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フェリエン2/そして彼らは

楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまうものだ。

アレンとロッテは、明日また街に帰ることになっていた。


帰れば、職場で処分を言い渡される。

先延ばしにしていたことに憂鬱さを感じたが、ひとまずそれは忘れることにした。


2週目もだいたい同じような感じで過ごしたが、飽きることはなかった。

街に買い出しに行ったついでに、広場で行われていた野外映画館に寄った。

数年前に流行ったラブストーリーが上演されていたが、こういう機会でもないと、アレンがわざわざ見るようなジャンルではなかった。


ポップコーン片手のベタな映画鑑賞も、ロッテと一緒なら楽しかった。

彼女は映画を見るのは初めてだと言っていたので、街に帰ったらまた一緒に行こうと約束した。


夜には、外で寝転がって星を見たこともあった。

余計な光の一切ないこの場所で、星空は怖いくらいにきれいだった。


アレンは、ロッテと初めて夜景を見た日のことを思い出した。

あのときは、我ながら大胆なことをしたものだとも。

思い出して苦笑いをしていると、横でロッテが不思議そうな顔をしていた。


こうして、2週間にも及ぶ魂の洗濯はまもなく終わりを迎えようとしている。

互いを思う気持ちを再確認しただけでも、ここへ来た意味はあったと思えた。


その晩、先にシャワーを終えたアレンはベッドに座ってガイドブックを見ていた。

そこへ、バスタオルを頭に被せたロッテが出てくる。


「何見てるの?」

短くして乾かすのがずいぶん楽になったというショートヘアを、彼女は手ですいている。


「明日、せっかくだから帰りにどこかに寄れないかと思ってさ」

「確かこの辺りにいいレストランがあったように思ったけど、潰れたかな」

「他にきみと行けそうな場所は……」


アレンが本とにらめっこを続けていると、同じくベッドに腰を下ろしたロッテが不意に尋ねた。

「どうして、そこまでしてくれるの?」


その問いに、アレンはすぐには答えられなかった。

しばし真顔で、ロッテの顔を見つめる。

ロッテは、少し不安そうな顔をしていた。


アレンは本を閉じ、そのままベッドに転がった。

仰向けのまま、ロッテの方を見ずに言う。


「悲しい」

「え?」

「けっこう頑張ったつもりだけど、俺の愛は伝わってないのか……」

わざと悲しそうにそう言うと、ロッテが慌てて両手を振って否定した。


「そんなことない! ちゃんと伝わってるから!」

「心配しないで……」

でも、とロッテは続けた。


「やっぱり、怖くなる時がある」

「わたし、こんなに大切にしてもらっていいのかなって」


ロッテの頭には、知り合ってすぐに別れることになったあの2人のことが思い浮かんでいた。

赤毛のミアは、普通の生活が何かすら知らなかった。


「きみをどう大切にするかは、俺の勝手だよ」

天井を見つめたまま、アレンは続けた。


「ロッテの心配することじゃない」

「うん……」

ロッテは片足を曲げてベッドに座り、視線を落とした。


「俺は、こうも思ってる」

「きみは今まで、一生分以上の辛い目に遭ってきたと思う」


「だからこれからは、楽に生きていけばいい」

「俺がうんと甘やかすから、それに乗っかってだらだらすればいいよ」

「いいアイデアだと思わない?」


アレンはそう言うと、ロッテの顔を見た。

少し眉を寄せて、ロッテはアレンの話を聞いていた。


何か言いたいのに、自分の気持ちを表す言葉を彼女は見つけることができなかった。

その代わりに彼の傍に近寄り、キスをすることにした。

本当に、久しぶりのキス。


今日もたくさん陽を浴びて疲れたのか、触れたロッテの柔らかな唇も舌で探った口の中も熱かった。

時間をかけてゆっくりとキスをした後、ロッテは顔を上げてアレンを見た。


少し唇を舐めてみるが、やはり自分の感謝の気持ちを的確に表す言葉は見つけることができなかった。

相変わらずベッドに横になったアレンが次に言った言葉は、ロッテをさらに混乱させた。


「結婚しようか……俺たち」

アレンは自分を覗きこむ彼女の目に向かってそう言った。

少しグリーンがかった、美しいロッテの瞳に動揺が浮かぶ。


「いや……今回言うつもりじゃなかったんだ、本当に」

「そのために、こういう休暇をセッティングしたわけじゃないし」


「仕事だって、まだ何の結論も出てないし」

「本当にそう」

「ただ、最近ずっと考えてはいた」

ロッテは、何も答えない。


「ここへ来て俺たちだけで過ごして、やっぱり思ったんだよ」

「ロッテがいなくちゃ、何の意味がないんだって」


「俺は、別に人間好きってわけじゃない」

「きみだから好きなんだ、ロッテ」

「他の誰でもなく、きみがいいんだ」


最近、どうもキザったらしいセリフが多くなっている気がする。

誰かを好きになると、こうもキザっぽくなってしまうものだろうか。


そんなことを考えていると、アレンの顔に何かが落ちてきた。

それは、一滴の雫だった。


雨漏りだろうか。

いや、雨は降っていないはず……。


「ロッテ……」

ロッテは、涙をぼろぼろと流して泣いていた。

その大粒の涙は、アレンの服やベッドのシーツに降りかかる。


「知らなかった」

既に鼻声で、ロッテが言う。

「涙って、嬉しいときにも出るものだったなんて」


心が決壊し、ため込んでいたあらゆる気持ちがあふれ出す。

辛い気持ちや悲しい気持ちも、今は温かな涙となって彼女の頬を下っていった。


*****


それは、いつか見た悩ましい夢に似ていた。


体が熱い。

はっ、はっ、はっ、はっ。

喘ぐように呼吸をして、アレンはベッドから体を起こした。

まだうまく息を整えられずに、肩で大きく呼吸をしている。


彼が両手をついているベッドの上には、ロッテがいる。

くしゃくしゃになったシーツ上に横たわる彼女の呼吸もまた、乱れていた。

髪は汗で額に張りつき、目の辺りは涙で赤くなっている。


「アレン……」

一言彼の名を呼ぶと、ひどく疲れたように目を閉じた。


彼女はその晩、アレンに「ごめん」謝ることはしなかった。

彼もまた、ロッテに「うん」と返事をすることもなかった。


*****


山の上の朝は、夏でも冷える。

アレンは目を開けたかと思うと、くしゃみをひとつした。

寒く感じたのは、何も着ずに寝てしまったせいだった。


体中を、気だるさが優しく包む。

ぼーっとしたまま体を起こしたアレンは口に手を当て、昨晩のことを思い出す。


自分たちは、とうとうどこにでもいる普通のカップルになってしまったらしい。

キスをして、盛り上がればセックスもする。

そういう関係に。


アレンは再びベッドに倒れ込む。

そこでようやく、隣にロッテがいないことに気が付いた。


布団をめくってみたが、そこにいるわけもなかった。

部屋を見回しても、姿は見えない。


何かよくない感じがして、アレンは急いで昨晩着ていた服を身に着けた。

靴を履くのすらもどかしくて、裸足のまま外に飛び出した。


ひんやりとした朝の空気に、アレンは一瞬たじろいだ。

薄く靄のかかった景色の中に、昨日まで傍らにいたロッテを探す。


彼女は泣くことができるようになった。

好きだと思う相手と寝ることだってできた。

それなのに、もう行ってしまったのか?


まるで、この前見た映画みたいじゃないかとアレンは思う。

あの野外映画館で見たのは、愛し合う2匹が引き裂かれる悲恋を描いたものだった。


「どうしたの?」

背後から声をかけられ、はっとして振り返るとそこにはロッテがいた。


厚めのカーディガンを羽織り、ちゃんと靴も履いている。

手には、食事のときに使っているチェック柄のナプキンを袋状にして持っている。


「どうしたのって……」

「びっくりした」

「起きたらいなかったから」

安心したアレンは、急に寒さに震えた。


「ごめん、ごめん」

「朝食に食べたくなって、摘みに行ってきたの」

彼女が布を広げると、そこにはつやつやとしてはちきれそうに膨らんだブラックベリーがあった。


「すぐに帰るつもりだったんだけど、つい夢中になっちゃった」

「心配させてごめん」


ロッテはそう言うと、摘みたてのベリーをアレンの口に放り込んだ。

慌てふためいたのが今さらに恥ずかしくて、アレンは黙って口をもぐもぐさせていた。


「あれからね、ひとりで考えてみたの」

「ん?」


「昨日、あなたが言ってくれたこと」

「……プロポーズのことも」

「あ」


あ、じゃない。

しっかりしろ、俺……。


「もう悩むのは止めることにした」

「?」


「いつも自信がなかったの」

「あなたが大切にしてくれればしてくれるほど」

「自分はそれほどの存在なのかって」

「うん……」


「だけど、もうそんな風に考えるのは止めるわ」

「アレンがあそこまで言ってくれたってことが、わたしの価値をそのまま表してるんだって思えたの」


「わたしはアレンが好きだし、あなたを信頼もしている」

「だったら、あなたの言うことは信じないとね」


「わたしはあなたに大切にされてもいい存在だって、自信を持つことにする」

「ちょっと回りくどい?」

ちょっと笑って、彼女はアレンを見つめた。


「えっと、じゃあ……?」

「うん」

「これから一生かけて、あなたに甘やかしてもらう」


ロッテはいたずらっぽく笑うと、アレンに抱きついた。

アレンの胸は締め付けられる。

それは彼女に対して常に感じていた苦しいものではなく、ただ相手を愛おしく思うがためのものだった。


「了解!」

アレンは明るくそう言うと、ロッテを抱き上げようとした。


親が子どもを抱き上げるような格好で抱き上げ、そのままクルクル回りでもしたら完璧だった。

しかし、現実はそう甘くはなかった。


ロッテを持ち上げようと力を入れたとき、クキッと音がして腰に電撃が走る。

束の間そのままの姿勢で固まったアレンは、少し持ち上げた彼女の体をゆっくりと地面に下ろす。


「ちょっと、大丈夫?」

心配するロッテの傍にうずくまり、ぴくぴくと震える。


「こ、腰いわしたかも……」

「えー!?」


「どうしよう、今日帰るんだよね?」

「わたし、免許ないから運転できないよ?」

「仕方ない、帰るのを1日延ばそう……」


翌日、アレンは腰に爆弾を抱えながらも何とか街まで帰りついた。

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