登って、最後には全部置いて死ぬ夢じゃ」


 オルドとリゼが黙る。


 秀吉は三枚の銅貨を掌で転がした。


「じゃから今度は、下から始めてみようと思うてな」


「今度?」


 リゼが聞き返した。


「言葉の綾じゃ」


 秀吉はそれ以上答えず、店の外へ目を向けた。


 中央市場を人が行き交っている。


 その先には河港があり、船が来る。


 東には王都へ続く街道もある。


 人もいる。


 物もある。


 そして、その間を銭が流れている。


 天下を取った時も、最初から大軍を持っていたわけではない。


 なら商いも同じだろう。


 まずは三枚。


 次は、それを増やす。


「オルド」


「今度は何だ」


「明日も傷梨、残りそうか?」


 オルドは数秒黙ったあと、鼻で笑った。


「朝の売れ行き次第だ」


「十分じゃ」


 秀吉は三枚の銅貨を握った。


 天下はいらない。


 少なくとも今は、本気でそう思っている。


 ただ、この街にどれだけ銭が落ちているのか。


 それを拾い集めた先に何があるのか。


 少し見てみたくなった。



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