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これは取材結婚です ~物語を書きたい姫と、英雄になりたくない近衛騎士~  作者: 梨千子


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第1話 求婚いたします

 早くこの男を取材したい。



 曲が終わった。


 リリエルの手を離すと、彼は一歩後ろに下がって礼をした。右手を胸に当て、軽く頭を下げる。

 宮廷の男たちが女に向ける、甘さを含んだ礼ではない。騎士の礼だ。服装も、華やかな礼装ではなく近衛騎士の制服だった。

 そこには一切、リリエルに()びる気配は感じられなかった。

 

 自室に押し寄せる婚約の釣書(つりがき)と、会場に足を踏み入れてからずっと感じる熱い視線。どちらも、リリエルの望む未来には必要がないもの。

 やはり彼しかいないわ、とリリエルは気持ちを固めた。


「カッセル(きょう)


 ホールの中央、シャンデリアの真下。

 火が灯った数百本の蝋燭(ろうそく)が、水晶が揺れるたびに光を反射して、リリエルの黒い髪に散りばめた真珠や、白いレースを重ねたドレスを輝かせている。

 周囲の貴族たちの視線がまだ残る中で、リリエルはカーテシーをせず、右手を差し出した。


 踊りの礼ではない。次の曲を受ける手でもない。選び取るための手だ。

 もっとも可憐(かれん)に見える手の角度。王国の珠玉(しゅぎょく)(うた)われる笑みを、唇にのせる。今夜この場の全員に、見せつけるための笑みだった。


「わたくし、あなたに求婚いたします」

 

 曲の合間のざわめいた空気の中でも、その声はよく通った。

 先ほどまで踊っていた貴族たちが動きを止め、談笑していた令嬢たちが口を開けたまま固まり、王座に座る父と、隣に立つ兄がこちらに目を向ける。


 ゼファー・カッセルが、差し出された手を見て、わずかに沈黙を落とした。


「……は?」


 ゆっくり視線だけが上がる。

 その灰青の瞳が、珍しく見開かれていた。


 リリエルは、これから起こる未来を考えて、楽しみでたまらなくなった。

 明日の各出版社の朝刊は、きっとこのような見出しで始まることだろう。


『王国の珠玉、ついに婚約者が決定』

『第四王女、ダスター戦の英雄と電撃婚約』

『リリエル姫の心を射止めた男、ゼファー・カッセル卿について』


 いつも兄の隣で、不真面目に見えて、忠実に職務を全うしている男も、同じ未来を想像したに違いない。

 彼の表情が、さっと変わった。場を収めるように、薄く笑みを作り出す。


「姫。このような場でご冗談は――」

「ゼファー・カッセル男爵」


 リリエルはほんのわずかに、声を高くした。

 そうすれば、自身の声はホールに集まっている貴族たちの耳に、間違いなく届くだろうから。


 それに、逃げようとしてももう遅い。

 視界の隅に、壇上からゆっくりと下りてくる兄の姿が見えている。きっと兄は反対しないだろう。少なくとも、この場でリリエルを否定するような愚は犯さない。


「わたくし、リリエル・アストリアは、あなたが我が夫になることを望みます」


 貴族たちが沸き立ち、ゼファー・カッセルが青ざめる。

 その瞳は「絶対ごめんだ!」と言っていたが、リリエルには関係がない。二十五になっても結婚していない男が悪いのだ。彼なら、ほぼ国中の女性を選べる立場だっただろうに。

 けれど、そのおかげでリリエルの願いは叶う。感謝しなければならない。

 

 リリエルは、わずかに首をかしげて、ゼファーを見やった。

 いつまでもレディの手を取らずにいるのは、男としても騎士としても礼を欠く。

 ホールに集まる貴族たちを割って、兄が歩いてくる。

 ゼファーは、目をつむった。静かにひざまづいて、リリエルの手を取る。触れたのは、指先だけだった。貴族の令息たちの手とは違う、剣だこの固い感触。

 

 ここに至っても、騎士の忠誠を示す男。

 

 姫とその騎士。なんて理想的な絵だ。

 リリエルは、花がほころぶような笑みを浮かべながら、心の中で大きく両手を挙げた。


 ああ、早く。

 ――早くこの男を、取材したい!

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