#21「ある戦艦」
ソラに、古い古い戦艦が浮いていた。
卵を平たく潰した様な形をした数十キロサイズのそれは、もう長いこと稼働していなかった。
その中に内蔵された兵器は未だにソラでは強力なものではあったが、既に動きを止めてから数万年が経っている。
乗員はいない。
元々無人でテキを攻撃する為に作られたものだった。
だが首都星から遠く離れ、自分がどの星系にいるのかも分からない。
指示する誰かも存在しない。
テキも味方も何処にも見当たらない。
戦艦は孤独だった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
戦艦には光学迷彩機能があった。
ツルツルとした鏡の様な表面をナノマシンで覆い、ソラと同化し、自身の気配を消す。
太陽光による外燃機関を備えた外壁のお陰で、戦艦は無限に稼働することが出来た。
時折岩片が外壁に当たって跳ねたりする以外は、何も無い時間が過ぎていった。
自己修復機能も備わっていて、メンテは完璧だった。
だが、それを動かす目的が見当たらない。
何故こんな状態になったのか、戦艦自身も把握出来ていなかった。
戦艦はじっとソラに浮いているだけだった。
戦艦には簡易AIが搭載されていたがあくまで補助的なもので、自由に意思を持って稼働する様には出来ていなかった。
兵器としては当然の仕様だったが、それ故戦艦は自己保護に専念するしかなかった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
ビュワッ。
空間が突如揺れた。
戦艦はスリープモードを解除し、全方向への警戒モードに入った。
だが辺りには何も無い。
ただ、周りの星系の形が変わっていた。
戦艦のAIは混乱した。
ジャンプを行なった形跡はない。
ワームホールを抜けた感触も無かった。
だが、突如として戦艦は間違いなくそれまでとは違う空間に浮かんでいた。
AIは理由が分からないまま、ひたすら警戒を続けた。
近くに文明や生命の存在するホシは無かった。
いや、ホシや星雲自体がほぼ無い無限に広い空間だった。
ただ、静寂だけが流れていた。
長い時間が経って、AIがようやく警戒を解こうとしたその瞬間、爆発が起きた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
それは、本来なら戦艦の表面で軽く弾き飛ばせる筈の僅か数センチのデブリだった。
だがそれが触れた瞬間、数キロトン級の爆発が起こった。
バリヤを解いたばかりだった戦艦の表面は凹み、内部に軽微なダメージを負った。
AIは直ぐに修復を各部署に指示し、爆発の原因を解析し始めた。
導き出された答えはーーー反物質。
何故か戦艦は反物質が集まっている宙域に出現していたのだった。
ここでは、ほんの小さな物体との接触でも巨大な対消滅が起きる。
自己保護を優先するならば、一刻も早くこの場所から脱出しなければならない。
戦艦はジャンプドライブが直り次第空間移動をかけた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
通常空間に出た戦艦は、直ぐに極小のデブリも見逃さない様探索を始めた。
依然としてホシも星系も無い、無の空間だった。
ただ、極小のデブリはいくつか流れている。
恐らくそれは反物質であろう。
戦艦は再びジャンプした。
だが結果は同じだった。
何も無いその空間で戦艦は二度とホシを見ることは無かった。
数度のジャンプの後、戦艦はその空域に静止した。
近づくと思われるデブリはこちらから小型誘導弾を当てて対消滅を起こし回避することにした。
今の所それ以上のことは出来そうに無かった。
恒星の光が無ければ、戦艦はエネルギーを補給出来ない。
ジャンプを続けても、いずれは動けなくなる。
このままの状況をキープするしか無かった。
長すぎる静寂が辺りを支配した。
✳︎ ✳︎ ✳︎
戦艦のAIは、やがてあることに気づいた。
近ついてくるデブリは、全て一定の方角からのものであること。
それは巨大な無の空間の中心と思われる場所からであること。
だが一体そこに何があるのか。
戦艦のかなり優れたセンサー類でも、数十万光年先のそれは分からなかった。
十数回のジャンプで近づくことは可能だが、それでエネルギーは使い切ってしまう。
しかもそこにはどれだけの反物質が存在するのか分からない。
ジャンプアウトした瞬間、巨大な対消滅が起こる可能性もあるのだ。
戦艦は自己保護の為、待機するしか無かった。
そうして、また長い時間が経った。
✳︎ ✳︎ ✳︎
戦艦のAIは、自身のプログラムの中にとあるブラックボックスが存在していることに気づいていた。
軍事AIならば、それはある種当然のことではあるがーーーそれは、兵器としてのものとは何処か違う感触があった。
そしてそれが、何かの啓示というかーーーAIにしては微妙な言い回しだがーーー何らかの信号を出している様に感じてならなかった。
『そこへ、向かえ』
それは軍事的な命令とは明らかに違うものだった。
戦艦は自己保護の為、それに従うことは出来ない。
筈だった。
突然、戦艦は何かに突き動かされる様にジャンプを始めた。
何故なのか、AI自身にも分からなかった。
戦艦はジャンプを繰り返しーーーー何かの中心へと、突き進んでいった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
十数度のジャンプの後、戦艦はその空間に静止した。
エネルギーはほぼ尽きた。
だが、反物質が向かってくる中心はすぐ近くの筈だった。
戦艦は、辺りを解析し始めた。
そこは、ほのかに明るい空間だった。
恒星ではない。
だが何かが光っていた。
僅かだが外壁の外燃機関が動き始めた。
戦艦は微速で前進した。
反物質のデブリは、確かに多数確認出来たが思った程の数ではなかった。
誘導弾でそれらを避けながら、戦艦は進んだ。
そうして戦艦の目の前に現れた光の中心はーーー僅か十数メートルの何かのコアと思われる物体だった。
まばゆい緑色の光を放ちつつ、それは虚空に浮いていた。
『……!』
…何なのだ、これは。
反物質であることは間違いなかった。
だが、ただの鉱物ではない。
明らかに、誰かの手で作り出されたものだ。
だが、誰がーーーー?
その時、戦艦のAIは気付いた。
自身の中のブラックボックスだったプログラムが、動き始めている!
戦艦は、自身の表面を覆うナノマシンがざわめいているのを感じていた。
それが何の為なのか、既にAIは知っていた。
戦艦の船首部分が静かに分かれていった。
船体自体が、何かを包み込むように四方に別れていった。
そこにはーーー浮いているコアが丁度入りそうな、空間があった。
戦艦は、ゆっくりと近づいて、そのコアを飲み込んでいった。
勿論、特殊な電磁波で反物質のそれが船体には触れないように大事に。
全て最初から分かっていたかのように、反物質のコアらしき物体は船体に飲み込まれた。
戦艦は静かに形を整えていった。
キィーーーーン!
『!!!』
戦艦は、突如フルパワーで動き出した。
格納されたコアとその周りのシステムからは、無限のエネルギーが溢れ出してきていた。
反物質エンジン。
いつの間にか、それが戦艦には備わっていたのだ。
これならば恒星が無くても無限に活動が出来る。
だが、この先何処へ向かうというのだ?
戦艦のAIには分からなかった。
だが、『ここへ向かえ』と声が聞こえた様に、今も戦艦には内から押す何かが感じられていた。
それは、次元を超えて『光』を探すこと。
先ほどコアが放っていたあの光は、このソラで特別な何か。
それは反物質エンジンのコアであると同時に、『光』への道しるべとなるもの。
戦艦は役目を見つけた。
やがて表面のナノマシンたちが震え、戦艦は彼方へとジャンプしていった。
その空間には一瞬チラチラとした緑色の光が舞っていたが、
やがてそれはゆっくりと消えていった。
( 終 わ り )




