序章
「理央……ごめんなさい……」
声が震えた。
ガラスに手をつき、その向こうにいる理央を見つめる。
「ごめんなさい……」
あの瞬間が、何度も頭の中で繰り返されていた。
ーー三年前。
合同交流行事を終えたあとも、理央と凛の関係は変わらなかった。
放課後になれば、二人はいつものように理科室へ向かう。
机の上にはノートや器具が並び、その中心で理央は今日も何かを確かめるように手を動かしていた。
凛はその様子を隣から眺めながら、大きく息を吐いた。
「はぁー、理央の研究好きにも困ったものね」
「別にいいのよ。私、一人でも」
理央は手を止めることなく答える。
凛は呆れたようにその横顔を見た。
「そんなこと言って、一人になるのが嫌なんでしょ?」
「ふふっ、まさか。……話し相手くらいにはしてあげるわよ」
「やっぱりね」
そう言いながらも、凛は理央の隣から離れようとはしなかった。
理央がノートへ何かを書き込み、凛はその手元を何となく眺める。
二人にとっては、それもいつもの放課後だった。
しばらくして、凛がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、大学はどうするの?」
理央の手が止まる。
「〇〇大学よ。研究施設も充実してるらしいわ」
「へー。なら私も一緒のところ行こ」
あまりにも簡単に言われ、理央はようやく顔を上げた。
「ついて来られるかしら?」
挑発するような笑みに、凛もすぐに返す。
「私、テストで理央に負けたことあったっけ?」
「五勝五敗よ。負けたのも誤差」
「じゃあ、勝ったのも誤差ね」
「……言うようになったわね」
「誰の影響だと思ってるのよ」
理央は小さく笑い、再び机の上へ視線を落とした。
高校の理科室で交わされた、何気ない進路の話。
のちに二人とも合格し同じ大学、学科に通うことになる。




