第9話 ホテル
泥田はそう言われて
前方を見るとホテル
「「アッチッチ」
のネオンが目に飛び込んで来た。
今日は最高にツイてるな。
こんなにいい女だぜ。
それも
相手のほうから言って来るんだから、
願ったり叶ったりだ。
こりゃあ、
行くしかないだろう。
期待と妄想が膨らんで、
興奮は爆発寸前だ。
こういったことは
過去に幾度かあって
慣れてはいるが、
どうしても
興奮してしまう。
「ああ、
いいよ。
金がなければ、しかたないよ。」
泥田は適当に
いい加減なことを言って、
すぐに車のコースをホテル
「アッチッチ」
の方向へ向けた。
泥田は以前、
東京で長いことタクシーに乗務していたが
雲助タクシーの代表のような
古株の運転手だったのだ。
エントツや相乗りはやりたい放題、
相乗りで
全員から少し割り引いた料金を取って、
公営ギャンブル場から
駅までのピストン輸送で、
一日の仕事が終わったころには
大工の日当の
三倍くらいが
ポケットに入っていたという
タクシー黄金時代も経験していた。
悪いことをするのは
当たり前のような考え方で
言葉も乱暴で、
ヤクザ者のような運転手は
来させないでくれ、
という苦情が
よく来たりしていた。
エントツとは、
空車のまま
お客を乗せて料金をいただくことで、
賃走にしないため
営業明細のレシートに
記録されない。
受け取った料金は
自分のポケットに入るのだ。
これは業務上横領で、
勿論違法行為になる。
泥田は、はやる気持ちを押さえて、
駐車場に車を止めると、
慣れた様子でフロントに声をかけて
部屋へ入って行った。
女は黙ってついて来る。
部屋はカラオケが出来るようになっていて、
ゆったりした広さがあり、
ダブルベッドがドデンと中央に
設えてある。
入口の右側にバスルームがついている。
部屋に入ると泥田が
「一緒に風呂へ入るかい。」
なれなれしく女に聞いた。
すっかり恋人気分だ。
女はソファーに腰をおろしたまま、
もじもじしながら
「恥ずかしいから先に入って下さい。」
と言った。
恥ずかしいなんて
以外にうぶでかわいじゃねえか
と泥田は着ている物を脱いで、
ニヤニヤしながらバスルームに入って行った。
あとから入って来るのだろうと
ワクワクしながら体を洗って
シャワーで流すと、
浴槽に浸かった。
まだかな。
女があとから来るものだと
思い込んでいたのに、
まるっきり気配もない。
なんで来やがんねんだ。
恥ずかしいなんて玉かよ。
まあいいや。
俺が出てから入るつもりなんだろう。
そういうことなら
早く出てやらなくちゃなんねえな。
泥田はバスタオルで
頭を拭きながら
バスルームを出て
「風呂空いたよ。
入って来ねえかい。」
と頭からタオルをはずしながら言った。
あっ、
突然
泥田は声もなく
目を見開いたまま
棒立ちになって
固まてしまった。