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イヒ ビン……/人か獣か

Ich bin......


わたしは……。

医者の見立て通り、アレンはその週の終わりにはまたアパートに帰ってくることができた。

ドミニクからは自宅療養が言い渡され、また2週間ほど休むことになった。


しかし、それはアレンにとって好都合でもあった。

これから先の人生について考えなくてはいけないロッテに、寄り添ってやることができるのだから。


悲観的にこそとらえていなかったが、ロッテは悩んでいた。

彼女は生まれてから今までを人間として過ごしてきたので、人として生きていくことは今までの彼女に戻ることに等しかった。

しかし、これはひとつのチャンスでもあると彼女は考えているようだった。


獣の世界で、正真正銘の獣となって生きる。

それは、ロッテだからこそ選ぶことのできる未来でもあった。


もし、ロッテがオオカミとしてこの世に生を受けていたとしたら?


彼女は研究の失敗作だったかもしれないが、保健所に入れられることはなかっただろう。

どこかの誰かの子どもになって、幸せな生活を手にしていたかもしれない。


ツォーに入ることだって、絶対に起こり得なかったはずだ。

心と体に、消えない傷を背負うことにはならなかったはずだ。


獣に蔑まれ、扉を閉められ、社会から締め出される。

そういうことは、きっとなかったはずだった。


もし、彼女が今後の人生を獣として歩むとしたら?


彼女は、今までよりもっと楽に生きていくことができるのではないか。

当たり前のようにこの世界に歓迎されて、俺と当たり前の未来をつかんでいくのではないか。


みんなに祝福されて結婚をし、子どもを作り、孫に囲まれる。

そんなありふれた幸せを、彼女は何の苦労もなく手に入れることができるのではないのか。


人の皮と共に過去を脱ぎ捨て、新しく獣として生きる。

そういう生き方も、あるのかもしれない。


*****


わたしは悩んでいた。

それは当然のことだろうと、自分でも思っている。


人か獣か。

この選択は、本来なら地上に生きるものに任せられることではない。

みな決まった生き方を授けられて、そのように生きていくしかないのだから。


幸か不幸か、わたしには選ぶ権利が与えられた。

神ではなく命あるものによって創り出されたわたしは、どこか特別なのだろうか。

あるいは、今までの辛い人生を生き抜いた、これはそのご褒美なのだろうか。


新しいことに挑戦するのは、やはり勇気のいることだと思う。

今まで人間として生きてきたわたしが、獣として生きてくことができるのだろうか。

命が終わるそのときまで、獣として……。


もし、わたしが獣として生まれていたら?

わたしは、こんな人生を歩んではこなかっただろう。


ツォーの記憶は、今でも消えてなくなることはない。

アレンがどれだけわたしを愛してくれても、体の傷が消えないのと同じようにずっと心の中に居座り続けている。


もし、これから獣として生きていくとしたら?

世界は、わたしを歓迎してくれるだろうか。

金の毛並みを持つ1匹のオオカミとして、わたしを受け入れてくれるのだろうか。


わたしがオオカミなら、アレンの子どもを産むことだってできるだろう。

それは彼のためだけではなく、わたしが望んでいることでもある。


当たり前の夫婦になり、当たり前の母になり、当たり前にその生涯を終える。

誰に眉をひそめられることもなく、ただ、当たり前の存在として。


忘れ去れない過去は、いっそ人間のわたしと一緒に脱ぎ捨ててしまおうか。

オオカミとして、アレンと生きていく道。


わたしは。

わたしは……。


*****


いつの間にか、日は暮れかけている。

部屋には西日のオレンジ色が射し込んでいる。

アレンとロッテは、床に並んで寝転がっていた。


「アレン」

「ん?」

「わたし、決めた」

「これから、どう生きていくか」

「うん」


傍らで体を起こし、アレンはロッテを見た。

以前より少し伸びた髪は、夕日に当たって輝いていた。

前髪をかき分けて、その額に唇を付ける。


彼女の選んだ道によっては、もう2度と会うことはないロッテ。


アレンは、その手をそっと握ってみた。

小さくて、柔らかくて、今日は少しひんやりとしている。


あの日、ルームメイトを探していた彼にまっすぐに差し出された手。

その壊れそうに小さな手を、おっかなびっくりそっと握ったことを覚えている。


人間のロッテがいなくなることを、アレンは少し寂しく感じている。

彼が心奪われて、愛した人。


いつどこにいても追いかけていった彼女は、自分の腕の中からすっと消えてしまうのだろう。

そう思うと、ちくりとした痛みを感じた。


しかし。

その空っぽの腕の中に、今度は誰が飛び込んでくるのだろう。

金色の毛を持った、ロッテという名の美しいオオカミ。


姿こそ変われど、彼女はロッテのままなのだ。

オオカミだからこそ、一緒につかんでいける未来だってある。


何も、不安に思うことはない。

アレンは自分に言い聞かせた。


すべては、ロッテが決めることだ。

アレン、おまえのやることは……。


今度腕の中にやってきたものを、決して離さないようにしっかりと抱き締めてやることだ。

そうだろ?

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