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黒歴史よ永遠に


 街の空気がおかしい。


 大人たちが「エクスカリバー!」と叫びながら木の枝を振り回し、

 疼く左手を抑え、

 第三の目が開眼し、

「ぼくのかんがえたさいきょうのモンスター」バトルに全力で参加している。


 無言を貫く黒い靄を睨んだ。


「……おい、お前何したんだよ」


「我ではない。冤罪だ」


 肉屋のおっちゃんが陽気な足取りで近づいてきた。


「おう、カイルじゃないか! 今日はパンツ拾うのか?」


 バシッ!!

 その坊主頭をひっぱたく。


「みんな何やってんだよ、見てるこっちが恥ずかしいよ」


 頬を染めたおっちゃんが、頭を掻いている。


「まあ、そうなんだがなぁ……久しぶりにやったら楽しくなっちまって」


 本当に何してるんだよ……。


 意識を飛ばしかけた俺の後ろから、鈴の音のような品の良い声が響く。


「素晴らしいです」


 近づいてくる女に「聖女様!」と声をあげたおっちゃんは、どこかぼんやりとした表情を浮かべている。


「どうぞ、あなたの心のままに。その羞恥、ともに背負いましょう」


 おっちゃんが「誰が一番かっこいい詠唱ができるか選手権」の輪の中に戻って行った。


「あんたは……!」


 ──かつてエターナル・リセット教団で『聖女』と呼ばれていた女だった。


「して、セラフィナ・エテルニタス・アマービレ・コンフェッサータ・アルカディアよ」


 聖女がうっとりと頬に手をあてる。


「まあ! まだその名を最後まで呼んでくださるのですね」

「当然であろう」

「何イイ感じになってんだよ」


 それよりも。


「街のみんなに何をしたんだ」

「わたくしはただ、皆さんが自分らしくあれるようにお手伝いをしただけです」


 聖母のような慈愛の笑み。


「黒歴史とは、ありのままの自分。つまり生の喜びなのです」

「は?」


「本能に従った結果の羞恥。その感覚こそが生の証明」


 カイルは宇宙(コスモ)に取り残された。


「教団にいれば、永遠に瑞々しい羞恥を味わえるのだと思っていましたが……信者の皆さんを廃人にしてしまうとは」


 聖女は長いまつ毛を伏せた。


「二度とそのような過ちは犯しません。ですからカイルさん、ともに羞恥を味わいましょう♡」


 目の前には、身を震わせながら恍惚とする女。

 俺史上最速で隣の黒い靄へ顔を向ける。


「おい! お前のところの聖女だろ! なんとかしろよ!」

「それは無理であろうな。なぜならば……」


 ゴクリ。


「我もドン引き」

「……は?」


「そもそも、そやつが我をスカウトしたのだ。そやつは罪に関心がある、我は負の感情がエネルギーになる。互いに得だとな」


「お前がノセられてたのかよ!」

「……うぃん・うぃんというものだ」


 いつもよりか細いノイズ。

 しかもちょっと遠い。


「俺の目を見て言ってみろ」

「……我、顔無いもん」


(こいつ……!)


「カイルさん。あなたがパンツを盗み続けた日々。その根底にあるのは──」

「一回だけだよ、勝手に増やすな」


「純粋な恋心です」

「聞けよ」


「黒歴史と向き合い、反省し、理性に抑圧されたあなたは、果たしてあなたと言えるのでしょうか」


「……ッ!!」


 たしかにそうかもしれない。

 乗り越えるより、そのままでいいって流されたほうが「楽」だ。それでも──


「それでも俺は! みんなに『立派になったな』って言われたい。それだけだ!」


「……まあ、残念です。ですが、ご安心ください」


 聖女の魔力が膨れ上がる。


「あなたがあなたのままでいられるよう、わたくしがお手伝いしましょう」


 純真魔法・虚飾纏わぬ天使の讃歌アブソリュート・アクセプト──


「……なんて魔力だ! 教祖、手伝え!」

「ふむ、仕方ない」


 拳をグッと握りしめた。


「「合体魔法──」」


「エクスカリバー!!」

「いでよ、バハムート!!」


 キャッキャウフフ。

 割り込むオヤジたちの野太い声。

 あちらの英雄ごっこも山場だった。


「うるせぇぇぇッ!!!!」


 怒りに任せて叫んだ。


 発動。


 ──合体魔法・永劫なる輪廻を刻む(エターナル・)英雄の詩(リプレイ)


「あああああああ!!」


 聖女が崩れ落ちた。


 静寂。


 数秒。


「ああ♡」

「素敵♡」

「なんて素晴らしいのでしょう♡」


「……喜んでないか?」

「喜んでおるな」


「……なあ」

「言うな」


「……えっと。捕縛、してくる」


 聖女は連行された。



 俺も隊舎に戻って報告書を──


「エクスカリバー!!」

「ならば! レーヴァテイン!」


「……なあ」

「魔法は解けておる」


 ……じゃあいいか。


◇◆◇


 数日後。


 カイルは隊舎にいた。


 その背後に静かに佇む女性。


 そう、セラフィナ・エテルニタス・アマービレ・コンフェッサータ・アルカディアである。


「……誰?」


 ざわつく同僚。


「気にしないでくれ……」


 背に向けられる慈愛の微笑み。

 走る悪寒。


「カイルさんの黒歴史の証人です」

「やめろ」


 なんで俺がこんな目に……。


 時は、前日まで遡る。



 隊舎の執務室。


 机に肘を付くバルド副隊長。

 組んだ指の間から、険しい顔が覗く。


 向かいにはカイルが立っていた。


「あの聖女さんなんだが……」


 いつもの逞しさが欠けた、ため息まじりの声。


「合意無しに魔法を行使したことから、しばらく監視をつけることになった」


「えっ? それだけですか?」


「そうだ。どうもお偉方がな……」


 幸い被害は出なかったからな、とバルドが付け足す。


 ……まさか、あのやたら長い名前は名家の?


(忖度!?)


「そういう訳だ。頼んだぞ、カイル。」


 その日一番の力強い声だった。


「……俺!?」



 たかーい空を生気のない目で見上げながら、俺は基礎訓練場へ向かう。


「かいるおにーちゃん!」


 ハンナちゃんだ。バルドさんの下から、たどたどしい足取りで駆けてくる。


 一歩下がる。


 反射だ。


 背後の聖女が、小首を傾げた。


「……?」

「例の幼なじみに、娘の半径一メートル以内に近寄ることを禁じられておる」


 聖女は目を見開いた。


「まあ!」


 心からの感嘆。


「ちがう! うしろ! もっと!」


 スッ。


 もう一歩下がった。

 ハンナちゃんの目測は完璧だ。


 聖女が両手を胸の前で組む。


「まあ……♡」


 恍惚。


「なんで嬉しそうなんだ」

「カイルさんへの信頼と警戒を感じます……なんて尊いのでしょう」

「違う」

「違わぬだろう」

「違う」


 後ろから複数の足音が聞こえてくる。


「カイル兄ちゃん!」


 街の子どもたちだ。


「また悪い奴捕まえたんだろ!?」

「すごいね!」

「英雄だって父ちゃんが言ってた!」


 久しぶりの純粋な言葉。

 目頭が熱くなる。


「あれ見せてよ!」

「エクスカリバー! ってやつ!」


 天を仰いだ。

 それは俺じゃない。


「あと! いでよ、バハムート! ってやつ!」


 それも俺じゃない。

 目の前には子どもたちのキラキラした顔。


「……エクスカリバー!!!!」


 渾身の一撃。

 顔が熱い。


「ああ! これが黒歴史に向き合い前に進むということなのですね……!」


 背後から悟りを開いた音がする。

 勘弁してくれ。


「信頼、警戒、誇り。それらが羞恥と織りなすハーモニー!」


 はらり、見た目だけは美しい涙。


「停滞した羞恥からは得られない、熟成された深い味わい……! わたくしが間違っていました」

「違う。そうじゃない」


 即座に否定した。

 でも、なぜか聖女は微笑んでいた。


「ええ、分かっていますよ」


 分かってない。

 絶対に分かってない。


「つまり──」


 慈愛に満ちた笑み。


「黒歴史とは、未来へ進んでこそ輝く発酵文化なのですね」

「違う」


 子どもたちが騒ぎ出す。


「教祖ちゃんは魔王役ね!」

「うむ、よかろう」


「お姉ちゃんはお姫様!」

「ええ、光栄です♡」


 俺はこの日、何十回も叫び続けた。

「エクスカリバー!」と。


◇ 


 黒歴史は消えない。

 これからもきっと、増えるだろう。


 それでも、 俺はパンツで終わらない。


 ──貴様、それ気に入っておるだろ。


 無視。


「で、処分したのか?」

「……ほっとけよ!」




──『黒歴史よ永遠に』、完。



■ 合体魔法

永劫なる輪廻を刻む英雄の詩

読み:エターナル・リプレイ

黒歴史を無限再生する精神牢獄。

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