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豪邸の玄関から外に出たセレバーナは、空一面を覆っている白い物体を見上げた。

最初は胴体かと思ったが、王城の方に顎が見えるので、王都の上に有るのはドラゴンの首の様だ。

王都の外から覗き込む様に王城を攻めるつもりらしい。

大きく成長するとは聞いていたが、大き過ぎだ。


「な、何ですの?これは」


クレアも空を見上げて驚いた。


「今回の計画の中枢を担うドラゴンだ。君はアレに乗って新大陸に行って貰う」


「と言う事は、魔王様もドラゴンに乗っていらっしゃるの?」


「いや、彼は地上で魔物の制御をしている。トロピカーナの誘拐が成功したら、全ての魔物をドラゴンの背に乗せて旅立つ。君もそれと共に行くのだ」


「トロピカーナ様の誘拐?まさか、また王女を攫うつもりなの?500年前みたいに?」


「そうだ。今はここ以外の時間の流れが滞っているから、上空のドラゴンはほとんど動いていない。審判の筆の存在は時間を操作するほど重要なのだ」


「そんな歴史的な瞬間に立ち会えるとは光栄だわ。でも、あんな大きなドラゴンが羽ばたいたら甚大な被害が出るのでは?」


「だから首を伸ばしているんだろう。――待てよ?だから王妃は遠くに逃げられなかったのか。我々から離れたせいで、時間の流れが遅くなったから」


「良く分かりませんが、王妃様を追い掛けなければ。実際にこんな風景を見せられては、魔王様のご機嫌を害うのはとても恐ろしい」


「おっと、そうだな。道案内を頼む、クレア」


「任せて。こっちよ」


館の中では狂気の笑みを湛えていた友人は、真剣な表情になって走り出した。

両親を殺害して自暴自棄になっていたが、生きる目標を得てあの頃に返った、と言う感じか。


「クレア。私は心臓が悪い。私も急ぎたいが、掛け足程度で勘弁してくれ」


「あ、そうだった。しょうがないわね」


人気の無い裏道を早足で進む少女二人。

野良犬や野良猫が居ないのは、きっと魔物の気配に怯えて逃げ出したんだろう。


「クレア」


「はい?」


「君は両親殺害と言う大罪を犯した」


クレアは、前に進みながら背が低いセレバーナを見下ろした。

やはりその瞳には狂気が見え隠れしている。


「何でここでそれを蒸し返すの?まさか、お説教でもするつもり?」


「説教……になるのかな。外国に行ったら世の為人の為に働いてくれと言いたいだけだ。善行を積めば、きっと君とご両親の罪は許されるだろう」


「もうそろそろ目的地ですわ。魔物が居るとペルルドール様は仰いましたが、その気配は有りませんわね」


セレバーナの言葉を完全に無視し、整備された河原の公園に入るクレア。

普段なら子供が遊び、散歩する人がベンチに座ったりしている場所なんだろう。

ただ、開けているので誰かが居ればすぐ分かるはずだ。

隠れられる場所と言えば川に汚水を捨てる排水溝くらいだが、確かに高貴なお方がそこに入るとは思えない。

と言うか、豪華なドレスを着ていた王妃が水に浸かったら溺れ死ぬ。

ペルルドールの使い魔である黄色い蝶が川の上で飛んでいるので、ここで間違い無いのだが。


「クレア。その審判の筆とやらは、持ってるだけで魔物を操れたりするのか?」


「行動ロジックを何かに書かないとダメ。それを身に付けた者に従うから。だから、地面や壁に書いても無効、のはず。試してないから分からないけど」


クレアがそう言った途端、獅子の頭と象の牙と蛇の尾を持った獣が現れた。


「なるほど。これはそうやって使うのか」


獣の背に乗っている王妃は、手に持っている小さな筆を見て口の端を上げた。

おままごとに使うおもちゃみたいだが、妖精みたいな審判が持つには丁度良いサイズだ。


「どこから現れた?」


のし棒の様な杖を構えるセレバーナ。


「私は魔法とかには詳しくないが、この辺りには空気の壁みたいな物が有るらしい。この魔物はそれを守っていたのじゃ」


「ふむ。王都にも魔物を封印した異空間があったのかな」


「この筆が有れば魔物が私に従う。これさえ有れば……」


「ペルルドールを失脚させ、トロピカーナを王座に、ですか?」


無表情で言う黒髪少女を睨み付ける王妃。


「そち、何者じゃ?」


「セレバーナ・ブルーライト。ペルルドールと共に魔王の許で修行した者です」


「ちょ、セレバーナ!」


バカ正直に名乗る友に驚くクレア。

案の定、王妃は逆上する。


「ペルルドールの手の物か!」


「仲間ですが、手の物ではありません」


「やはりペルルドールの!母親に似て、卑怯者!」


王に取り入り、後から産まれた娘を王位継承権第一位にした忌まわしき女!

蛮族の出のクセに、等と、一人で叫んでいる。


「よほど恨みが溜まっている様だな。――そんなにトロピカーナを王座に座らせたいんですか?本人は体調を理由に辞退したと言うのに」


セレバーナは肩を竦めながら言う。


「当たり前じゃ!泥棒猫の血を受け継いだ汚らわしい娘が王になるなんて、歴史ある王家の恥じゃ!」


そう言った王妃は、腕捲りをして白い左腕を晒した。


「私の身体に直接文字を描けば、この魔物を操れるのじゃな?そちら二人共魔物のエサにしてやろうぞ!」


次の瞬間、審判の筆が宙に舞った。


「姿と気配を消せるのは、その魔物だけではありません。それに、魔法使いになる為の修行をした私達は、テレパシーが使えるんです」


右手に衝撃を受けた王妃は、見事な回転をしつつ宙を舞う大女を見た。

それと一緒に審判の筆が空を飛んでいる。

その女に右手を蹴られ、筆が弾き飛ばされたのだとようやく気が付いた。


「よくやった、サコ」


「私も世界の為に何かしたかったからね。役に立てて嬉しいよ」


綺麗に着地した道着姿の茶髪少女は、妙に可愛らしい声で言いながら小さな筆をキャッチした。

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