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ようこそ!この街のメイド喫茶へ  作者: ふーちゃん
1章 ミルクココアと自転車とネコ耳
3/8

ミルクココアと自転車とねこ耳3

久留実の計画は始まった!

 小学生になった久留実くるみには、幼稚園の時のような送り迎えは必要が無い。また、母のパート勤めも継続していたので、久留実が祖父母の家へ行く機会がめっきり減ってしまっていた。

 小学生になりたての久留実には、まだ一人で祖父母の家まで歩いて行くには、車で10分と言う距離は余りにも遠い。

 また、久留実も祖父に影響を受けたのか、すっかり話好きになり、周囲を笑わせるのが大好きな子になっていた。おかげで久留実は小学校に入学すると沢山の友達に恵まれることとなり、その結果、祖父と過ごしていた時間は、自然、友達と過ごす時間に置き換わって行く。

 偶に母と祖父母の家に遊びに行くことはあっても、祖父も体を壊して入院したこともあって、退院後も静かに体を休めている時間が多かった。なので、二人っきりにはなり辛い。母や祖母を交えて話すことと言えば、祖父から聞かれて小学校での出来事を少し話す程度になってしまう。

 最早、久留実が祖父と二人っきりでメイド喫茶の話をする機会は無くなってしまっていた。

 もう以前のように二人だけの内緒話で大笑いすることは無い。

それでも、決して久留実にとっての祖父の存在が色あせた訳では無い。状況の変化に戸惑い、以前のように話すきっかけを失ってしまっていただけなのだ。

 そして、それは時間と共に、分からない壁みたいなものに感じられるようになっていった。

 そんな自分と祖父との間に不本意にも出来てしまったものを取り除こうと、久留実は小学生になって初めての夏休みを迎える少し前に、ある計画を立てた。

 それは、祖父母の家に一人で行けることが可能と思われる、いや、例え祖父がまた入院したとしても一人で病院にも行けるかもしれない、ある乗り物のの存在に気付いたからである。

 ”自転車”、最近、近所の1学年上の女の子が自転車を乗り始めたのである。

 その子は、久留実とはたった1学年しか違わないし、背の高さであれば同じくらいなのだ。自分だって練習すればきっと直ぐに乗れるようになるはずだ。久留実はそう思った。

 久留実は、祖父に会いに行く日を祖父の誕生日と決めた。誕生日プレゼントを持って一人で会いに行くのだ。そして、以前のように二人っきりでメイド喫茶の話をして、大笑いをするのだ。

 それが一度成功すれば、それからは何度でも自由に遊びにいけるなずなのだ。

 でも、久留実には問題が2つあった。

 それは、自転車をどうやって手に入れるか、それと、誕生日プレゼントをどうやって手に入れるかである。

 自転車に乗ることには根拠の無い自信があった。祖父の誕生日は8月16日の日曜日。夏休み前に買って貰えれば、夏休みをかけて練習ができる。そうすれば、絶対に乗れると踏んでいた。いや、近所の子が乗れて自分が乗れない訳が絶対に無い。

 誕生日プレゼントは、もう決まっている。”ねこ耳のカチューシャ”だ。

 祖父にそれをプレゼントする約束は、ずっと後の久留実が大きくなってメイド喫茶で働く様になってからと言うことになっていたが、病気でめっきり体が弱ってしまった祖父を元気付ける為には、どうしても今”ねこ耳”が必要だ。そして、以前のように二人で大笑いをすることが大切だ。久留実はそう考えた。

 恐らく、祖父が行っていたメイド喫茶のメイドさんのように、まだ自由にねこ耳を動かすことは出来ないだろう。しかし、それは追って出来るようになってから祖父に見せてあげれば良いのだ。

 幸いにも、久留実の犬の貯金箱には、今までお年玉や、祖父から内緒で貰って溜めていた貯金がある。

 子供の久留実には、犬の貯金箱で貯めたお金でねこ耳を買うのは、犬に対する冒とくになってしまうのではないか?との心配もあったが、それでも決意は変わらなかった。

「ポチ、ごめんなさい」目をつぶってそう呟くと、犬の貯金箱の取り出し口の封印シールを元に戻せるようにゆっくりと剥がした。貯金箱の名前は、ベタなポチであった。

 絶対にねこ耳が買えるくらいの金額が貯まっているはずだ。久留実はそう思いながら中に入っている小銭をじゃらじゃらと全てを机の上に広げた。

 思った通り結構入っている。でも、良く見ると小銭ばかりだ。

 クルミは思い出した。お年玉で貰ったお札は全て母親に預かって貰っていたのだ。そうなると貯金箱に期待出来るのは500円玉となる。が、中には1枚も入ってはいない。

 合計金額は1,260円。それを見て可愛い顔を顰める久留実。

 これで買えるだろうか?心配で悲しくなる。

 母に預かって貰っているお金も自分のお金なのだ。別に無駄遣いをする訳では無いのだから母に言って貰えばいいのかもしれない。でも、幼い久留実には大人になるまで預けなければならないと言う使命感みたいな先入観があった。母には言えない。早くも前途は薄暗くなっていく。

 しかし、久留実は考えた。「もしかすると以外に安いのかもしれない。とにかく金額の確認が必要だ」と。

 ねこ耳のカチューシャが売っていると考えられるところは、毎週母と行く大型アウトレット内にある雑貨屋さんか、或いは玩具売り場だ。

 久留実は夏休みに入った今週末に母と行くはずの、大型アウトレットにいく日をドキドキしながら待つことになった。

 次の問題は、更に難関のどうやって自転車を買ってもらうか?なのだが・・・、久留実がそんな手立てを考えていた最中さなかの夏休み初日のことである。久留実の家に真っ赤な自転車が届いたのであった。

 まさか・・・とも思ったら、それは、やはり自分宛であった。

 嘘の様に自転車の方から、自分の元にやって来たのである。

 飛び上がって喜ぶ久留実に母が伝えてくれた送り主は、意外にもまさかの祖父からであった。

 それは、遅ればせながらなの祖父からの小学校への入学祝いであった。

 祖父母からは既に入学前にランドセルを買ってもらっていたから、まさかの贈り物であった。

 後に久留実が母から教えてもらったことだが、実は祖父はランドセルと一緒に送りたかったらしいのだ。しかし、祖父母と両親の話し合いにより、学校にも慣れて、練習ができる夏休みに合わせてと言う話になったらしい。

 なぜ、祖父が久留実に自転車を贈ろうとしたかと言うと、祖父は久留実がたった一度だけ自転車を欲しいと言った、その言葉を覚えていたからであった。

その言葉を発した時の久留実には大意は無かった。単に近所の1学年上の子が乗り始めた自転車が羨ましく見えたのをつい口にしただけであった。

 でも、奇しくも今の久留実の思惑と、その時の久留実の思いつき、それに祖父の好意と結びついていた格好となったのだ。

 その時、すっかり自分の発した言葉を忘れていや久留実は、予想もしていなかったことに驚いたし、そして喜んだ。久留実は、きっと自分に尋ねて来て欲しいと言う、祖父の気持ちだと受け止めた。

 クルミの家は郊外でもさらに外れにあり、近所に畑もあるようなところであった。近所の川の堤防内には、広場もあり、自転車の練習には事欠かない。

 取り敢えず、ちゃんと乗れるようになるまで公道を乗ってはいけないと、両親との約束になってしまったが、それは、自分が乗れるようにさえなれば問題ない。

 仕事が休みの日は父も練習につきあってくれたし、母だってパートから帰って来た後に練習を見てくれた。

 通常は一人での練習になり、小さなクルミにとって自転車を押して堤防内に入るのは容易では無かったが、それも苦にはならなかった。久留実の目的には小さなことであった。

 久留実の自転車の練習は、こうして夏休みの初日から始まったのであった。


 7月末の土曜日、その日は母と最寄りの大型アウトレットに買い物に行った。毎週土曜日のお決まりの母の行動である。

 久留実は母の買い物の最中、トイレに行くと言い内緒で雑貨屋さんに向かった。もちろん、ねこ耳のカチューシャを探す為だが、その予想は見事的中であった。

 久留実の心配も余所に値段は1,200円。意外と安かった。

 しかし、安いのは嬉しいのだが、安過ぎて祖父の行っていたメイド喫茶のメイドさんの様に、自由にねこ耳を動かすことが出来ないのでは?との心配もしてしまう。

 でも、久留実には選択の余地は無かった。

「久留実は、よし買おう!」と気合を入れると、ねこ耳のカチューシャを持ってレジに向かった。

「これ下さ~い!」

 気合を込めた一言・・・だったが。

 しかし、残念ながらそれを手に入れることは叶わなかった。

 実は、その金額には消費税が含まれていなかったのだ。消費税を含めると1,296円なのだ。僅か36円足りない。

 店のアルバイトのお姉さんからは「4月に消費税が8%に上がらなければ買えたのに」と残念そうな言葉を頂くも、無理なモノは無理である。

 でも、久留実には勝算があった。祖父の誕生日は来月の8月16日と余裕がある。そして、明日からは8月で、なんとお小遣いを貰える日なのである。

 久留実は小学生になってからお小遣い制になっていた。

 来月のお小遣いの200円を貰えば余裕で買うことが出来るのだ。と言うことで、今度ここに来る来週の土曜日には買えることになる。

 久留実は、くれぐれも1週間取っておくように何度もしつこくアルバイトのお姉さんに頼んで帰った。

 翌日、8月となり久留実はお小遣いの200円を手に入れた。

 久留実は毎日自転車の練習をしながら、次に母が大型アウトレットに行く翌週の土曜日を待った。

 そして、8月初めの土曜日の8月6日、やっとその日がやって来た。

 だが、なんと不運にも母に急用が出来てしまったのである。母は、一人で祖父母の家に行ってしまった。

 そうなると、パート勤めのある母がこの次にアウトレットに行けるのは、翌週の8月13日の土曜日になってしまう。

 それでも祖父の誕生には間に合うのではあるが、久留実はねこ耳のカチューシャが売れてしまはないかが心配でならない。しかし、止むを得ない。久留実には待つしかないのだ。

 久留実は次の一週間も自転車の練習に明け暮れ、待ちに待った次の土曜日がやって来た。

 この日は、無事に母とアウトレットに行くことが出来た。

 久留実は、はやる気持ちを抑えながら不自然無く一人でトイレに行くタイミングを見計らった。そして、母が買い物に絶好調のタイミングで「トイレに行く」と母に嘘を言い、雑貨屋さんへと急いだ。心臓はドキドキだった。

 雑貨屋さんに着くと、久留実は祈る気持ちで、直ぐにねこ耳のカチューシャが在った所に向かった。

 なのに、

「間違いなくここにあったはず・・・だ」

 そこには目当てのものがない。

 場所を間違えただろうか?

 辺りを見回す。しかし、何処にもそれらしいものは見当たらない。

 店内を何度も回っみるが、何処にもない。

 取っておいてと頼んだアルバイトのお姉さんを探してみるが、彼女も何処にもいない。

 久留実は絶望した。

「あんなに約束したのに・・・」

 不可抗力とは言え、約束を破ったのは久留実のほうなのだ。嘆いて見てもどうしようもない。店番のおばさんに聞いても売り切れと言う。

 久留実は脱力のあまり、うな垂れてしまう。しかし、早く母のところに戻らないと、心配して探しに来てしまう。そう思っても、足が上手く進まない。

「どうしよう・・・」

 重い足を進めるしかない久留実。

 ところが、店を出て母親の元に戻り始めた久留実の後を、誰かが小走りに追う音が聞こえる。

 久留実が反射的に振り向くと、前に約束したお姉さんとは違うお姉さんが駆け寄って来ている。でも、エプロンは、あの雑貨屋さんのエプロンである。

 どうしてか、そのお姉さんが久留実に向けて来る顔がやたらホッとしている。

 久留実がポカーンとした表情で、そのお姉さんを見ていると、彼女はクルミに紙袋を渡して来た。

 久留実が中を覗くと、間違いない。そこには、買うはずだったねこ耳のカチューシャが入っている。

 話を聞くと、約束していたお姉さんがお金を立て替えて買い取ってくれていたらしいのである。

 どうやら、それはお店には内緒のようで、お姉さんは口に一指し指をあてている。

 久留実にもその意味は直ぐに理解できた。慌ててお金を取り出し渡すと、久留実も口に一指し指をあててから、大きくお辞儀をした。そして、久留実は背負って来たお気に入りのリュックサックにねこ耳のカチューシャを入れると、急いで母の元に向かった。今度は驚くほどに足が軽い。

「これで、全てが上手くいく!おじいちゃんが喜んでくれる!」そんな期待と喜びで、久留実の胸は膨らむのであった。


 一方、自転車の方も毎日の練習成果は出ていた。

 初めは何度も転んで肘や膝を擦り剥いたり、派手に転んで顎を地面に打ったこともある。それでも、久留実がめげることは無かった。

 お蔭で、もう広場ではほぼ問題なく乗りこなせるようになっていた。

 全ては予定通りに事は運んでいる。祖父の喜ぶ顔が浮かぶ。また、メイド喫茶の話をしてもらえる。祖父が元気になってくれる。そう思うと。久留実の胸は楽しみで膨らんでしまう。

 祖父の誕生日は8月16日。久留実の予定では、お盆休みで父が家に居る日に両親の許可を得ようと考えていた。

 既に公道を乗る許可を貰えるだけの自信はあるが、絶対的に久留実に甘い父に自分が自転車に乗っている姿を見て貰う方が確実なのだ。

 祖父の誕生日の前々日の8月14日、久留実はいつもの様に、堤防内の空き地に自転車の練習に行った。もちろん、今日は仕事が休みの父と一緒だ。

 父は、久留実の進歩にとても喜んでくれた。手ごたえは有った。父は夕飯の時に実力以上に母に話してくれた。

 久留実は、「よし、今、公道を乗っても良い許可を貰おう!」そう思った時だった。

 久留実の出鼻をくじく様に電話が掛かって来てしまったのだ。電話は祖母からのようである。

 母は心なし急いで電話に出た様にみえる。そして、電話にでる母の様子がみるみる変わって行くのが分かる。

 父が母と目を合わせたが、目を合わせただけでそのまま言葉なく終えてしまった。

 「どうしたんだろう?」久留実はそう思ったが、自分に対しては何も変わらない。

 結局、その日は母の様子から話しずらくなってしまった。


 そして翌日、祖父の誕生日の前日である。

 今日こそ話さなければ、そう思いながら朝起きた久留実がリビングの扉を開けると、朝から家の中が騒がしい。

 いつもの様に両親しかいないはずなのに、久留実には凄くざわついて感じられる。

 母は電話をしている。よく見ると手が震えて見える。

 口調からは、また祖母と話しているように思える。

 母が電話を終えると、父と母は急いで一緒に出掛けてしまった。

 父が直ぐに戻るから、それまで家で大人しく待つように。そう、久留実に告げて。

<つづく>



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