やったー!と叫んだ妻
サクッと読める5話完結。
どうぞよろしくお願い致します。
執事たちからも侍女長からも散々言われたが、俺は妻の部屋のカーテンを明るく女性向きにすることも、家具を新調することも、花を飾ることもしなかった。
実際は侍女の誰かがそれではあんまりだと、花瓶に庭の花を生けていたが(買ってきた可能性もある)俺はそれくらい妻になる女性に興味が持てなかった。
寂しい無機質な寝室のベッドの上にちょこんと栗色の髪の女性が座っている。色が白く顔立ちは年齢の割に幼い。
彼女もこの結婚の被害者であるが、俺はどうしても情をかけてあげられるような気分にはなれなかった。
俺がオーランド・ガッシュ男爵として貴族社会に戻ってきたのは一年前。
王都の学園に通っていた時は成績は下の下、素行も悪く、やんちゃな問題児。それがオーランド・ガッシュ。
最終学年を迎えた年に王子殿下へ不敬を働いたとして我が家は学園から『厳重注意』を受けた。
家族は激怒した。
兄三人は成績優秀で貴族らしい思考の男たちだったし、頑固なガッシュ伯爵には拳で何度教育されたかわからないくらいだ。
そして十九歳で家から放逐されたバカ息子といえば俺のことだ。『迷惑をかけるな、二度と敷居は跨がせない』そう言われた。
玄関ホールで次兄が小馬鹿にしたように笑った表情を今でも覚えている。
四年間を平民として暮らし、食べるために死に物狂いで働いて、狭いアパートから水場と風呂が別々の家を借りることが出来た矢先、実家の執事たちが俺の元へやってきた。
ガッシュ伯爵家が大変なことになったのです。至急お戻りいただけませんか?と。
安泰だと見込んでいた三人の兄たちが事情により居なくなり、大混乱に陥ったことから、父親は急遽四人目の俺を思い出した。
俺が出て行った四年で多くのことが起こったと。
最初の年、三男のラルフ(コイツだけは放逐前に俺に小遣いを握らせてくれた唯一の家族だった)が平民の女性と駆け落ち。現在はその娘の父親が経営する商会で役員として働いているらしい。
貴族としての籍を抜いて真面目に生きていると聞いた。
海を渡ったドルツ共和国という土地に現在支社を出しており、ゆくゆくは商会を継ぐものとして扱われているそうだ。
優秀だと比較され続けた長兄は王宮で失脚し、それを苦に自殺したそうだ。所属派閥の侯爵が政争で負けたことから、王宮では一生うだつの上がらない部署に追いやられた。我慢して働き続けることも出来ただろうにプライドが誰よりも高かった男は死を選んでしまった。
仲が良いとは言えなかったが兄としては正しい男だった。なのでそれを聞いた時はやはりショックだった。
次兄は伯爵家の金庫を預かっていたが投資詐欺に遭い、それに気がついた父から激しく叱責を受けた。そして翌日に屋敷から姿を消した。
金など後からもう一度稼げば良いじゃないかと俺なら思うが、その金額が大きすぎて我が家は建国から預かっていた土地のほとんどを手放す羽目になったそうだ。
長兄と同じくらいプライドの高い次兄にはその事実が受け止められなかったらしい。
長兄と次兄の妻だった女性たちは借財の金額を聞いてあっさりと家から出て行ったそうだ。
幸というか、残念だというか結婚生活が数年あったにも関わらず子供がいなかった。それもあってのことだ。
《石女》と貴族女性は烙印を押されることもあるが、社交界では兄弟揃って『種無し』だと不名誉な噂が立っていたという。
俺としては会った事がほとんどない二人の女性が兄たちのせいで再婚も出来ないとあっては申し訳がないので、それはそれで受け入れている。
母は心労が祟り、現在ベッドから起き上がれなくなった。
多くの問題を抱えたガッシュの家に戻ったとき分かったが、それらを悲しむ余裕や気を配るほどの時間も金ももう残っていなかった。
土地を失ったことによる降爵で、父はめっきり老け込んだ。
会った瞬間『本当にすまなかった。だが、家を無くすのだけは避けたいのだ』と頭を下げてきた。
自分はどうでも良い。だがこれ以上苦労をかけ、死にかけている妻を質素な部屋へ移すのは避けたいと泣かれてしまった。
俺だって母は大切に思っていた。
だから、腹の中で腑に落ちない事があっても爵位が男爵になったガッシュ家に戻ることを首肯した。
男爵位になった我が家は次兄の失態で家計は火の車。
王都の家を手放さなくて済んだのは、父が一番税収が高かった王都に近い土地を迷いなく切り離したお陰だという。
家族で過ごした家を手放したら二人の兄が戻ってこれないかもしれない……僅かな望みを託しているのは四年離れていた俺でも分かった。
父はとても大人しくなった。部屋にこもって領地経営に口を出すことはない。
俺はガッシュ家の残りの借金を返さなければならないため、平民として勤めていた商会をやめ、僅かな知識を頼りに家の建て直しに奔走していた。
そんな俺に縁談が持ち上がった。
話を持ってきたのはまさかの学園時代の同級生。ロマーノ王子殿下だった。
「そろそろ結婚しないとまずい年齢だろうが、まだガッシュ男爵に嫁ぐ女性はいないだろう?もし良ければイングリッド・ホーライゾン伯爵令嬢を貰ってやってくれないか?」
護衛を引き連れてやってきた同級生はニコニコしながらそう話しかけてきた。
「殿下お戯を。我が家の現状では嫁など無理ですよ」
学園から『厳重注意』の原因となった男だ。誰が信用するもんか。
ヘラヘラ笑う顔に腹を立てながら冷たく断る。
だが、ロマーノ王子はそんな俺に少しだけ魅力的な提案をした。
「勿論ホーライゾン伯爵は持参金はこのくらいは当然だと言っているよ」
目の前に出された手形の金額は自分が思っているより丸の数が一つ多い。
「それに君が手がけようとしている辺境の土地の開拓に乗り気でね。自領の関所をガッシュ男爵家のためなら最安値で開放していいと言ってくれている」
地図を覗き見ればそこは自領へ続く場所。ここの街道が開放されれば開拓にかかる費用をかなり浮かせる事ができる。
「そのご令嬢はよっぽど家族が厄介払いしたい状態なんですね」
俺が冷めた口調で言えばロマーノは苦笑いをした。
「かわいそうな子だよ。自分の婚約者が結婚式の直前で妹に乗り換えてしまってね。年齢も私たちより二歳上の二十六歳。もうアトがないんだよ」
「かわいそう?その年まで婚約者に結婚してもらえなかったのには本人に問題があるのでは?」
俺は絶対に貴族らしくなんて振る舞わないと、王子に向かって鋭く質問を繰り出した。
普通の貴族は王子殿下様が言うならばと素直に従うだろうが俺はそんなタマじゃない。
表情の使い分けは覚えたが、ただでさえ乱暴な性格だった俺は平民になってさらに根性が座った。最近は貴族の男たちのナヨナヨとした姿に虫唾が走るくらいだ。
勿論仕事上使い分けはする。だがやはりロマーノ王子の言うことに対しては苛立ちは隠せない。良い縁談だと思うなら他の人間に宛てがえば良いのに、学園時代に揉めた俺に持ってくるなんて怪しくて仕方ない。
「まあ、そう言うなよ。俺も詳しくは知らないんだ。それにしても男爵位になったのにオーランドは変わらないね。爵位なんて君の前じゃ意味ないのかなって思っちゃうよ。まあ王命に近いと思って結婚話を進めさせてくれないか」
そこまで話した時横にいた父が立ち上がり俺の頭をグッと押した。
「殿下!申し訳ありません。この縁談賜りました。我が家にこのようなご縁をいただき誠に感謝に絶えません」
土下座とまでいかなくとも父親はテーブルに頭を擦り付けた。
俺はその姿に仕方なく縁談を受けることにしたのだが、本当に気持ちは全く乗らなかった。
婚約期間は僅か三ヶ月。とんでもなく短かったが、教会の手配と小規模なパーティーの段取りは全てホーライゾン伯爵家と王家が進めていく。
まさにあれよあれよと全てが進んでしまう。それもまた腹がたった。
ただ一つ良かったことと言えば唯一残っていた辺境の土地の街道整備が始まったと言うことだ。
自分一人の力ではきっと二年はかかったであろう金額と、伝手。ホーライゾン伯爵家の手腕に驚くとともに『ああ、俺は政略結婚で結婚しなきゃならんのだな』と唯一残っていた心の自由を奪われた気がした。
別に恋愛に焦がれているわけではないが、平民時代恋人がいたときもあったし、結婚は『好きな女』とするものなんだと知ってしまったから貴族の結婚に対して疑問が湧くようになったのだ。
兄嫁たちがあっさりガッシュ伯爵家を捨てたことも心に棘として刺さっていたのだろう。
女のそういう一面は信用できないとどこかで思っていた。
だから両家顔合わせの日は熱を出して休んだし、夜会に何度招待されても欠席した。(実際そんな格上の夜会に着ていくほどのタキシードも持っていなかった)
だから結婚式当日に栗色の女性が現れた時
『本当に相手がいたんだな。すごい醜女が来るかと思ったがまあまあの美人じゃないか。なのに男に捨てられたのか』と思った。
式の間中イングリッドとの間に会話なんて勿論ない。
パーティーの参加者へ挨拶するのも父親とホーライゾン伯爵が間に入ってしまって、妻になるイングリッドは薄い微笑みを浮かべて横に立っているだけであった。
エスコートしている間は彼女が僅かに体重をかけているのを感じたが、お互い何を考えているかはわからなかった。
不細工じゃないが愛する可能性はないのかもしれないな……と漠然と思って一日を過ごした。
寝室に入るとイングリッドはパッと顔を上げた。
「旦那様、不束者ですがよろしくお願いいたします」ベッドの上に座り、背筋を伸ばして頭を下げると女らしい体の丸みが浮かび上がる。
ほんのりとフローラルな香りがするのはイングリッドの香水か。
「ああ、よろしく。持参金も随分な金額を用意してくれて助かったよ」
そう言うとイングリッドの表情が綻ぶ。その顔が思ったより可愛く見えて俺は思わず動揺した。
「だがお互い政略結婚だ、あまり過度な期待はしないで欲しい。君もそうかもしれないが、俺も押し付けられた縁談だ。愛など恋など言われても気持ちが乗らないんだよ」
緊張していたせいか。頭で色々想像しすぎたせいか。
俺はその場で言ってはならない言葉を口にした。
イングリッドの表情は『え?』と驚いたように目を見開いている。
その表情を見て『しまった』と唇を噛んだがあとの祭り。
「っ見ての通り、贅沢もさせてやれないし俺もこんな男だ。期待はしないでくれ」
今の追撃で俺の評価は地に落ちただろうなと思うと目を合わせられなくなった。
フイっと思わず顔を背けた途端元気な声が聞こえた。
「やったー!思った通りすっごく素直で裏表のない方でよかったー!」
イングリッドがガッツポーズをした。
「え?」
今度は俺が目を見開いた。
「心配していたんです。私と会ってくださらないし、ロマーノ王子殿下が強引にまとめた話ですし」
イングリッドはウンウンと頷きながら俺の手を両手で掴んだ。
「どんな方だろうって想像していたら怖かったんです。持参金はなんとか用意しましたが、それを上回る傷のついた年上の女を押し付けられて申し訳ないって思っていました。期待しないでって言ってくれてありがたいです。私こそ期待はずれですみません。お互い様ってこのことですね。あー心配していたけど率直な旦那様で安心しました。これからも思ったことは口にだしてくださいまし」
ね?っと小首を傾げてイングリッドはニッコリと口角を上げた。
「末永くよろしくお願いいたします」
「お、おう」
俺は彼女の勢いに押されて思わず頷く。
「気持ちがないのに子作りも難しゅうございますよね。仲良しになってからまたそれは考えましょう。今夜は流石に疲れましたわ。二人でぐっすり寝ましょうね」
ニコニコしながらイングリッドは布団をめくった。
「まずは一緒に寝る練習から始めましょうか?隣で添い寝するところから始めませんか?」そういうとベッドの隣をポンポンと叩いた。
「え?仲良し?添い寝?」俺は首を傾げた。
「母は閨事は旦那様にお任せして貴女は目を瞑って従いなさいと言っていましたが、ただでさえもご迷惑をおかけしている身。これ以上の迷惑をおかけする訳には参りませんから、閨事は私も近々勉強しておきますので今夜はとりあえず寝ましょう!」
イングリッドは穏やかに微笑みさあさあと俺を横たわらせた。
「おやすみなさい旦那様。明日からよろしくお願いいたします」
そう言うと隣にコロリと横になり俺の隣に枕を並べた。
何を言ってるんだこの女は?と思う間も無くスーッスーッと寝息が聞こえ始めた。
三秒あっただろうか?
思わずガバリと顔を覗き込んだがイングリッドの瞼は固く閉ざされたままである。
(どんな欠陥のある妻が来るかと思ったら、なんなんだ?)
俺は緊張が解けて大きくため息を吐き出した。
まあ、まだどんな女か分からないというプレッシャーからか俺もかなり疲れていた。
そのまま手持ち無沙汰な手を頭に添えると目を閉じ、その夜はいつの間にか眠り込んでしまった。




