表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようこそ!この街のメイド喫茶へ  作者: ふーちゃん
1章 ミルクココアと自転車とネコ耳
5/8

ミルクココアと自転車とねこ耳5

現実が本当なのか、錯覚がほんとうなのか。

 久留実は、祖父母の家の門の前に自転車を止めた。

「着いたよ!おじいちゃん」

 振り組む久留実の視線の先、荷台の上の祖父は変わらず微笑み続けている。大丈夫、体に問題はなさそうだ。久留実はそう思う。

 祖父は、また軽快に自転車から飛び降りる。その今まで見たことも無い異様に元気な姿に、久留実はちょっと驚きながらも自転車を降り、祖父母の家に駆け足で向かう。

「おばあちゃーん、一人で来たよ!」

 久留実は祖母が家にいるものだと思い、自慢げにそう叫びぶ。もしかすると母も祖父母の家に来ているかもしれない、そう思いながら。

 久留実は玄関前まで行き、扉を開けようとした。しかし、予想に反して鍵が掛かっていて扉は開かない。それならばと、チャイムを鳴らすも、祖母が出て来る気配は一向に感じられない。

 久留実は首を傾げながら、「そうだ、おじいちゃんが鍵を持ってる!」そう気が付き、久留実は自転車の方を振り向く。

「あれ?いない」

 祖父の姿は見当たらない。自転車を立てていた門の前まで行き、辺りを見回すも祖父はいない。

「何処に行ったんだろう?」

 久留実が不思議に思っていると、久留実の元に一台の車が止まった。それは、見覚えのある車であった。

「よかった、久留実ちゃん。お爺ちゃんの家に来てたのね」

 車から降りて来たのは、祖母の家の近所に住む母の妹、久留実の叔母であった。

「あっ、おばさん」

「お父さんと探してたのよ」

「お父さんと?」

 そうだ、久留実は祖父の家まで直ぐに行けると思っていたし、もしかすると母の出掛けた先も祖父母の家かもしれないと思っていたので、チラシの裏を使って、「おでかけしてくるから」と書置きをして来ただけであった。

 祖父母の家に着いてから詳し事は連絡すればよいと思っていたのだ。

 しかし、色んなアクシデントがあって、予想以上の時間を費やしてしまっていた。

「ちょっと、待っててね、お母さんとお父さんに連絡するから」

 叔母はそう言って、心配をしている久留実の両親に電話を始めた。

「久留実ちゃん、いたわよ。お祖父ちゃんの家の前に・・・」

 久留実は電話する叔母を尻目に、その間再び家の前まで行き、もう一度チャイムを鳴らしてみる。しかし、結果は変わらない。

 電話が終わった叔母が久留実の元まで来て、そんな久留実に語ったのは意外な言葉であった。

「誰もいないわよ、みんな病院に居るから一緒に行きましょ」

「でも、おじいちゃんが・・・」

 間違いなく祖父は、ここまで一緒に来たのである。

「おじいちゃん、急に体が悪くなって、今、病院なの」

「うっそ、今まで一緒だったもん」

 そんなはずが無い。祖父はたった今まで、自分と一緒に自転車に二人乗りをしていたのだ。

「もしかしたら、叔母さんと話している間に、裏のから家の中に入ったかも」

 祖父母の家は、古く、昔ながらの裏口のある作りになっている。

 久留実がどうしても家の中に入ると言って聞かないので、叔母は久留実を納得させるために祖母から預かっていた鍵で玄関の扉を開けた。

「おじいちゃーん!」

 久留実が真っ先に玄関から居間に入るも、その静けさが久留実にも物語っていた。紛れもなく今此処には誰もいないと。

「おじいちゃ~ん、いないの?」

 もちろん、呼んでも誰からの返事も無い。

 いつもお祖父ちゃんの寝ている部屋、もちろんキッチンを除くも誰もいない。勝手口を確認するも鍵は掛かったままである。おじいちゃんが入った気配はない。

 久留実は仕方なく、キッチンから居間へと戻った。

 そして、叔母の待つ玄関に戻ろうとしたその時、ベランダの前にある二脚の椅子に挟まれた小さなテーブルの上に、カップが2つとスプーン、それに未開封のココアパウダーの入った袋が用意されているのを見つけた。ミルクとお湯がさえあれば、いつも祖父の作ってくれていた美味しいココアが作れる状況である。

 久留実が幼稚園の時に毎日祖父と楽しく話していたその場所、ミルクココアを飲みながらメイド喫茶の話をして笑い転げていたその場所である。

 今は誰も居ないその場所に、これから来るであろう誰かを祖父が待っているかのように久留実の目には映った。

 それを見て久留実は直ぐに動けなかった。

 ポツンと立ったままそれを暫く眺めていることしか出来なかった。

 祖父は、自分が来るのを待っていたのだ。そして、幼稚園の時の様に一緒に話す時を待っていたのだ。

 久留実にはそんな気がした。

「久留実ちゃ~ん」

 そこに、なかなか戻らない久留実を心配して、叔母が居間に入って来た。

「おじいちゃんは、急に体の体調が悪くなって、今朝病院に運ばれたの。お母さんも、お婆ちゃんも一緒だから、叔母さんと一緒に行きましょ」

「でも・・・」

「・・・」

 叔母はそう言う。でも、そんなはずが無。そんなはずがないと思う。でも、真っ新な未使用のカップを見た時から、直感で違和感を感じ始めていた。今日自分に起こったことにも、何か分からないが夢だったようなそんな気もして来るのである。

 だから、そんなはずがないと思っても、絶対に祖父とさっきまで一緒だったのだと言い切ることが出来なかった。まだ幼い久留実には、そんな自分の状況も、気持ちも上手く叔母に伝えることも出来ない。だから、自分の事を心配して、一所懸命話してくれる叔母の話を頷いて聞くことしか出来なかった。

 久留実には、叔母と一緒に病院に行く以外の選択は無かった・・・。

 久留実は自分に言い聞かせた。取り敢えず久留実の知っているさっきまでの祖父は元気なのだ。もし、叔母が言っていることが間違っていて自分が正しかったら、病院に行って確かめてからまた戻って来れば良いいと。

 久留実は叔母の車の助手席に乗ると、二人は祖父が運ばれたと言う病院に向かった。

 祖父母の家の前の通りを右折する直前、久留実が何気なくサイドミラーを除くと、笑って手を振る祖父の姿が見えた気がした。

 慌てて久留実は振り返ったが、車は既に右折を始めており、祖父の姿は確認する間もなく視界の範囲から消えてしまった。

「おばさん、今おじちゃんが・・・」

「うん、待ってて直ぐにおじいちゃんの病院に着くから」

 本当は、おじいちゃんがこっちに向かって手を振っていたと言いたかったのだけれど、久留実は動き出した車を「止めて」と言うことが出来なかった。

 途中、何回も叔母に言おうかと思ったが、幼い久留実には口に出す勇気がなかった。心残りのまま。

 病院は祖父母の家からそれ程遠くはない。車で20分も掛からない内に病院に到着した。

 二人が到着した病院は大きな総合病院で、久留実も以前祖父が入院した時にお見舞いに来たことがある病院であった。

 久留実は、真っ直ぐと病室に向かう叔母の後を黙って付いて行った。

 叔母は迷わず病室に向かって行く。既に今朝病院に運ばれた祖父の居る場所が分かっているのだ。それで、祖父母の家の近くに住む叔母が何故、車に乗って自分を探しにいたのか、久留実にも理解が出来た。

 叔母は、自分を探しに病院から来たのである。

 久留実はそこで、叔母の言っていたことが正しいのだと頭では理解した。祖父は、家では無くこの病院に居るのだと。しかし、心ではまだ理解し難かったが。

 まもなく病室に着いた。そこは、個室であった。

 誰かが全く身動きせずに寝ている。点滴が2本ぶら下がっており、久留実には良く分からない機械が置いていある。その周りには母と祖母、それに親戚が数名集まっていた。

 久留実が近づくと、母が涙を流しながら自分を抱きしめてくれた。祖母も泣いていた。親戚の人達は、「久留実ちゃん、見つかって良かったね」そう母に言っている。

 久留実はそんな声を聞きながら、恐る恐る寝ている人に目を向けた。

 その姿は、いつもより小さく見えた。

 口に透明なものを被せていた。

 目は瞑っていた。

 全く動かない。

 でも、その人の目尻から微かに一滴ひとしずく、何かが流れ落ちるのを久留実は見た気がした。いや、今度は間違いない。

 自転車の荷台に祖父を乗せて走ったのは錯覚だったのかもしれない。でも、今度は絶対錯覚なんかじゃない、見間違いでもない。

 久留実には自信があった。


 それは、久留実だけしか気づかなかったが。


<つづく>


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ