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26

セレバーナは溜息を吐きながら背筋を伸ばした。


「クレア。君も数奇な人生を送っているな。私も君に同情するよ。――大丈夫か?ペルルドール」


壁に手を突いている第二王女の手を取るセレバーナ。

金髪美少女はまだ片目を瞑っている。


「大丈夫です。よろめいた拍子で見失いましたが、逃がしてはいません。お義母様は、裏のドブ川の河原に居ます」


「見失ったのか?」


「ドブ川を潜水して逃げたのなら使い魔付近には居ませんが、そんな事が出来るお人ではないでしょう。物影に潜んで追手の気配を探っておられるはずです」


「そうか。引き続き見張ってくれ」


「はい」


ペルルドールの手を離したセレバーナは、赤い鎧の女騎士と並んで立つ。


「さて、クレア。この人はエルヴィナーサ国第二王女護衛団団長のプロンヤ・ウヤラさんだ。大人しく彼女に捕まってくれないか?」


「私に罪の意識は有りません。なので、王妃様の事をネタに王家を脅す事も出来るわね。どうしたら良いと思う?セレバーナ」


「王妃様の事とは……?」


眉間に皺を寄せる女騎士に向けて掌を翳すセレバーナ。


「プロンヤさんは聞かないフリをしておいてください。この話が外に漏れたら国の恥になりかねませんから」


「……承知」


一歩下がり、第二王女の護衛に専念する女騎士。

それを見ずに頷くセレバーナ。

部屋の中ではゾンビの処理が終わったらしく、戦いの音が無くなった。

中の騎士二人は現場の見聞を始めている。


「私は筆の回収の為にここに来た訳だが、実は、もうひとつの目的が有る。君に言いたい事が有るのだ」


「何?」


「君は以前、女神は助けを求める者を優先的に見捨てる、と言ったな。そのお陰で助かった、と今言ったな」


「ええ。今生きているのはそのお陰よ」


「私なりにその言葉の意味を考えてみたのだ。これからの言葉は理解出来ないだろうが、まぁ聞いてくれ。ペルルドールも聞いてくれ」


訝しむクレアに自然な笑みを向けるセレバーナ。

笑みを作るのは苦手だと言う事に今更ながら気付いた。


「負けた女神を殺さなかったのも、次の女神を人から選ばせたのも、きっとこれのせいだ。女神は、産み出す世界を人の物にしたいのだ」


「人の物?」


片目を瞑ったまま小首を傾げるペルルドール。


「そうだ。女神が一人で世界を管理するのではない。大勢が自らの責任と考えで世界の行く末を決めて行くのだ。だから女神は人を助けないのだ」


「王家は国や民を護りますが、大まかな自治は地方地方に任せています。そう言う事ですか?」


「そうだ」


「わたくし達の修業で例えるなら、女神が無条件で恵みをくださるのではない。自らの手で耕した畑でのみ恵みを手に出来る。ですね」


「さすがだ、ペルルドール。理解してくれてありがとう。言ってしまえば今まで通りだが、それに気付いたおかげで私の方針は早い内に固まった」


セレバーナは無表情に戻る。

やはりこちらの顔が私らしい。


「そしてクレアもありがとう。この考えに至ったのは君のお陰だ。そのお礼をしたい」


「お礼?」


「君に選択肢を与えよう。この国に残り、親殺しの犯罪者として生きるか。外国に行き、新しい人生をやり直すか。その二択をだ」


「外国?」


「遠い、この王国ではない場所だ。今回魔王が行動を起こしたのは、新しい大陸に行く為なのだ」


「まぁ、魔王様が?」


「新しい大陸は人が少ないから、行くなら魔王の助けになる」


「私が魔王様の助けになる?何て畏れ多い」


「新しい女神も生まれる。その女神は人を見捨てたりしたくないらしい。私には理解出来ないが」


青い鎧を付けた右腕を上げ、クレアを指差すセレバーナ。


「君の言う『女神は助けを求める者を優先的に見捨てる』と言う考えに真っ向から相反している。――どうだ?興味が有るなら新しい地に旅立ってみないか?」


クレアから笑みが消えている。

やはり理解出来ていないのか、どう返事をしたら良いか悩んでいる様だ。

だからセレバーナは友人に分かる言葉を口にする。


「親殺しは許されないが、事の成り行きには同情出来る。ただし、楽をさせる訳には行かない」


厳しい表情で人差し指を立てるセレバーナ。


「そこは誰も知らない地だから、地位も金も無いただの小娘になるだろう。君は一人のクレアとなる訳だ。名前を変えても良い。一からの再出発だ」


クレアは、黒髪少女の様な無表情になって話を聞いている。


「この国の女神は、変わらずに個人を救ったりはしない。ここに残っても何かが変わる未来は無いだろう。――そうだな、ちょっと脇道に逸れようか」


セレバーナは微かに埃が積もっている廊下を数歩歩いた。


「『女神は助けを求める者を優先的に見捨てる』。この言葉は衝撃的だった。生涯忘れる事は出来ないだろう」


ツインテール少女は、適当な方向を見ながら語る。

女神は、余程の理由が無ければ個人の願いを聞き入れたりはしない。

人は好き勝手に願いを祈るので、いちいち反応していたらキリが無いから。

先程のペルルドールの言葉を借りるなら、今回の様な災害が無い限り、王家が地方自治に口出ししないのと同じだ。

だから、自分はクレアを友人だと思っているが、特別救いたいとは思わない。

親殺しの罪を償うのは、人として当然だから。

しかし、外国の女神はそれでも君を救いたいと言う。

起こった事は過去の事だから、君にやり直しのチャンスをくれている。

君の行いは鉱山で働く大勢の人を救った様だし、恩情を受ける資格は有る。

だから外国の女神は手を差し伸べている。

助けて欲しいと願うなら、君を見捨てないと。


「選ぶのは君だ。どうする?」


クレアは思慮深そうな表情で俯いている。

まぁ、何の事だか良く分からないだろうな。


「この国に残るなら、逃げるなり捕まるなりすれば良い。外国に行くのなら、我々と共に審判の筆を探して貰いたい。探す方法が有るんだろう?」


驚いた顔をしたクレアは、柔らかい笑顔になった。


「意識してその事は言わなかったのに。どうして分かったの?」


「怪しい宗教団体だと言っても、ノートで隠せるくらいに小さな筆を、誰にも気配を悟られずに追える訳が無い」


「さすがセレバーナ。――実は有ります。あの時、私は大蛇の様な魔物を従えていたでしょう?」


「ああ。そうだったな」


「その時に貰ったのは魔物の行動を記した紙だったの。不思議な事に、審判の筆で書かれた文字は筆の有る方に戻ろうとするの」


「ほう」


「紙が戻ろうとしている内は、魔物は筆に従っている。戻ろうとしなくなったら筆の力から解放された証なのですぐに逃げろ、と」


「なるほどな」


「正しい使い方は分からないから、近くに居る関係無い同系統の魔物も従ったりするけど、従うんだから気にしなくても良いの」


「ふむ……。正しい使い方が分からないのなら、やはり意図的に残されたアイテムではないな」


「で、ここにゾンビへの指示を書いたノートが有る。ゾンビは完璧に潰すか灰になるまで燃やさない限りは生きているので、まだ筆の方に戻ろうとしてるわ」


「何?――プロンヤさん、魔物の処理をしないでください」


セレバーナの慌てた様子に驚いた女騎士は、すぐに部屋の中の騎士達に待機を指示した。


「さて、残された時間は少ない。今すぐ決断してくれ」


「私は外国に逃げるわ。だって、私は悪くないもの。でも、罪は罪である事も理解している。償いになるかは分からないけど、魔王様の助けになってみるわ」


「うん。君はそう言う子だと信じていたよ。では行くか。ペルルドール。王妃様が居る場所に案内してくれ」


「分かりましたわ。と言いたいですが、凶暴そうな魔物が現れましたわ」


「何?王妃様が操っているのか?」


「そうだと思いますが、見ているだけでは判断出来ません。動きが野生の獣そのものなので」


「分かった。住所を教えてくれ。私は王都の道は分からないが、クレアなら知っているだろう」


「住所と言っても、すぐ裏の小川ですわ」


ペルルドールはそちらの方向を指さした。

王妃の足では遠くまで走る事は出来なかったらしく、地元民であるクレアなら数分で行ける場所に居る様だ。


「ありがとう。ペルルドールは城に帰ってくれ。筆を取り返したら即座に時間の流れを正常に戻すから、今から戻らないと間に合わない」


「でも」


「姫」


食い下がろうとしたペルルドールを言葉短く諌めるプロンヤ。

それに頷くセレバーナ。


「事が起きた時に次期国王である君が姫城の現場に居ないといけないんだ。分かっているだろう?手筈通りにしてくれ」


「……分かりましたわ。お気を付けて。魔物の姿は、獅子の頭と象の牙と蛇の尾を持った化け物ですわ」


「恐ろしいな。だが、審判の筆を奪ってしまえばなんとかなる。行くぞ、クレア」


「ええ」


花のアップリケが施された黄色い眼帯を左目に着けている少女と頷き合った黒髪少女は、金色の瞳で金髪美少女を見詰めてから、玄関に向かって駆け出した。

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